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窮鼠猫を噛む

エンの暴虐、そしてそのエンの正に切り札がヤヤの行く手を遮る

「僕の名前は、路三男ロミオと言います。彼女は、僕から一字を取って路子ロコと名乗って貰っています」

 隠れ家に着いた後の眼鏡の男性、路三男の自己紹介に較が応える。

「知ってると思うけど、あちきは、白風較、こっちの二人は、中学時代からの友達で、大門良美と緑川智代だよ」

「智代でーす! それにしても好きな女性を護る為に組織から逃げ出すなんてラブロマンスですね!」

 目を輝かせる智代に戸惑う路三男。

「ですから、そういうのでは、なくて……」

「今更良いって、それより何時までここに隠れていれば良いの?」

 良美の言葉に較が古い黒電話を見ながら答える。

「希代子さんの信用がおける人達を動かしてブラッドムーンを壊滅させて、路子さんの情報を抹消を確認した所でそこに電話が来てから国外逃亡してもらう予定だよ」

「ブラッドムーンを潰すと言うんですか?」

 問題の女性、路子が戸惑うのを見て較が告げる。

「ハッキリ言って、それだけは、譲れない一線。間違ってもあちきのお母さんのクローンを悪用しようとした奴等をそのままにしておけないからね」

「潰すと言ってもブラックムーンは、日本各地に支部を持つ大組織ですよ」

 路三男が慌てるが良美が思い出したように言う。

「ねえ、前にヤヤが近い名前のブラックムーンって組織を潰すのに掛かったの三日だよね?」

「そんな短時間で済む訳無いよ」

 較が否定する。

「そうでしょう。ブラックムーンといえば世界的に展開した組織ですからね」

 何処か安心した表情の路三男だったが、較が続ける。

「日本の支部を潰すのに三日、世界各地の支部を潰すのに四日の一週間だよ。だいたい後始末の方が手間かかって一ヶ月近く掛かったんだからね」

「そんじゃ今回は、三日くらいで大丈夫ね」

 気楽に言う智代。

「何か凄く感覚が違う会話が繰り広げられていませんか?」

 路子の質問に路三男がなんともいえない顔をしていると電話が鳴り響く。

「もう終ったのかな」

 良美の言葉を較が否定する。

「お父さんにばれないようにやってるんだから無理だって。何かトラブルが起こったのかも」

 電話に出る較。

『焔に今回の事が発覚したわ。主戦力が来る前に飛行機でロシアに渡って!』

「了解」

 較は、即答して電話を切ると振り返る。

「お父さんにばれたから直ぐに移動するよ!」

「何時も出遅れるヤヤのお父さんとしては、今回は、早かったな」

 良美が他人事の様に言うと智代が手を上げる。

「あたしは、ここで帰るよ!」

「そうして、良美も帰って欲しいんだけど?」

 較が見るとキョトンとした顔をする良美。

「どうして?」

 較が苦虫を噛んだような顔をする。

「今回は、お父さんもマジで本気なの。八刃の中でも一番発言力がある白風の長が本気を出したらあちきじゃどうやっても勝てないから逃げるしかないの」

「でも前に八刃とやりあった時は、勝ったじゃん」

 智代の言葉に較が手を横に振る。

「あれは、本気だったのが一部の家だけだったから。それに主力が欠落してたよ。翼さんが本気だっただけで島に逃げるのだって不可能だったよ」

「まあ、きついのは、解るけど頑張ろう」

 ついて行く気満々の良美の言葉に諦めの表情をしながら荷物を手渡してく較。

「こっからは、修羅場になるから貴方達も気を引き締めてね」

「解りました」

 緊張しまくりの路三男だったが、路子が不思議そうな顔をする。

「どうしてここまでするの?」

「どうしてって?」

 良美が聞き返すと路子が続けた。

「ここに来る前に白風の次期長が言っていた。自分の心情からしたら殺したいと。それだったら、放置しても構わない筈。それなのに今の貴女を見ていると私達以上に本気に見える。それほどに私達を気に掛けてくれているとは、とても思えない」

