第35話 魔人スカーレットは学ランを着る
学ランを着る。応援は力。
「たまにはパズルゲームもいいものだな」
スカーレットの城のリビングで、落ちてくるスライムを消すゲームをしながらソニアは言った。
「そう? あたしはあんまり得意じゃないけど」
適当にスライムを積み、ちまちまと消しながらスカーレットは答える。あまり頭を使うゲームは好みじゃないらしい。
「パズルは論理的に攻略できる。よし、これでどうだ!」
「ぐえー! 五連鎖って何よ! ああ、石みたいなスライムがいっぱい落ちてきた!」
何度か同じような技をくらい、スカーレットの画面はスライムで埋め尽くされる。
「私の勝ちだな。どうする、もう一回やるか?」
「もちろん! それにしても、あんた強いわね。隠れて練習した?」
コントローラーを操作し、もう一試合やろうと準備しながらスカーレットは聞いた。
「いや、練習はしてないが、何試合かしているうちにパズルの法則の様なものがわかってきたんだ。こう積んでおけば、こういう風に消せると」
「へぇー、すごいわね。その頭の良さを何かに活かせないかしら?」
珍しくスカーレットが褒めてきたので、少し迷ったがソニアは口ごもりながら言う。
「……実は今度の日曜日、大会に出るんだ」
「えっ、大会! パズルゲーム?」
「違う違う」
おそらくスカーレットはあまり興味がない分野だろう。だから今まで話したことはなかった。自分が興味がない話をされても、あいまいに返事をするしかなく困ってしまうだろうから。
「じゃあ何よ?」
「実は……」
画面には規則正しく配置されたスライムが積まれている。ソニアは最後の起爆剤になるスライムを積んだ。その瞬間、せきを切ったようにスライムたちが弾けだす。
「え? ちょっ、なになに? 嘘でしょ! 十五連鎖ってなによ!」
みるみるうちにスカーレットの画面はスライムで埋め尽くされる。そして、なすすべなく彼女の敗北となった。
「また私の勝ちだな。それで今度出る大会っていうのは……」
ソニアが話を戻そうとした時、対戦で負けてムキになったスカーレットが言った。
「やっぱりこういうのはあたしに合わないわ! なんていうか、細々しているっていうか。やっぱりゲームは派手なやつじゃないと!」
その言葉を聞いたソニアは黙り込んだ。
「それで、何の大会に出るって?」
「……やっぱり言わない」
ソニアの急な態度の変わりようにスカーレットは戸惑った。
「はぁ? なんでよ?」
「お前に言っても興味ないだろうからな。……すまない、今日はもう帰るよ」
二人で遊んでいたゲームを片付けて荷物をまとめると、彼女はそれ以上何も言わず帰っていった。
一人部屋に取り残されたスカーレットは何が何だかわからず、ポカンとしていた。
「何だあれ?」
するとお菓子を持ってきたじいやが、ソニアがいないことに疑問を持ち聞いた。
「おや? ソニア様はどうされたのですか?」
「それがね……」
スカーレットからあらかた話を聞いたじいやは、はぁとため息をつくとあきれたように言った。
「それはスカーレット様が悪いですよ。ゲームに負けたからってみっともない」
「……当たりきつくない? あたし、あんたの雇用主なんだけど……」
彼女の反論を無視し、じいやは続けた。
「趣味とは人それぞれです。アウトドアやインドア。個人か集団か。アナログかデジタルか。趣味は人の数ほど存在し、そのどれもが否定されるものではありません」
「……そうだけど」
「スカーレット様も自分の趣味が否定されると嫌でしょう?」
ぐうの音も出なかった。……今回は確かに自分が悪い。
「ソニアに謝らないとね。あとでメールしておこう」
「それがいいでしょうなぁ」
じいやも肯定し、二人は彼が持ってきたお菓子を食べることにした。
「『今日はごめん』っと」
スカーレットは部屋でメールを打ち、ソニアに送った。数分も経たないうちに返事が来る。
『こちらこそ急に帰って悪かった。また近いうちに遊びに行くよ』
良かった。もう怒ってはいないみたいだ。スカーレットは安堵したが、まだ何かもやもやする。
「何かあたしにできることないかしら? ……、そうだ!」
彼女が大会に出るのなら、応援をしよう。
そこからスカーレットの特訓が始まった。
毎日、朝晩は練習に時間を割いた。朝が弱い彼女だったが、今回ばかりはがんばった。何しろ一週間しかない。時間との勝負だ。
練習内容は主に声出し、腕振り、突き、筋トレの四つ。どれも応援の基礎で欠かすことはできない。そこから曲に合わせた振付を覚えていく。じいやもラジカセで曲かけをして手伝ってくれた。ちょいちょい曲と振りが合っていないとか、動きにキレがないとか口を出してきたのはウザかったが。
仕事をこなしつつ練習を続けていると、あっという間に大会の当日になった。
「じゃあ、行って来るわ!」
日曜日の朝、学ランを着て気合十分のスカーレットは寝ぼけまなこのじいやに声をかけた。
「……朝早いですね。何時からどこでやるんですか?」
「知らないわ。だって、サプライズなんだもん!」
「えぇー、そこは聞いておきましょうよ……」
「だからこうして朝早くにソニアの家に行くんじゃない!」
ソニア様も大変だな。じいやは自信満々のスカーレットの背中を無言で見送った。
「……それでこんな朝早くに来たわけか。試合が午前中だったから良かったが、夜からだったらどうするつもりだったんだ?」
すでに身支度を整え、出発しようとしていたソニアは言った。
「それはまあ、いったん家に帰るわね」
「そこは冷静なんだ……」
彼女は見慣れない学ラン姿のスカーレットをじろじろと見ると、不思議そうに尋ねた。
「何で学ランなんだ? いつもの格好でいいだろう?」
真っ当な指摘だったが、スカーレットはきょとんとしている。
「えっ、だってこの服の方が気合が入るかなと思って。大事な大会なんでしょ?」
当たり前のようにそう答える彼女の言葉に、ソニアは思わず息を飲んだ。
そうだった。こいつはそういう奴だ。いい加減でわがままだけど、人のことを考えられるそういう奴なんだ……。
心の内を悟られないように、あえてぶっきらぼうにソニアは言う。
「……ふん、勝手にしろ。ついてくるのは構わんが、試合会場には入れないぞ。みんな集中しているからな」
「えぇー、どうすんのよ! あたし、一週間応援に魂を捧げたんですけど!」
「知るか! 控室には入れるから、そこで待ってろ!」
ぶつぶつと文句を言いながらも、スカーレットはソニアと共に試合会場に向かった。
結論から言うと、試合当日の結果は上出来だった。
会場は市民会館のような建物で、行われるのは将棋の大会だった。百名あまりが参加するものだったが、ソニアは上位八名まで残った。有名なアマチュアプレイヤーも参加していたことを考えると、すばらしい成績と言えるだろう。
彼女がいつも以上の力を出せたのは、おそらく友人の応援があったためだと思われる。決して彼女自身は認めないだろうが……。
そんな中、会場ではあることが話題となった。
学ラン姿の変な魔人がいる。どう考えても将棋の大会には不釣り合いなその魔人は、控室の端っこで一心不乱に黙々と応援の振付を行っていた。まるで消化できない気持ちを振り払うかのように。
SNSで回ってきた自分の動画をスカーレットが見るのは、その数日後の話である。




