第31話 魔人スカーレットはウサギを見張る
ウサギを見張る。ジッと我慢……。
「こんにちは、スカーレットちゃん」
今日はベロニカがスカーレットの城にやってきた。
「こんにちは、ベロニカ。そして……」
スカーレットはベロニカが体の前で抱えている灰色の生物を見て言った。
「この子がみぞれちゃんね」
ベロニカがうなずくと、『みぞれ』という名のウサギはぴょんとリビングの床に飛び降りた。
今日は以前のシバイヌの時のように、ベロニカの家で飼っているペットを連れてきてもらったのだ。数多くの動物の中からウサギを連れてきてもらったのは、どうしても小さくて愛らしいモフモフの体を触ってみたかったからである。
「ついにあたしもモフモフできるのね!」
スカーレットは胸を躍らせていた。数あるモフモフした動物の中でも、ウサギはトップレベルのモフモフ具合だ。きっと体を撫でてあげると至福の気持ちになるのだろう。
「ねえ、さっそくなんだけど撫でてもいい?」
「いいよ。この子は撫でられるの好きだけど、優しくね」
ありがとうと礼を言い、スカーレットはみぞれちゃんの隣に腰を下ろした。
頭がモフモフでいっぱいだ。いざ、と背中を撫でようとした時、今更ながら気づく。……何か、でっかいな。
「……あの、ちょっと聞きたいんだけど?」
「? なに?」
「ウサギって、こんなにでっかいものなの?」
スカーレットが今までテレビなどで見たウサギはおそらく二十センチくらいで、優しく触らなければ傷つけてしまいそうな小ささだった。だが、みぞれちゃんはざっと四十センチはある大きな体をしている。
戸惑うスカーレットを見て、ああ、とベロニカは答えた。
「種類によって違うけど、子どもの時は小さくて、大人になると大きくなる子もいるよ。みぞれちゃんも小さかったけど、今ではこんなに大きくなりました」
誇らしそうに話す彼女だったが、スカーレットは少しだけがっかりしていた。
「そうなんだ……」
小さい頃を見てみたかったな……。もちろんみぞれちゃんは今でもかわいいが。
「……スカーレットちゃん、撫でてあげて。きっと喜ぶよ!」
スカーレットは隣のみぞれちゃんの方を見た。すると、じっとこちらを向いて大人しくしている。「撫でないの?」と言わんばかりだ。
「ごめんね、みぞれちゃん。では……」
スカーレットは大きなまんまるな背中を撫でた。ああぁー、ふわふわして温かいー! 手の平から体温が伝わってくる。それに小さい子と違って、撫でるのもゆったりと丁寧にできる。
「いい! すごくいい!」
「でしょ! 小さい子も大きい子もどっちもかわいいんだよ!」
ごめんよみぞれちゃん。あたしが間違っていた。大きさなんて問題じゃなかった。モフモフに優劣なし。どっちも素晴らしいのだ。
その後、スカーレットはおやつをあげたり、また撫でたりしてみぞれちゃんと楽しんだ。
しばらくして、
「……ミニウサギは品種じゃないんだよ。みぞれちゃんもだけど、ミックスの子をまとめて呼んでるだけで……って、電話だ」
ベロニカのスマフォが鳴る。
「お母さんだ。……もしもし。うん、スカーレットちゃんの家。……えっ、大変! すぐ戻る!」
そう答えると彼女は急いで電話を切った。
「どうかした?」
「お母さん、またやっちゃったみたい。夕飯作ってたら、油ぶちまけて大炎上してるって……。私、凍らせに戻るね!」
えらいことになってる……。それでもベロニカは「いつものことだと」言って、瞬間移動して家に戻った。
他人は苦手だけど、意外とあの子は肝が据わってるのかも。家族に関しては、泣き言一つ言わないし。スカーレットはみぞれちゃんを撫でながら思った。
そこで、ふと疑問がよぎる。あれ? そういえばウサギってなんて鳴くんだ?
今日この時まで、みぞれちゃんは一度も鳴いていない。それ以前に、ウサギの鳴き声なんて一回も聞いたことがなかった。
気になる。でも、今日ずっと一緒にいたのに鳴かないってことは、誰かがそばにいると鳴かないのかも……。それじゃあどうしたらいいんだ?
何か方法がないかと考えていたら、じいやがリビングにやってきた。
「おや? ベロニカ様は?」
「いったん家に戻ったわ。! じいや、そう言えば前に作ってくれたアレ、まだ残ってる?」
急に妙案が浮かび、彼に尋ねると物置の奥にあるはずだと教えてくれた。急いで持ってきてほしいと頼むと、じいやはしぶしぶながら取りに向かった。
「正気ですか? スカーレット様」
「正気も正気よ! これでみぞれちゃんの声を聞けるはず……」
じいやが持ってきたウサギの着ぐるみを身にまとったスカーレットは言った。
「何か、声がこもって聞きづらいんですが……。……まあ、いいでしょう。一応言っておきますが、制限時間は長くても三十分ですよ。着ぐるみは熱がこもるので、熱中症の危険もあるんですから……」
「わかってるって。はいはい、それじゃあ出てった出てった! 人がいると、みぞれちゃんが緊張しちゃうでしょ!」
リビングの片隅で体育座りをしながら、スカーレットは言う。
「大丈夫かな?」
じいやは不安がりながらも、言われた通り部屋から出て行った。
これで準備万端だ。みぞれちゃんの鳴き声がようやく聞ける……。
笑いをこらえるスカーレットだったが、そう上手くはいかなかった。
三十分後。
「全然鳴かないじゃない」
動きを最小限に部屋で座っていたスカーレットだったが、熱がこもった着ぐるみの中は頭がボーっとする上、体もなんだかだるい。
このままじゃまずい。「家で着ぐるみを着てたら熱中症になりました」はさすがに恥ずかしい。一方のみぞれちゃんはそんなことはつゆ知らず、部屋をぴょんぴょん動き回っている。
「甘かったわ。こうなったら……」
意識がもうろうとする彼女の頭に、悪い考えが浮かぶ。大きな声を出してみぞれちゃんをびっくりさせ、無理やり鳴き声を出させる。もうこうするしか……。
最後の力を振り絞り立ち上がる。そして声を出そうとした。だが、
「……ダメだ! みぞれちゃんにそんなことできない!」
寸前で冷静さを取り戻したところ、ベロニカが戻ってきた。
「戻ったよ。一応、消防にも来てもらってたら遅くなっちゃった……って、誰?」
「あたしよあたし。スカーレット」
頭部を取り外し、汗でびしょびしょの顔を見せる。
「スカーレットちゃん、大丈夫? 何してるの!」
「いやあ、どうしてもみぞれちゃんの声が聞きたくて……」
そこまで話すと足の力が抜け、床にへたりと膝をついた。そして、慌てて駆け寄ったベロニカに絞り出すように言う。
「ごめん、肩貸してもらっていい?」
ベロニカはスカーレットをベッドに運び、じいやを呼んだ。彼はスカーレットの体調を確認し、問題ないとわかるとほっとした。もちろん、後で彼女は大目玉を食らうことになるのだが。
体調が少し良くなり、スカーレットは気になっていたことをベロニカに尋ねる。
「結局、ウサギってなんて鳴くの?」
「うーん、機嫌が良さそうな時はプウプウ。悪そうな時はブウブウって鳴くかな」
「へええ、そんななんだ。……それにしても情けないわ」
何がとは聞かずに、優しい表情でこちらをうかがうベロニカに言う。
「あたしの方が音を上げるとはね。やせ我慢なんてするもんじゃないわ」