 真っ直ぐなその目を見返して較が言う。

「ハッキリ言えば、あんたらが何処かで野垂れ死にするんだったらそれでも良いと思ってる。問題は、お母さんのクローンである貴女をお父さんが殺す事。お父さんの性格から考えて必ず自分でやろうとするけど、それって絶対にお父さんの心に深い傷を作る。それが嫌なんだよ。貴女達を逃がそうとするのは、そのついでしかないよ」

「お父さんの事が好きなの?」

 路子の質問に悩む較。

「どうだろう。お母さんが死んだ時もあちきが犯された時も傍に居なかった。肝心要の時は、常にどっかに居る間の悪いお父さんで憎んでいた時期もあったかも。でも、普段からあちきを優しく護ってくれていると今は、解っている。だからお父さんに余計な心の傷を負わせたくないんだよ」

 較の答えに路子が納得する。

「解ったわ。私のオリジナルは、いい人と結婚していい娘を持ったのね」

 こんあ状況だが和やかな空気が流れる中良美が呟く。

「まあ夫は、とんでもない親馬鹿で、娘は、元バトルクレイジーだけどね」

 なんともいえない空気の中、急ぎ足で脱出が始まる。

 残された智代が黒電話が鳴るのを聞いて出る。

『ヤヤ、まだ居る!』

「ヤヤなら、もう出ましたよ」

 智代が答えると電話相手の希代子が言う。

『遅かった。焔は、ブラッドムーン壊滅の戦力以外に問題の彼女確保の為の戦力を容易してるわ』

「えーと追いかけて伝えた方が良いですか?」

 智代が聞き返すと少しの躊躇の後、希代子が言う。

『良いわ。伝えに行くと貴女まで危険な目に会う。それに伝えたとしてもヤヤに有効な手が打てるか……』

「そんなにヤバイ連中なんですか?」

 信じられない顔をする智代に希代子は、路子確保戦力を伝えた。

「それって無理ゲーですよ!」

 智代でも思わず叫ぶ戦力だった。



 東京新都庁ビルの地下に隣接するブラッドムーン本部。

 無数の銃弾が一人の男に向って突き進むが、それは、男の服にすら傷を負わせられない。

 ゆっくりと進む男の横の壁が大爆発した。

『ガルーダ』

 男は、手の振り一つでその爆発を押し返し、進む。

「来るな!」

 ブラッドムーン首領、朔月サクヅキは、秘蔵のマジックアイテムを突きつける。

「これは、数億ドルを出して手に入れた古代ギリシャの神々の力を封じた杖、いかずちの杖だ! この力の前では、いくら鬼神と呼ばれるお前でもただでは、すまないぞ!」

 男、較の父親で表向きは、沢山の著書を盛る武術研究家、裏に回れば元バトル十三闘神のトップで八刃の三強の一人、八刃の盟主とも呼ばれる事がある白風の長、白風焔が普段は、絶対に見せない冷たい表情で告げる。

