屈服の冬と抗いの春
新シリーズ? 必滅の新作です
良美が、日課の早朝のランニングをしていると、道端に一人の同じ年頃の少女を見つけた。
必要以上に厚着をしたその少女は、地面にうつ伏せになっている。
「おーい、こんな所で寝ていたら風邪をひくよ」
良美が声を掛けるとピクピクと動いた。
「……寝ていません。お、お腹が減って動けないだけ」
良美は、少し考えてから、その少女に肩を貸す。
「あたしが住んでる家で、ご飯を食べさせてあげるよ」
「……ありがとうございます」
少女が素直にその好意を受けるのであった。
しかし、少女にとってそれは、自分の一生を大きく変える事になろうとは、気付いていなかった。
白風家で食事を終えた少女が幸せそうな顔をする中、食後のお茶を用意する較が尋ねる。
「でもどうして、道端で倒れる事になったんですか?」
少女は、真剣な顔になる。
「言えません。言えば、貴女達に迷惑が掛かります」
良美が不満そうな顔をする。
「あのね、食事をごちそうになっておきながら、そんな言い分が通じると思ったの?」
「食事を用意したのは、ヤヤお姉ちゃんで、良美は、箸の準備一つしてなけどね」
小較の突っ込みに良美が睨む。
「あたしは、彼女をここに連れてくる重労働をしたから良いの! それより、事情を説明して!」
詰め寄る良美に少女は、首を必死に横に振る。
「感謝しています。 しかし、本当に危険なことなんです。奴等は、人間じゃないんです!」
「人間じゃないって、それじゃ、貴女は、化け物から逃げているの?」
良美の問い掛けに少女は、俯く。
「これ以上は、言えません」
沈黙する少女に良美が更ににじり寄る中、較の携帯電話が鳴る。
「どうしたの? 敵対組織の関係者が竜夢区に入って来た? それで現在は、ロストしたと。出来れば今回の件には、関わるなって言うのね。出来ればそうするから頑張って」
較は、電話を切って、問題の少女を見る。
「もしかしてさ、貴女、八刃から逃げてない?」
少女が目を見開く。
「どうして八刃のことを!」
良美が呆れた顔をする。
「どうしてって、ここは、八刃の一つ、白風の長の家だぞ」
「八刃の盟主、白風の長の家……」
少女が気絶するのであった。
気絶した少女を介抱しながら較が調べた事を話す。
「彼女の名前は、天道冬香。八刃と敵対している天道家の娘。少し前に、天道家は、八刃に大規模な襲撃を行ったんだけど、ものの見事に失敗。逆襲を受けた天道家は、壊滅的な被害を受けたんだよ。そして、いま現在進行形で追い込みにかけられている最中な訳」
「八刃から逃亡してるのに、どうしてテリトリーの竜夢区に居るんだ?」
良美の当然の疑問に較が肩をすくめる。
「追い込まれたんだよ。ここなら大抵の事を隠蔽できるからね。まさか、ヨシに拾われるのは、想定外だったんだろうね」
「それでこの人は、どうするんですか?」
小較が不安そうに聞いてくると較も困った顔をする。
「正直、困っている。対抗組織の人間を匿うっていうのも色々と問題があるからね」
良美が頭をかく。
「大体、どうしてそこまで敵対してるんだ?」
較が遠い目をする。
「心当たりが多すぎて解らない」
「本気で最低の組織だな」
良美の指摘を否定できない較であった。
そんな中、少女、冬香が目を覚ます。
「あたし、どうして……。そうだ、白風の長の家に連れ込まれたんだった! 殺される!」
飛び起きようとしたが、直ぐにへたりこむ。
「行き倒れになるほど体力を無くしていたんだから無理しちゃ駄目だよ」
較の忠告にも少女は、這いずりながらも逃げようとしていた。
「そうとう怖い思いをしてきたんだろうね」
同情の視線を向ける小較を横目に良美が冬香の襟首を掴む。
