企みの秋
城砦に突入、戦闘シーン自体は、短め
「冬香、奴等を信用しちゃ駄目よ!」
春香は、冬香の手を強く握り締めて断言する。
冬香も強く頷く。
「春香姉さんも気をつけてね?」
春香は、まだ夏香が寝ているだろう寝室を見る。
「本当なら、私が同行した方がいいのかもしれないけど、夏香の安全を確保するのを先決にしたいの。もしも秋香姉さんと一緒に逃亡出来る様ならそうして。私は、自分の命に代えても夏香だけは、きっと逃がして見せるから」
悲壮な決意を固める春香に冬香は、辛そうな顔で答える。
「解ってます。でも、最後まで生きるのを諦めないで!」
それ以上口を開かず、お互いの姿を目に焼き付けようとする二人。
「そこ、悲劇のヒロインごっこは、良いから出発の準備をして。早くしないと秋香さんが自決するかもよ」
較の言葉に冬香が慌てる。
「解っています。誇り高い秋香姉さんだったら、貴方達に捕まるくらいなら死ぬ事を選びかねませんからね」
駆け出し、ヘリコプターに乗り込む冬香であった。
ヘリでの移動中に良美が尋ねる。
「結局、どういう状況なの?」
較がノートパソコンを広げて、目的地の映像を見せる。
「天道の残党は、秋香さんを旗頭に、最後の砦、幻影の城砦で篭城戦をやっている最中。あちき達は、その現場に向かっているの」
「幻影の城砦は、いままで破られた事が無い、鉄壁の城砦です。いくら八刃でも容易に落とす事など出来ないはずです」
冬香が自信たっぷりに告げるが、映像の砦の一部から火の手が上がっていた。
「周囲の森を使った高度な幻影だったけど、周囲の森を焼き払ったら意味無いよね」
較の指摘に冬香が絶叫する。
「天道を滅ぼす為だけに本気で森を焼いたのですか!」
較が笑顔で答える。
「さっきも言ったけど、滅ぼしたりしないよ。二度と抗う気を起こせない様に徹底的に追い詰めてるだけだよ」
「森の被害とかは、良いの?」
良美の突っ込みに較が少し考えてから答える。
「このクラスの森だったら、数ヶ月もあれば復活できるよ」
「そんな短期間で森を復活させるなんて非常識な事があるわけないでしょうが!」
冬香が怒鳴るが較が苦笑する。
「何とかする自信があるから、森に火をつけたの。計画では、幻影の結界を維持するのに必要なエリアだけを焼ききる予定。それ以上は、火の手が広がらないように間結の結界が張られているよ」
明らかに不自然な火の広がり方がリアルタイムの映像で展開されるのを見て冬香が唾を飲む。
「これが八刃の力……」
「そう八刃の力。ヤヤは、もっと過激だよ」
補足する良美を軽く睨みながら較が説明を続ける。
「そんな状態だから、城砦の上空から強襲する事になるから」
「無理です。城砦の上部には、強襲を防ぐ為の強固な結界があって、それは、森を焼いても消えない筈です」
冬香の説明に較が平然と答える。
「硬いだけなんだからぶち壊せばいいだけの話だよ」
その手には、花火の玉を思わせる物体が握られていた。
「派手に行くよ!」
較に放り投げだされた玉は、結界にぶつかり、激しく反応する。
「あれ何ですか?」
冬香が顔を引きつらせる。
「以前、ちょっとした事件で貰った人工魂を加工した物だよ」
較の回答に良美が手を叩く。
「そういえば、錬金術師が死刑囚数十人分の命を使って作った奴を貰ったね」
「そんなものを使わないで下さい!」
冬香が悲鳴をあげる中、較が良美と冬香を両脇に抱える。
「それじゃ、結界の力が消耗しているうちに突入するよ!」
ヘリから飛び降りる較の背中を見て言う。
「あのパラシュートは?」
「そんな落下速度を遅くするもの着けてる訳ないじゃん」
較が極々当然の事の様に答えた。
「嫌! 死にたくない!」
泣き叫ぶ冬香の気持ちと裏腹に数十人分の魂で消耗された結界に蹴りをいれる較。
『ムラサメキック』
結界を切り裂きながら城砦に着地する。