「好きに抵抗しろ。何をやっても無駄だがな」

「ふざけるな!」

 朔月のつきつけたいかずちの杖から天から落ちる雷と変わらぬ電撃が放たれた。

『カーバンクルナックル』

 焔は、その電撃を拳で弾き飛ばした。

「……」

 非常識すぎる状況に開いた口が塞がらなくなる朔月。

 それでも近づいてくる焔に次々と雷撃を放つが全てが拳で弾かれてしまう。

 周囲が弾かれた雷撃で物凄い惨状中、焔は、ゆっくりと近づいていく。

「来ないでくれ!」

 いかずちの杖に縋る様に至近距離で雷撃を放った。

 その一発は、拳に弾かれる事無く焔に直撃した。

 希望の光を見た朔月だったが、雷撃が起こした爆煙が晴れた後に現れたのは、多少の火傷しか負っていない焔だった。

「未知子の遺伝子を悪用された事を今まで気付かなかった自分の愚かさに対する罰がこんな痛みでは、到底釣合わないな」

 いかずちの杖が手から零れ落ちるがそんな道具でどうにかなる相手でないことは、朔月にも理解できた。

「わ、私が悪かった! もう八刃に逆らうなんて考えない! だから命だけは、助けてくれ!」

 床にへばりつき、言われればすぐにも靴を舐めかねない朔月を冷たい瞳で見下ろす焔。

 朔月にとっては、永遠とも思えた沈黙の後に焔が答えた。

「良いだろう。命だけは、助けよう。立て」

 朔月が歓喜の表情で立ち上がった。

「ありがとうございます!」

 思わず握手を求めようと伸ばした手に焔も手を伸ばす。

 そのまま握手をすると朔月が疑わなかった中、焔の手が人差し指だけを伸ばし胸を刺した。

「へぇ……」

 間の抜けた表情をする朔月。

『ディスティニーフィンガー』

 焔が指を引き抜くが朔月は、痛みも感じず流血もしていなかった。

「何を為さったのですか?」

 焔は、背を向けて次の目的地に向いながら答える。

「心臓に解毒不可能の超遅効性で激痛と麻痺を起こす毒を生み出すウイルスを植え込んだ。一度侵入したウイルスは、全身の血を一度に取り替えぬ限り消えることは、無い。安心しろどんな怪我や病気になっても最低でも十年は、生きられる。なにせそのウイルスは、宿主であるお前を生かす為に驚異的な回復能力を与えてくれるからな」

