第38話 魔人スカーレットはガチ勢
どうしても手に入れたい! コレクターの血がさわぐ!
「販売開始は……、げっ、平日の昼間からかぁ。……まあいいでしょ、そこはうまく仕事を調整すれば」
スマフォの画面を見ながらスカーレットはつぶやいた。彼女が見ていたのは最近ハマっているキャラクター『おもちもっち』のグッズページだ。
おもちもっち。名前の通りおもちを模したキャラクターで、白くぷにぷにした見た目の愛くるしさから最近幅広い年代から支持されており、スカーレットの周りも例外ではなかった。
「スカーレット様、またおもちもっちですか? ちょっと買いすぎでは?」
彼女の部屋にある大量のグッズを眺めて、じいやはあきれた様子でため息をついた。
「何よ! じいやだって前に『推しは推せるときに推せ』的なこと言ってたじゃないの!」
「……そんなこと言いましたっけ?」
言ったような、言わなかったような……。彼は全く思い出せなかったが、改めて話を戻す。
「また買うんですか、おもちもっちのグッズ。どうせ同じようなぬいぐるみとかでしょ?」
すでに部屋の中のいたるところに置かれたそれらは、明らかに過剰な量に思えた。しかし、じいやに対してひるむことなく、スカーレットは抗議した。
「はぁー! 同じじゃないですけど! これは『おもちもっち ずんだもちバージョン』あれは『おもちもっち きなこもちバージョン』そして、それは『おもちもっち ゴマ団子バージョン』」
「ゴマ団子はおもちではないのでは……」
「とにかく! どれも愛すべきぬいぐるみたちなわけ! わかった?」
かつてないほどの勢いで反論する彼女に、じいやは白旗を上げた。
「……わかりましたよ。それで、今度買うのは何バージョン何ですか?」
よくぞ聞いてくれたと、スカーレットは目を輝かせながらスマフォ画面を彼に見せてきた。
「次狙っているのは『おもちもっち 磯辺焼きバージョン』よ! はぁー、このしょうゆをからめられた茶色い姿! そして、そこに巻かれた真っ黒なのり! かわいすぎる!」
「そういうものですかね。別に構いませんけど……」
なんかもう、どうでもよくなってきちゃったな。彼は部屋から去ろうとする。その時、「ただ……」と彼女が悩まし気に言葉を続けてきた。
「ウェブでの販売受付が、平日の昼からなのよ! おそらく人気を考えれば争奪戦となるわ。だから、じいやも協力してくれな……」
「申し訳ありませんが、自分の趣味に他人を巻き込むべきではないかと」
じいやはぴしゃりと言い放った。彼にしては突き放した言い方だったので、スカーレットも一瞬ひるんだ。それでも、どうしてもぬいぐるみが欲しかった彼女は言い返す。
「じいやのけち! いいわよ、あたし自身の手で絶対に手に入れてみせる」
じいやはそれだけ聞くと、すぐに部屋から出て行った。
販売当日。午後からの仕事を早めに片付けたスカーレットは、スマフォを握り締めて販売開始時間を待っていた。
「じいやは全然わかってないのよ。限定販売のグッズを手に入れるのがどれだけ難しいか。……そろそろ受付開始時間ね」
画面を見ながらその時を待つ。あと三分……。あと二分……。あと一分……。時計表示を見つめながら、彼女は鼓動が高まるのを感じていた。そして時間となる……、といった時にスマフォは大きな着信音を鳴らした。
「えっ、今!」
これが鳴るということは、どこかで誰かが困っているということ。でも……。
悩んだのは一瞬だった。スカーレットは着信に出て、助けを求める声に応じ瞬間移動した。
その日の仕事帰りの彼女は元気がなかった。着信があり速攻で魔物を倒したが、再び販売ページをのぞくと、ぬいぐるみの欄には売り切れの文字。結局、磯辺焼きバージョンは買えなかった。
「はぁー、買えなかったぁ」
「残念ですが、こういうこともありますよ。それにまた再販売するかもしれませんし」
「でもなぁー、限定おもちもっち欲しかったなぁー」
いつも元気いっぱいな彼女の落ち込んだ様子を見て、じいやも胸が痛んだ。きっと、それだけ欲しかったのだろう。
実は彼も、時間ちょうどに販売ページを開き商品を買う準備をしていた。スカーレットには厳しいことを言ったが、結局彼女には甘い。彼女が買えていれば黙っておけばいい。メイドたちにも欲しい者がいるだろう。そう思い、買うつもりでいた。
だが、限定商品の人気はじいやの想像を超えていた。
時間ちょうどにアクセスしたが、目当ての商品はカートに入れる前にあっという間に売り切れとなる。
「……嘘だろ」
おもちもっちをなめていた。彼は限定商品の購入という、激流のような戦いを身をもって体感したのだった。
そうして数日経った休日。
「はぁー」
スカーレットはまだ落ち込んでいた。
「いいかげん元気出してくださいよ。磯辺焼き作りましたから」
「あんまり食欲ないのよね……」
そうは言いながらも、じいやが差し出した磯辺焼きを彼女はもにもにと食べた。
これは重症だな。彼はそう思ったが、元気づけるように言う。
「今日はベロニカ様が来るのでしょう? 今のスカーレット様の姿を見たら心配しますよ」
すると、ソファで横になっていたスカーレットはすっくと立ちあがった。
「……それもそうね。あっ、話をすれば」
インターフォンが鳴り、じいやがベロニカを迎えに行く。
すぐにリビングにやってきた彼女はいつも通りのあいさつをした。
「こんにちは、スカーレットちゃん!」
「こんにちは、ベロニカ」
はて? 何だかいつもより声に張りがあるような……。大きな袋を下げたベロニカはにこやかな表情をしている。そして、話したくてしょうがない様子で袋からあるものを取り出した。
「実はね……、じゃーん! 私もスカーレットちゃんの話聞いてたら欲しくなっちゃって……」
楽しそうに語る彼女の手には、おもちもっちのぬいぐるみが抱えられていた。
「ああ、そうなんだ……」
スカーレットはあまり驚かなかった。なぜならベロニカが持っているぬいぐるみは「普通の」ノーマルバージョンだったからだ。それなら自分も持っているし、近所のお店で普通に売っている。
「いやあ、最初はあんまり興味がなかったんだけど……。やっぱりかわいいね、おもちもっち!」
ぬいぐるみを大切そうに抱えるベロニカの姿に、スカーレットは初めておもちもっちのぬいぐるみを買った時の自分を重ねた。そうだ、おもちもっちはどれもかわいいのだ! 限定だとかレアものだとか、そんなことは関係ない!
「……ありがとうベロニカ。大事なことを思い出したわ!」
「えっ、よくわからないけど、良かったね?」
ベロニカは戸惑っていたが、何とか感謝の気持ちを伝えたい。スカーレットはじいやを呼び言った。
「じいや! おもち、まだある?」
「もちろんですとも!」
そして彼女たちは、たくさんのおもちを色々な味付けでおいしく食べたのだった。