「結界との接触で落下スピードが中和されるから軟着陸できたでしょ」
較のドヤ顔に冬香が涙ながらに悲痛な声をあげる。
「そんな減速方法を使おうと思うのも、実際使うのも貴女くらいです!」
「とにかく、秋香さんを探そう。それで今回も無理やり捕まえるの?」
良美の確認に較が頷く。
「説得の時間が勿体無いからね」
「待ってください! 一度、あたしに説得させて下さい!」
冬香の真摯な訴えに較が渋い顔をする。
「こんな状況で説得しようなんて無謀だよ」
「貴女だけには、無茶とか、無謀とか言われたくありません!」
力の限り叫ぶ冬香。
「まあ、一度くらい良いじゃん」
良美の取り成しで、冬香が最初に説得する事になった。
途中、妨害があったが、較の足を止める事は、出来るわけも無く、無事に冬香と春香に似ているが、ずっと落ち着いた雰囲気を持った女性、秋香の前にたどり着くのであった。
「冬香、貴女が白風の次期長に捕縛されたと言うのは、本当だったのね」
悲しそうな顔をする秋香に冬香が詰め寄る。
「話を聞いて下さい。八刃は、こちらが敵対行為をとらなければ、殲滅を止めると言ってくれています。これ以上無用な被害を出す前に投降してください!」
首を横に振る秋香。
「貴女は、八刃に騙されているのよ。奴等は、自分の利益の為に一般人に術を平然とかけ、その所為で死んだ人間がどれだけ居るかも解らないわ。不当に術の行使を続ける八刃が居る限り、人々は、不安な日々を過ごさなければいけないの。私達がやらなければいけないの」
それを聞いた良美が隣の較の方を向く。
「具体的に言うとどんな事をしてるの」
較は、明後日の方向を向きながら答える。
「術を使って立ち退きをさせる土地ゴロとか、邪魔な会社のキーマンの襲撃とかかな?」
冬香も振り返り冷たい視線を向ける中、較が秋香を見る。
「ご大層な事を言っているけど、天道の闇の仕事の事は、教えているの?」
「闇の仕事?」
冬香がいぶしむと秋香が優しく告げる。
「貴女は、まだ知らなくて良いことよ」
「天道も術を悪用しているの?」
良美の質問に較が難しそうな顔をする。
「悪用というか、政府の高官の指示に従って政敵を倒す、公務をやってるんだよ。まあ、うちと違って一応は、大義名分があるんだけどね」
「そうです。貴方達の様な自分の利益の為だけに術を悪用する者達一緒にしないでください」
秋香が強い視線で告げてくるが較が失笑する。
「天道がその仕事で年間、数十億って金を国から得ているけど、それも妥当な金額だと思ってるんだ?」
「術には、それだけの手間隙がかかるのです!」
秋香の抗弁に対して較が睨む。
「詭弁だね! 天道が他のオカルト組織と一線をひく力を持っているのは、政府とのコネと大量の金。ついでに言えば、自分達の仕事で発生する株の動きを利用した株の売買利益。貴方達だって自分の私腹を肥やしているよ」
いきなりの展開に冬香が驚く。
「それってどういう事ですか?」
「貴女は、まだ知らなくて良いことよ!」
怒鳴りつける秋香を見て較が納得する。
「なるほどね、天道が暴利を貪っている事を知ってるのは、本当に一部の人間だけなんだ。下手をすれば生き残ってる中では、貴女だけかもね」
秋香がさっきまであった落ち着いた雰囲気を捨て、冷たい視線を冬香に向ける。
「貴女は、何もしる必要は、無いわ。そして、ここでの会話は、誰にも告げないのよ。さもなければ……」
あとずさる冬香。
「嘘、秋香姉さんがそんな事を言うわけが……」
「株の売買を始めたのは、そんな前じゃない。もしかして栄源が勝手に始めたのかもね。そしてそれを手伝っていたのは、秋香さん、貴女だったって所?」
較の指摘に秋香が忌々しそうな顔をする。
「全部、貴女がいけないのよ! 貴女が派手に動きすぎた! 政府の人間から貴女を殺せと強く圧力が掛かったの」