「慌てないの。殺すつもりだったらもう終わってる。それより、あなたは、どうしたいの? ただ生き延びたいだけならここで匿っても良いんだよ」
「嘘です! 八刃に、人間の様な優しさなんてある訳ありません!」
冬香の悲鳴の様な主張に良美が大きなため息を吐く。
「色々とあったのは、解る。少なくともあたしは、八刃の人間じゃない」
「そんな訳、ありません! 八刃の人間じゃない人が八刃の盟主、白風の長の家に居る訳がありません!」
もがく冬香に較が疲れた表情をしながら告げる。
「貴女も、業界の人間だったら知ってるでしょ、八刃の以上に手を出したら不味い存在、ウエイトオブアースを」
その単語に冬香が更に怯える。
「そんな、それじゃ貴女がホワイトハンドオブフィニッシュ、地上最強の攻撃力を持つ者!」
「まあ、そうなるね。とにかく、貴女の命を狙うほど小物じゃないのは、解った」
較の説明に複雑な表情をしながらも冬香が納得する。
「そうかもしれませんが、八刃なのには、変わりませんよ」
較も複雑そうな顔をして問いかける。
「問題は、そこ。あちきもあくまで敵対し続ける人を匿うなんて出来ない。貴女のスタンスを知りたいの? さっきヨシが言った様にただ生き延びたいだけなら、誓約書を書いてくれれば八刃全体に襲わないように指示を出しても良いよ」
較の顔を正面から見つめる冬香。
「あたしには、やらないといけない事があります。三人の姉妹を救う事。三人の姉妹の安全さえ確保できれば、もう抵抗をしないと誓約書を書いても構いません」
「お父さんの復讐は、良いのね?」
較の確認に冬香は、悲しそうな顔をするが頷く。
「……はい」
「お父さんは、どうしたんですか?」
小較の問い掛けに較が言い辛そうに答える。
「本家への逆襲の時に殺されているよ。その際に三人の娘に逃げられたって報告があるよ」
「お父さんが命を懸けて逃がしてくれたんだ?」
小較が泣きそうな顔になるが、冬香は、顔を背けた。
「違うの?」
良美の追求に冬香が重苦しそうに言う。
「父は、あたし達を囮にして逃げようとしました。秋香姉さんがそれに気付いて、逆に父を見捨ててあたし達は、逃げました」
「天道家の当主、栄源は、権力欲の持ち主で、自らの家族ですら道具とみなしていたって情報があるけど、本当みたいだね。今回の襲撃だって、更なる権力を求める為の独断だって話だよね?」
冬香が憤りを堪えながら答える。
「はい。八刃に敵対していたのは、確かです。あたし自身、八刃の目に余る非道には、怒りを覚えていましたが、それでもあんな無謀な襲撃は、間違っていました!」
良美が頬を掻きながら言う。
「でも、どうしてそんな無謀な襲撃をしたの。何かしらの勝算があったの?」
冬香が悲しそうな顔をする。
「夏香の存在です。夏香は、特殊な召喚師で、偏りがありますが、強大な神魔を呼び出す事が出来るのです」
「因みに、襲撃の時には、低位の魔王を召喚してたらしいけど、八刃の本部じゃちょっときついよね」
較の言葉に良美が言う。
「本部だったら、魔王クラス倒した人間がダース単位で居る筈だよね」
あっさり頷く較に冬香が顔を引きつらせる。
「本気で化け物ですね。とにかく、召喚した魔王が倒されて夏香は、八刃に捕らわれました」
「八子さんの所に預けられてるみたいだよ」
較の答えに小較が首を傾げる。
「どうして、八子さんの所なんですか?」
「多分、さっき特殊な召喚師だからだろうね。八子さんに目の届く範囲じゃ、召喚術なんて使えないからね」
答えた較に冬香が詰め寄る。
「それで夏香は、平気なのでしょうか?」
較は、携帯のダイヤルを押す。
「八子さん、お久しぶりです。そっちで預かっている夏香って子に代わって貰えますか?」
『ヤヤちゃん、お久しぶりね。傍に居るから今、代わるわ』
八子が答え、すぐさま、少女の声が聞こえてくる。
