第36話 魔人スカーレットは弱体化する
弱体化する! 怪しい薬は飲んじゃダメ。
「ふいー、ようやく昼休みだわ」
午前中の仕事を片づけたスカーレットは、お昼にいったん城に戻ってきた。
「じいやー、お昼ごはん食べよー……って、あれ?」
リビングの方から知らない声が聞こえる。若い女性の声だ。どうやらじいやと何か話しているらしい。
あのじいさん、自分が知らない間に誰を招き入れてるんだ。場合によればただではおかない。
スカーレットがこっそりと部屋に向かうと、じいやがちょうど出てきて言った。
「スカーレット様、おかえりなさいませ。昼食の準備はできております」
「ああ、ありがと……、じゃなくて、何かあたしに言うことはないの!」
彼は首をかしげたが、ああと納得したようだった。
「もしかして彼女のことですか? 以前お話しましたが……」
そうだっけか? 全然覚えていない。もしかしたら、ゲームをしている時に言っていたかもしれないが。
「……それで誰なのよ?」
すると、部屋の外で二人が騒いでいたので様子が気になったのか、リビングからメガネをかけた若い利発そうな女性が出てきた。
「どうしたの? あっ、スカーレットさん帰られたんですね! お待ちしておりました!」
彼女は丁寧にお辞儀をして、その緑がかった髪を地面に向かって垂らした。
「これはこれはご丁寧に……。失礼ですけど、あなたは?」
スカーレットが聞くと、慌てたように彼女は答えた。
「申し遅れました! 私はアナベルと申します。そこにいるラムズイヤーの姪です!」
それから三人は昼食を取りながら話をした。
「なるほどね。アナベルはじいやの親戚で、あたしに会いたくてやってきたと」
「前に言ったのに、初耳みたいに言わないでください」
「ごめんて」
反省などみじんもせずに、スカーレットは謝った。
「それにしても、じいやも名前あったのね。ラム……なんだっけ?」
「ラムズイヤーです。私をなんだと思ってるんですか。……本当にスカーレット様は昔から変わりませんね」
昔から? 前にも名前を聞いたことあったっけ? あるとしても、昔過ぎて思い出せない。
そんな二人の様子を見ていたアナベルが、ふふっと笑みをこぼしながら言う。
「本当に仲が良いんですね! 叔父の楽しそうな顔なんて、私初めて見たかも!」
彼女の言葉をスカーレットは意外に思いながら、じいやを見た。それを察したのか、言い訳がましく彼は言った。
「兄には迷惑をかけましたから……」
それだけ話すと、それ以上は何も言わなかった。
食事が終わると、アナベルが何か言いたげにスカーレットに近づいてきた。
「あの、スカーレットさん……」
「なあに?」
じいやが食器の片づけをしているタイミングで話しかけてきたということは、彼には聞かれたくない話だろう。
「実は今日伺ったのはお願いがあったからで。私は普段研究をしているのですが、先日ついに試作品の薬が完成したんです!」
「へえ、どんな薬?」
「魔力を強化する薬です」
な、なんだって! そんなものが作れたとしたら、魔人界に衝撃が走る! 誰でも魔物を簡単に倒せるようになって、あたしの仕事が減って楽できるじゃないか!
「すごいじゃない! それであたしは何をしたらいいの?」
「もし良かったら、これを飲んでみてくれませんか!」
「え?」
アナベルはポケットから薬を入れたケースを取り出し、まっすぐな目でスカーレットを見つめている。あっ、これ、断れない感じだ。
「……でも、あたしが飲まなくてもいいんじゃないかしら? 実験は成功してるんでしょ?」
「もちろんです! でも、スカーレットさん程の力を持った魔人が飲むとどうなるのか知りたくて!」
興奮した様子で顔をぐいと近づけながら、彼女は言った。
ダメだ。この人、意外と圧が強い。はきはきと礼儀正しく言われると、断りづらい。
「安全なのよね? ……わかったわ、協力する」
「ありがとうございます!」
彼女はきっちり九十度体を曲げて、頭を下げた。
ええい、ままよ! スカーレットは薬を受け取り、一気に飲み込んだ。
「どうですか?」
アナベルが興味深そうに尋ねた。すると、スカーレットは血の気が引いた顔で答える。
「どうしよう、全く魔力を感じられないんだけど……」
スカーレットの魔力が、強化されるどころかゼロになった。
じいやは激怒した。
「アナベル! スカーレット様になんてことを!」
事情を聞いた彼は、顔を真っ赤にして彼女を責めた。
「本当にごめんなさい! ケースに魔力をゼロにする薬を入れっぱなしにしちゃって……」
アナベルは見た目に似合わず、わんわんと泣きながら答えた。
「まあまあ、効果は一日で切れるんでしょ。午後さえ乗り切れば大丈夫よ!」
スカーレットはアナベルをかばうように言った。いつもなら慌てふためくところだが、自分以上に慌てている人がいると冷静になる。それに、知的な美人が泣きじゃくるのは見てられない。
「スカーレット様がそう言うなら……。問題は午後の仕事ですね。魔力がなければ、瞬間移動ができません」
「……今日はサボるか」
「街が滅んでもいいのなら」
「……冗談よ」
しばらくの間二人が頭を抱えていると、ようやく泣き止んだアナベルがあのう、と手を上げて提案した。
「私が普段使っている転移装置ならありますけど……」
彼女は荷物の中から、ポケットサイズの転移装置を取り出し言った。
「早く言いなさいよ!」「早く言え!」
スカーレットとじいやは図らずも声をそろえてそう言った。
午後の仕事はなんとか片づいた。魔力が一切なくなった状態での魔物討伐は骨が折れたが、案外どうにかなるものだった。パワーこそ全て。スカーレットにはそこらの魔人とは比べ物にならないほどの腕力があったからである。それでも、「応援のために筋トレしといてよかったわ」とくたびれた様子で城に戻ってきた彼女はこぼした。
アナベルはというと、仕事を終え帰ってきたスカーレットに床にめり込ませるくらい頭を下げ、後日改めて謝罪に来ると言ってしつこいくらいに何度も謝り帰っていった。
「……悪い子じゃないんだけどね」
「わかっています。ただ、誰かと同じで少し抜けたところがありますからなあ」
「……誰の話よ?」
彼女をちらちらと見ながらそう言うじいやの言葉に、スカーレットはすぐに興味を失った。
数日後。
「先日は大変申し訳ございませんでした!」
「いいのよ、もう気にしないで」
アナベルが持ってきた菓子折りに釘付けになっているスカーレットはあっさりと答えた。
「本当にありがとうございます、スカーレットさん! ……ところで、もしよろしければお願いがあるのですが……」
アナベルがかばんをごそごそと探り始めたので、スカーレットはすかさずこう言った。
「間に合ってます!」