 そのまま去っていく焔に自分の体、特に指を突き立てられた胸を触り朔月が呟く。

「ただのハッタリだよな?」

 その瞬間、足の指先に激痛が走りった。

 大声で悲鳴をあげてのた打ち回る朔月。

「こ、こんな痛みは、耐えられ……ない」

 その手の先には、先ほど落としたいかずちの杖があった。

「こんな痛みを味わい続けるのだったらいっそ……」

 実際にそれを行うまで長い葛藤があったが、朔月は、いかずちの杖で自らに雷撃を放った。

 しかし、数時間後、体が再生して意識を取り戻す朔月が居た。

「そんな、普通なら絶対に死んでいる筈なのに……痛い!」

 再び痛みを再認識し始めてのた打ち回る朔月。

 彼がその命が終ったのは、全身をウイルスが回り、ウイルス同士が共食いを始めて自壊を始めた三十年後であった。

 その日まで彼は、一日、一時間、一分として痛みに襲われなかった時は、無かった。



「それで妻の資料は、どうなっている?」

 焔の問い掛けに今回の作戦に呼び出された白風の分家頭の一つ、白木のホープ、静太が答える。

「奥様のデータは、全てこちらで確認後に廃棄しています。支部の壊滅に向われているゼロ様からも同様の処理を行っていると報告が来ています」

 焔は、資料の中の一枚、自分が隣に映る若い頃の未知子の写真を懐かしそうに見ながらも告げる。

「二度とこんな事が出来ないように徹底的に処理しろ。それと、妻のクローンは、一体だけなのだな?」

 静太が頷く。

「はい、何体か失敗作がありましたが全て廃棄され残った一体が路子と名付けられた個体の様です」

 だされた路子の映像を見て妻の面影を感じ、辛そうな顔をする焔に静太も黙ってしまう。

 そんな映像の中で路子が路三男と楽しげに話す姿を見た時、修羅場に慣れた静太ですら、身の毛がよだつ殺気を感じた。

「この男は、何だ?」

 堪えきれない怒りが滲み出る質問に戦きながらも静太が答える。

「クローンの急成長技術の開発者の一人で路三男という名前の男で、問題の個体を連れ出した張本人です」

「妻のクローンを弄った屑の一人だな。この男も生かして私の前に連れて来い。妻のクローンと違って腕の一本や二本は、無くても構わんがな」

 焔の言葉に平伏し静太が即答する。

「了解いたしました!」

 焔が去った後、静太が汗を拭う。

「ご苦労様でした」

 同じく助っ人で来た白風の分家頭の一つ白火のホープで次期分家頭筆頭の凱の紅正一が濡れタオルを渡す。

「ありがとう。君は、気が利いて助かる」

「いえいえ、それにしてもこの組織も馬鹿な事をしましたね」

 正一の言葉に深く頷く静太。

「ああ、八刃の盟主、白風の長の亡くなった奥様の遺伝子を使ったクローンに戦闘技術を仕込み暗殺なんて事を考えただけでも白風の長の逆鱗に触れると言うのに、その実行準備をここまで進めてしまうなんて……」

 正一がここに来るまでに見た惨状を思い出しながら言う。

「ここに居る人達は、希代子様の部下に大人しく殺されていた方が幸せだったでしょうね?」

 静太が肩をすくめる。

「無駄な抵抗して希代子様の部下の一人に緊急通信を使わせてしまった。それを白風の長の目耳となる人間が拾い、発覚に至ったのだからな。その結果がこれだ」

 静太は、背後を見てそこに広がる発狂した人間の群れを見た。

「全員生きているって言うのが信じられませんよ」

 正一が青褪めた顔で言うと静太が淡々と告げる。

「殺すなど簡単。殺さずに地獄を見せ続ける、その様が次の惨劇を減らす、それが八刃の考え方です。それよりも問題は、問題の女性ですが、白風の次期長が逃走させようとしています」

 理解できないって顔をする静太に正一が答える。

「ヤヤさん、いえ白風の次期長は、白風の長がその女性を殺す事で余計な心の傷を負うのが嫌なのだよ思います」

 普段と同じさん付けで較を呼ぼうとして周り視線に気付いて慌てて言い直した正一であったがその内容には、静太が複雑な顔をする。

「白風の長としては、そんな傷も自分の贖罪だと考えていると思われます。ですが、白風の次期長の考えも解ります」

「ここは、両者の為にそこら辺の奴に全責任を負わせて逃がした方が良くないでしょうか?」

 正一の提案に静太は、心惹かれたが、首を横に振る。

「手遅れだ、問題の女性の確保には、あの方々が動いている」

 静太が告げた名前に正一が目を見開く。

「過剰戦力も良いところじゃないですか? あの方々なら一人でだって大抵の事は、完遂出来ますよ!」

 静太が大きなため息を突く。

「それだけ白風の長にとって大切な御方だったのです。それは、我等白風の分家にとっても同じです。あの御方には、何度かお会いしました事がありますが、何の力のない筈なのに規格外が揃う八刃の中で確りと立っていた自分を持っていた芯の通った素晴らしき御方でした」

 沈痛な面持ちになる正一。

「惜しい人を亡くしたのですね?」

 静太は、近くにいたブラッドムーンの構成員の一人を踏み躙りながら怒気を隠さず言葉にする。

「それをこいつ等が利用しようとした。例え白風の長に命令されずとも白風に所属する者ならこいつ等は、万死に値します」

 普段冷静な静太の切れ方に正一も引いてしまうのであった。



「取り敢えず、飛行機が出る時間まで追ってに気付かれなければなんとかなる筈。いくらお父さんでも飛んだジェット機を強襲しないでしょうから」

 敢えて都心から離れた地方空港で較がチケットを渡しながら説明する。

「いっその事、八子さんの空間移動を使わせて貰えば良かったんじゃない?」

 良美の指摘に較が肩をすくめる。

「そんな大技だと八刃の力を使えば幾らでも詳細な情報が即時に判明するから駄目なんだよ。第一、この手のことの場合、八子さん自身が注目されてしまうから逃げる前に捕まるのが落ち」

