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魔人スカーレットは過労でしんどい   作者: 鳴尾リョウ


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第32話 魔人スカーレットは武道を習う

 武道を習う。心技体!




「スカーレット様、ごはんですよ……って、うわあ!」


 じいやがスカーレットの部屋の扉を開けた瞬間、顔の真横の壁に重量感のある何かが飛んできた。


「了解了解」


 彼女は慌ててそれを拾うと、謝ることなく言った。


「……もしかしてそれって」


 棒状のものが二つ、先端を鎖でつながれている。明らかに重みがあり殺傷能力が高そうだ。


「そうよ、ヌンチャクよ! 通販で買ったの!」


「また無駄遣いして! ……とにかく、先にごはんにしましょう」


 スカーレットはヌンチャクをテーブルに置き、じいやとともに食事に向かった。


 晩ごはんが済むと、彼は話の続きを始めた。


「それで、なんであんなものを……」


「実はね……」


 先日、スカーレットはカンフー映画を観たのだという。数多くの悪漢に囲まれる主人公。仲間はおらず、孤軍奮闘。相棒のヌンチャクを振り回し、悪者をバッタバッタと蹴散らしていく。その姿に興奮した彼女は、勢いのままスマフォをポチり自分もヌンチャクを振り回したくなったということだった。


「そしてついに、今日届いたというわけよ」


「子どもですか! ていうか私、顔面にあれ直撃しそうになったんですけど!」


「ごめんて。つい、ツルって滑っちゃって……」


「……何か軽いんだよなぁ」


 じいやは不満げだったが、彼女は「めんごめんご」と手を合わせただけだった。


 それから数日、スカーレットはヌンチャクを振り続けた。


 といっても、基本的な動きがわからないから彼女独自の練習方法でだ。まずはヌンチャクに慣れるため、片方の柄の端を持ち、もう片方の柄に持ち替え動かす「八の字」練習。精密に操るために、火をともしたろうそくの先端だけをヌンチャクで振り抜く練習。武器を持った相手を制するための、鎖部分を使った防御法からの関節技への連携。


 こと戦闘に関しては一流のスカーレットは、めきめきと上達していった。そして、


「……飽きたわ」


 一週間経たずに、ヌンチャクは部屋の片隅に追いやられた。


「だから無駄遣いだと言ったんです!」


「だってぇ、あたしもカンフーマスターになりたかったのよ」


「何ですかそれは。……そういえば、ポストにこんなものが入ってましたよ」


 じいやは持っていたチラシを彼女に渡した。


「なになに……。『道場やってます! 門下生募集 体験教室あります』だって」


 どうやら場所は城の近くらしい。目を輝かせて興奮した彼女は言う。


「これだ! じいや、今度ここに行って来るわ!」


「えっ、本気ですか? でも、スカーレット様が行っても……」


 彼がそこまで言ったところで、スカーレットは聞く耳持たずにチラシの電話番号にかけ始めた。すぐさま予約を取り付けると、上機嫌になった彼女は部屋に帰っていった。




 体験教室当日。


「どうも、私がこの道場の師範です」


 白髪に白ひげをたくわえた老人はそうあいさつした。畳が敷かれた道場はさほど大きくはないが、武道を行う場所だけあり厳かな雰囲気がする。


「師範、よろしくお願いします!」


 道着に着替えたスカーレットは、師範と二人しかいない道場で気合いっぱいの声で返事をした。


「ほっほっほ、いい返事です」


 師範はひげを撫でながら笑顔で答える。その姿からは余裕が感じられた。さぞ高名な武人なのだろう。あたしはここでもっと強くなれるはずだ。


「ところでスカーレットさん、武道で大事なのは何かわかりますか?」


 武道で大事なこと? 今まで考えたこともない。


「えっと、拳を突き出す速さとか?」


 彼女の答えを聞いた師範は、首を横に振り否定する。


「いいえ、違います。大事なのは足さばき。達人は相手の足さばきを見て、実力を把握するのです。少し地味に感じるかもしれませんが、基本的なことほど大切なのです」


 なんてこったい。あたしは派手な動きに気を取られていた。パワーこそ全て。そう思っていた自分が恥ずかしい。やはりここに来て正解だった。この師範、できる。


「私、間違っていました。師範の言葉で目が覚めました」


「いいんです。これから共に強くなりましょう」


「はい!」


 気持ちを新たにさっそく練習にとりかかろうとしたその時、道場の扉が開け放たれた。


「邪魔するぜ。おい、じいさん。お前がここの師範か?」


 ボロボロの道着を着た、ガタイが良い男が師範に詰め寄り言った。


「いかにも。私がそうだ」


「なら話は早い。俺と戦え。俺が勝ったら、証として看板をもらう」


 これ、道場破りだ! 映画とかで観たことある!


 不穏な空気とは異なり、スカーレットは内心わくわくしていた。


「……いいでしょう。かかってきなさい」


 師範はゆったりした動きで構えた。重心を低くし、体の安定感を高める構えだ。断定はできないが、おそらくカウンター狙いの戦法なのだろう。


「いい度胸だ。行くぞ!」


 道場破りは畳を思い切り蹴り、跳ねるように師範に向かって突進していった。パワーこそ全て。派手な動きで拳を振るおうとする彼の動きは、それを物語っている。


 スカーレットはそこで勝負の結末を理解した。勝負ありだ。彼は師範には勝てない。大振りの初撃をいなされ、カウンターをくらう。それで終わりだ。


 だが、そうはならなかった。


「ぐっはぁ!」


 道場破りの拳を顔面にもろに受け、師範は後方の壁まで吹っ飛んだ。


「えっ、ちょっ、師範?」


 あれ、弱いぞ。あんなに歴戦の強者感が出てたのに……。もしかして、他に門下生がいないのってそれが理由?


 すると道場破りは泡を吹いている師範に近寄り、吐き捨てるように言った。


「雑魚が。弱い奴が悪いんだ。約束通り、看板はもらっていくぞ」


 その言葉にスカーレットは憤りを感じた。


 確かに師範は強くはない。だが、こんなに理不尽に大切なものを奪われていいはずがないだろう。


 看板を奪い取ろうと道場から出て行こうとする背中に向け、彼女は言い放った。


「待ちなさい! 次はあたしが相手よ!」




「それでどうなったんです?」


 城に戻って、じいやにここまでの話をすると聞いてきた。


「もちろんあたしがぶっ飛ばしたわよ。パワーにはパワー。ちょっと癪だけどね」


 看板を守ったスカーレットは師範から涙交じりに感謝された。ぜひ道場に来てほしいと懇願されたが、それは断った。


「そもそもあたし、めちゃくちゃ強いんだから、武道なんて習わなくても良かったんだし」


 じいやは「だからそう言おうとしたのに」と思ったが黙っていた。そして、代わりに彼女にこう告げた。


「でも、悪者をぶっ飛ばすなんて、まるでアクションスターみたいですね」


ストックがつきたので、次回から毎週土曜日の夜に投稿です!

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