『あのー、私に何の用なのでしょうか?』
オドオドした雰囲気の声を聴きながら較が携帯を冬香に渡す。
「夏香、大丈夫! 私の声が解る?」
『冬香姉さん! どうして、まさか冬香姉さんも八刃に捕まったのですか?』
「えーと、それに近い状態かも。それより、酷いことされていない?」
『うーん、何故か、親切にしてくれている。今もお菓子を食べさせて貰っているよ』
暫くお互いの納得できない状況を説明しあう冬香と夏香。
「なんとか、姉さん達とも連絡とって、皆の安全を確保するからね!」
『無理しないでね』
緊張した面持ちで会話を終わらせる姉妹。
「それでどうするの?」
良美の言葉に較がパソコンで調べごとをしながら答える。
「次女の春香って人が、夏香ちゃんの奪還作戦を進めている所を補足されているから、そこから襲撃する」
「春香姉さんを襲うのですか!」
青褪める冬香に較があっさり頷く。
「さて、人質を連れて行くよ」
「人質って……」
戸惑う冬香の肩に良美が手を置く。
「あなた以外に居る?」
「やっぱり、信じるんじゃなかった!」
力の限り叫ぶ冬香を素早く拘束して較は、目的地に向かうのであった。
夏香が囚われている八刃の一つ、霧流の本家の近くのビジネスホテルの一室。
「夏香の奪還、それを最優先。良いわね?」
冬香が少し大人になった外見の春香の言葉に、同胞が頷くのと合わせるように、ホテルのドアが開き、八刃の襲撃部隊が襲い掛かろうとした。
「応戦よ!」
春香が命令を下し、今にも戦闘が始まろうとした時、窓ガラスが砕け散り、冬香を抱えた較が突入して来た。
「はーい、あちきの名前は、白風の較です。春香さん、こちらには、こんな人質が居るから大人しく捕まって」
較の腕の中で力の限り暴れる冬香を見て、春香が睨みつける。
「冬香まで、この卑怯者!」
較は、微笑み告げる。
「なんとでも言って。それより無抵抗で捕まってくれると助かるんだけどね。そうじゃないと……」
較は、冬香の腕を握り締める。
「ウゥゥゥゥ!」
ガムテープで口を塞がれているのに関わらず、漏れ出る悲鳴。
「止めて!」
春香が叫ぶと較が困った顔をする。
「止めたいのは、山々なんですが、貴女達は、抵抗するんですよね?」
「最低! 貴女には、良心が無いの!」
睨みつけてくる春香に失笑する較。
「八刃にそんな下賎な感情を求める方が間違いね。大人しく投降する?」
春香は、数枚の護符を構える。
「ここで降伏した所で、結果は、変わらない! ならば、冬香を傷つける事になっても、命懸けで救い出すまでよ!」
放たれた護符は、式神に変化して較に襲い掛かる。
「無駄!」
その一言と共に振られた右腕から漏れた白い残光だけで、式神が霧散した。
「馬鹿な!」
驚愕する春香に較は、無造作に近づく。
「芸は、それでお終い?」
慌てて飛びのきながら護符を空中に撒き散らす春香。
『結び、結ばん、古き絆。その絆を手繰りて、我が前に現れ給え、大いなる御霊』
巫女姿の守護霊が現れ、霊力を撃ち放つ。
『白き風、それは、全てを断ち切る力。古の縁も断ち切らん、縁断風』
較が素早く印を刻み、放った白い風が春香と守護霊の縁を断ち切り、守護霊の具現化を強制的に解除した。
顔を引きつらせ、恐れ戦く春香。
「馬鹿な、縁を断ち切るなんてそんな非常識な事があるわけが……」
較が悠然と告げる。
「理すら捻じ曲げる超越者に抗う八刃に常識が通じると思った時点で貴女達の敗北が決定したのよ」
無造作に放たれた一撃が春香に決まり、たった一撃で意識を失わせた。
残ったメンバーも較の一瞥で、抵抗の意思を失うのであった。
霧流家の居間で意識を取り戻す春香。
「ここは、何処?」
「春香姉さん!」
半べそをかいた夏香が抱きつく。