「あのー僕達は、パスポートが無いんですが、どうやって海外に出るんですか?」

 路三男のオズオズと手を上げると較が何処からとも無くパスポートを複数だす。

「はい偽造パスポート。自分に近い人のを使って写真の所に特殊な魔法加工がしてあって、デジタルデータから画を変更できるようになってるよ」

「それってあたし達も使うの?」

 良美が嫌そうな顔をすると較が視線を逸らす。

「まーね、あちき達は、ちょっと騒動を起こしているから出入りには、通常とは、異なる手続きが必要になるから今回は、非合法って奴で」

「お前が起こしているトラブルがちょっとか?」

 その声に較が慌てて声の方を向くとそこには、西部のガンマン姿の男が立っていた。

「どうしてホープさんが奪回班に加わってるの!」

 較が叫ぶと後ろからトレーニングウェアを来た中国人男性が言う。

「ホープだけじゃないぞ」

「地龍さんまで?」

 良美も驚いている間に較は、三人を抱えて二階部に飛び移ろうとした。

「どうしたんですか? 何かかなり急いでいるみたいですが、敵は、たった二人ですよね。貴女だったら……」

 路子の言葉に較が怒鳴り返す。

「冗談じゃない! あの二人と日本に居る全米軍と言われたらあちきは、間違いなく全米軍を選ぶ。それほどの化物なの!」

「あらあら、まさか逃げられると思ったのかしら?」

 較が飛び上がろうとした先には、妖しい魅力を持つ女性が居て、指を軽く動かすと較達が空中で止まる。

『オーディーン』

 較は、涙目になりながら、周囲に張り巡らされた糸を切断して一階の床に着地する。

「ユリーアさんまで来てるし!」

 二階の女性、ユリーアを見ながら怒鳴った較が三人を下ろしてガンマン風の男性、ホープの方を向いて構えた瞬間、すぐさま振り返り中国人、地龍の上段蹴りを右腕で受け止め顔を顰める。