大きくため息を吐く較。
「希代子さんには、散々言われていたけど、やっぱりあちきへの排除の動きは、確実にあったんだ。でも、それに従う理由は、国の為じゃないわよね?」
秋香が舌打ちする。
「そうよ。政府の人間は、貴女、ひいては、八刃の排除を成功すれば、莫大な利益と権限を提示してきた。それさえ手に入れれば天道がこの国のオカルトのトップに立つことさえ可能だったのに!」
較は、冷たい視線を向ける。
「あんた達の思惑は、もう良いよ。権力を得ようとするのを否定する理由も権利も無い。でもね、あちきも冬香さんと約束したからあんたの安全を無理やりでも確保させてもらうよ」
「やれると言うのかしら? 私には、まだ切り札があるのよ!」
秋香が取り出したのは、無数の管が伸びる香炉だった。
「秋香姉さん、それってまさか!」
冬香の顔が青褪める。
「そう、天道に所属する人間の言霊を刻んだ霊版から力を引き出す天道の最終兵器。これに繋がった数百人分の術者の力をもってすれば貴女を殺すことも可能よ!」
高笑いをあげる秋香に冬香がしがみつく。
「止めて下さい! そんな事をすれば、何人もの天道の術者が死ぬことになります!」
秋香は、冬香を払いのける。
「何人? 甘いわね、白風の次期長を殺すんですもの、何十人、もしかしたら百人を超す術者の命が無くなるかもしれないわ。でも、白風の次期長を殺したという高名さえあれば、その程度の人数の術者など直ぐに補えって余りある配下を手に入れられるわ。天道がオカルトのトップに立つのよ!」
「もう説得は、良いよね?」
較の問い掛けに冬香が叫ぶ。
「秋香姉さんを止めて!」
「黙りなさい! 私がやっていることこそ天道の未来を切り開く道よ!」
秋香の手の中の香炉から怪しい光が漏れ出し、鬼が現出する。
無造作に近づく較に秋香が勝ち誇る。
「幾ら八刃が化け物でも、百人以上の魂の力を使ったこの鬼には、勝てるわけは、ないわ!」
右手を振り上げる較。
『オーディーン』
較の手刀は、鬼を両断した。
「嘘よ! 百人を超える術者の魂の力を篭めた鬼を一撃なんて、そんな馬鹿な事があっていいわけない!」
目を剥いて叫ぶ秋香に較が淡々と告げる。
「難しい話じゃない、その神器の一度の使用できる力の限界が低かっただけ。その神器は、多くの魂の力を引き出し続ける事に長けている。使い方しだいでは、脅威になるけど、今回みたいな接近戦では、意味が無かったわね」
顔を引きつらせる秋香。
「冗談じゃないわ! 今まで、どんな敵だってこの香炉を使えば圧倒できたのにどうしてよ! やっぱり人外には、勝てないって言うの!」
「好きに考えて」
較の拳が腹に決まって意識を失う秋香。
「冬香さん、残りの人間に投降を指示して」
「……解りました」
力なく頷き、動き出した冬香に良美が言う。
「ここで貴女が弱気なところを見せたら、残った人達が余計な勘繰りをするだけ、覇気をだしなさい!」
「はい!」
冬香が強く頷き、残った天道のメンバーの元に向かった。
「これで終わりだね」
良美の言葉に較は、倒れた秋香を見る。
「二人で悪巧みをしていたのに、父親を犠牲にしてまで姉妹を助けるかな?」
眉を寄せる良美。
「父親が邪魔になったとか?」
「上手く行っているときならともかく、失敗してどん底なんだよ、責任を押し付けるには、丁度良い相手を見殺しにするとは、思えない。はっきり言って、逆の可能性の方が高かった気がする」
較が自分でも嫌そうに言うと携帯が鳴り出す。
「物凄く嫌な予感する」
良美の予感は、的中するのであった。
「較さん、どうかしたんですか?」
駆けてきた較に戸惑う冬香に較が一度深呼吸をしてから告げる。
「夏香ちゃんが暴走を開始した。多分、死んだはずの父親の差し金だよ」
「そ、そんな……」
言葉を無くす冬香であった。