「夏香! それでは、私も……」
辛そうな顔をする春香の耳に冬香の声が届く。
「もう少し、やり方って物が無かったんですか!」
春香がその方向を向くとお盆でおかずを運んでいた較が居た。
「普通に考えて、冬香さんの願いを聞いて、姉妹の安全の確保しに来ましたって言って信じるとは、思えないよ。だったら、最初から、敵だと誤解させて、倒して強制的に確保した方が確実だよ」
微妙な空気に春香が戸惑っていると、夏香が複雑な顔をして言う。
「何故か、冬香姉さんがあたし達の安全と引き換えに敵対を止めるって約束を白風の次期長としたらしいの。それで、春香姉さんを安全に確保する為に芝居していたんだって言うんだけど……」
言っている本人すら信じられない言葉を実際に戦った春香が信じられる訳も無かった。
「冬香、騙されちゃ駄目よ。きっと外道な思惑があるのよ!」
「信じないのは、勝手だけど、さっさとテーブルについてよ」
良美が箸を片手にせかす。
「春香姉さん、ここは、言うことを聞いておいた方が……」
尻切れ気味の夏香の言葉に悔しそうに春香が応じた。
そして食事の後、較が問題の姉妹を集めて告げる。
「ぶちゃけ天道なんかに長々と関わってる程八刃って暇じゃない」
「天道なんかに?」
顔を引きつらせる春香を宥めるながら冬香が尋ね返す。
「それってどういう意味なんですか?」
「オーフェンって組織があって、そこと全面交戦中だったりするからだよ。殲滅に手間が掛かるなら講和もありって感じなの。大体、八刃って相手を壊滅させる事って少ないんだよ」
較の答えに春香が噛み付く。
「そんなの嘘よ! 八刃に潰された組織は、いくつもあるのを私は、知っている」
「それって八刃じゃなくて、ヤヤちゃん個人に潰されたって言った方が早くない?」
お茶の用意をしてきた八子の指摘に較が顔を背ける。
「八刃自身は、自分達が人外だって自覚あるから、敵対者には、容赦ないけど、同時に敵対意思を無くした相手には、余計な干渉をしないよ」
「そうそう、一度的に回したら徹底的に叩き潰すのは、ヤヤだけだよ」
補足する良美。
「何か、聞いていると、八刃が悪いんじゃなくて貴女が外道だって思えてくるんだけど」
春香の突っ込みに較が遠い目をする。
「仕方ないの。あちきが騒動に巻き込まれるのは、神託された運命だから」
「否定しないのね?」
冬香の問い掛けを無視して較が続ける。
「そういう訳で、天道も敵対を止めるって旨を示せば八刃の報復対象から外される。八子さんもそう思うよね?」
八子が頷く。
「そうね、夏香ちゃんの能力だけは、問題だけど、余計な軋轢を残してまでの危険度は、無いわね」
「神や魔王の召喚が危険度が低いって事なんですか?」
夏香が驚くと較が苦笑する。
「神や魔王の召喚って言っても、本当に危険な奴は、異界壁が有る限り、通常の方法では、召喚されないんだよ」
「淫虫の魔王とかやばいって言っていたけど、それは、違うの?」
良美の質問に較がため息を吐く。
「あんな異界壁に干渉出来るレベルのは、例外。第一、人間が召喚出来ないから問題外」
「何、その淫虫の魔王って?」
冬香の質問に八子が平然と答える。
「ヤヤちゃんの友達に宿った、国消滅クラスの魔王の事よ」
長い沈黙の後、春香が遠い目をしながら言う。
「私達本当にこの化け物達に抗うのを辞めていいのかしら?」
較も視線を合わさず答える。
「自分の大切な人間を護る事を優先するのは、人として正しい行為だよ」
「どう聞いても、自分の悪行を正当化する言い訳にしか聞こえないですが?」
突っ込む冬香の肩を叩きながら良美が言う。
「そんな今更の事を言っても仕方ないわ。とにかく、ここは、残りの一人を確保して、皆で明日を生きましょうよ」
物凄く複雑な顔をする天道姉妹であった。