「どんな手段を使ってもあの女性を確保しろ。それが鬼神からの指示だ」

 地龍がそういって較を接近戦で圧倒する。

 確実に圧倒されながらも防御を続ける較だったが、その背中にホープの銃口が定まる。

「こういうのは、趣味じゃないんだが、今回ばかりは、下手を打つと命にかかわりそうでね」

「やっぱりお父さんかなり切れてるわけ!」

 そう聞き返しながらも較は、自分に対する射線に地龍が入るように移動する。

「あそこまで本気の鬼神を見たのは、初めてだよ。そんな訳で手加減抜きで行くぞ」

 ホープの銃弾が較に迫る。

 較は、それを倒れるようにして大きくかわす。

 その際、較は、地龍も同じ様に回避する事を想定してそのタイミングで大きく間合いを開けようとしていた。

 しかし、地龍は、銃弾をくらいながらも較の胸を蹴り抜く。

 蹴り抜かれた較は、ピンポン玉の様に無様に弾き飛ばされ、路子達から離されてしまう。

 胸を押さえながら較が少なくないダメージを受けている筈なのに泰然と接近してくる地龍にクレーム上げる。

「そこは、かわしましょうよ!」

「後で十分に回復できる傷だ」

 地龍は、淡々とそう告げる中、較は、仕方なく更に路子から間合いをあけざるえなかった。

 そうして較が地龍とホープに関わっている間にユリーアが路子の確保に入ろうとしていた。

 較が視線で良美に合図を送ると良美が二人を引き起こして怒鳴る。

「逃げるよ!」

 そのまま窓にタックルをかけて屋外に出る。

 較もその頃には、外に出て偶々玄関で止まろうとしていたオープンカーを奪い取る。

「何しやがる!」

「物々交換!」

 較は、非常用の純金のカードを道路に突き落とした運転手に投げ渡して歩道を疾走して良美達を回収するとアクセル全開で空港から離れようとした。

「この空港は、もう無理。別のルートを探すよ」

「ホープさんに狙われない?」

 良美の問い掛けに較が突然の状況に目を白黒させる路三男を心配そうに見る路子を指差して言う。

「彼女の確保ってなってるから距離さえ開けちゃえば、何とかなる筈だよ」

 しかしその横に女性ライダーが乗るバイクが現れる。

「キッドさんまで!」

 本気で泣きが入る較を無視して女性ライダー、キッドが手に持ったナイフでオープンカーのエンジン部を切り離した。

 較が三人を抱えて飛び降りた後、オープンカーが爆発する。

「何なんですかあの人たち?」

 もう目を回している路三男の代りに路子が聞いてくる。

「ヤヤのお父さん直属の組織、オーフェンハンターの最大戦力、鬼神のフォーカードだよ」

 良美が答えながらキッドを指差す。

「あの人がナイトオブハート、キッドさん。最初に声を掛けてきたガンマンがガンオブスペード、ホープさん。次に声を掛けてきたのがクンフーオブクローバー、地龍さん。二階に居たのがカットオブダイヤ、ユリーアさんだよ」

 較が炎を上げるオープンカー越しに見える四人に絶望的な感情をもちながら較が補足する。

「一人でも下手な組織を壊滅させられる程の使い手で、一対一の模擬戦をやっても勝てない人達。過剰戦力も良いところだよ!」

「私一人の確保の為にそんな人達を使っているんですか?」

 戸惑いを隠せない路子に較が言う。

「そんだけお父さんが本気って事だよ。キッドさんが居たら逃げるのも不可能に近いよ!」

 必死に対抗策を考えるも何も思いつかない較。

 その時良美が手を叩く。

「良い事を考えた路子さん、さっき使っていたナイフを貸して」

「貴女も戦うつもりですか?」

 怪訝そうな顔をする路子に良美が朗らかに言う。

「まさか! この状況であたしがナイフ持って参戦したって足手纏いになるだけだって。もっと効率的な事だよ」

 いぶかしりながらもナイフを渡す路子だったが、良美は、そのナイフを彼女の頬に突き立てる。

「それ以上近づいたら、この人の頬を突き抜きますよ!」

 その行動にようやく復活した路三男が怒鳴る。

「何を考えているんですか!」

「グッドアイデア! ホープさん、この人を無傷で確保って言われていますよね?」

 較に邪悪な笑みを向けられてホープが舌打する。

「そうだよ。しかし、逃がすわけにも行かないぞ!」

「解ってます。そんな無茶な提案は、しません。ですから平和的な取引をしませんか? この方法を使うのは、今回限りで、一時間逃走時間を下さい」

 較の提案にホープが何か言う前にユリーアが割って入ってくる。

「長すぎるわね、十分よ」「四十五分!」「二十分」「三十分!」

 折衝の結果、較が三十分を勝ち取る。

「それじゃ、そういう事で較は、横を通り抜けようとした車を強奪して去っていく。

「追いかける?」

 キッドの言葉にユリーアが肩をすくめる。

「約束は、護らないとね」

「甘かったんじゃないか? いざとなれば人質なんてどうにでも出来ただろう?」

 ホープの言葉に苦笑するユリーア。

「人質をとっているのが良美ちゃんじゃなかったらね。あの子に下手なことをすれば今度は、ヤヤちゃんが切れるわよ」

 地龍が頷く。

「そうなれば我々でもただでは、すまないな」

 ユリーアが一本の糸を見せる。

「それにもう糸を付けといたから幾ら逃げても追いかけられるわ」

「逃がす気なんてまるで無いって事だな」

 ホープが笑みを浮かべるとユリーアが真剣な顔をする。

「当たり前でしょ。今回だけは、鬼神に冷静な判断力は、求められない。言われた事をきっちり果たさないと本気でこっちが危ないもの」

 地龍が難しそうな顔をする。

「鬼神にとっては、やはり亡くなった奥方の事がそれほどに大切だという事だな」

 鬼神のフォーカードの中でしんみりとした空気が流れるのであった。

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