第28話 魔人スカーレットはスタートダッシュにかける
スタートダッシュが勝負! 駆け抜けろ!
「というわけで、福魔人レースに出ます」
お正月も終わり、そろそろ平常運転になってきたころスカーレットは言った。
「いや、何が『というわけで』なんですか?」
こたつに入ってテレビを見ていたじいやが聞き返す。
福魔人レース。毎年年初に魔人たちがその年の幸運を願い開催される行事である。神社の門から本殿までを走り、一番にたどり着いた者がその年の福魔人となる。
「そういえば毎年テレビでやってますよね。スカーレット様も興味あるんですか?」
「ありありよ! 毎年出場の抽選にも行ってるっての!」
どうやら思い入れが強いらしく、彼女は興奮した様子で続ける。
「でも、出場枠千五百人に希望者五千人も集まるのよ! さらに先頭集団の二百人に入らないと福魔人になるのは厳しい。いい位置で走るだけで、一年の幸運を使い果たしちゃうわよ」
はぁとため息を吐きながら、スカーレットはうなだれた。なるほど。それで今まで彼女が出場しようとしていたのを知らなかったのか。じいやは納得した。彼女はくじ運が悪い。
「でもね、今年は違うのよ! 出るだけじゃなく、先頭集団も夢じゃない。なぜなら……」
「『大大吉』だからですね!」
指をぱちんと鳴らし、スカーレットは肯定する。
先日初詣に行った際、スカーレットはじいやにお守りを買ってきた。彼は彼女の心配りに感動したが、もちろん調子に乗らせないために悟られないよう冷静に受け取った。その時、神社でスカーレットが引いたおみくじ。それこそが聞いたことがない『大大吉』だったのだ。
「今思えば、あれは神様の思し召しだったのね。今年の福魔人、もらったわ!」
スカーレットはもう抽選に当たった気でいた。だが、そんなにうまくいくだろうか? 五千人の中の先頭の二百人に入る確率は二十五分の一だ。とても彼女が当たるとは思えない。じいやは気持ちが昂っている彼女に事実を伝えるのは野暮だと思い、外れた時のなぐさめの言葉を考えることにした。
しかし、レース前日の夜。
「当たったわ! 初めて先頭集団に入れた!」
神社の抽選に向かった彼女からの電話にじいやは驚いた。まさか本当に当ててしまうとは。
しばらくして瞬間移動でスカーレットが城に帰ってきた。
「どうされたんです? レースに出るのでは?」
じいやが尋ねると、チッチッチとスカーレットは指を振り答えた。
「レースの開始は朝六時からよ。現地で時間をつぶす人も多いけど、あたしはここでイメージトレーニングをするの」
そう言うと彼女は集中するため自分の部屋に戻っていった。
リビングに残されたじいやは一抹の不安を覚えた。魔人同士の本気のレース。いくらスカーレットが優れた魔人であっても、集団でのぶつかり合いになればケガをしかねない。どうかご無事で。彼はそう願わずにはいられなかった。
翌朝。
「あと十分……。血がたぎるわ!」
寒風が吹く門前の集団の中で、スカーレットは静かに闘志を燃やしていた。
周りには屈強な魔人たち。体格だけで見れば、彼女と彼らは子どもと大人だ。ぶつかり合いになり、万が一転んでしまったらケガでは済まないかもしれない。それでも何度もイメージトレーニングをしたスカーレットは勝機があると踏んでいた。
「おい、あんたもしかしてスカーレットか?」
隣にいるガタイの良い魔人に声をかけられる。
「……そうだけど?」
「はっ、こりゃ面白い! 有名人じゃねえか!」
彼は大きな声で笑い出し、こちらを値踏みするように見てきた。
「聞いていたより、実際はもっと小せえな! 吹き飛ばされても文句はなしだぜ!」
自分が負けるとはみじんも感じていないであろう、彼の言葉は威勢が良いものだった。
「もちろんわかってるわ。でもね……」
周囲があわただしくなってきた。おそらくもう開始だろう。スカーレットはしっかりと地面を踏みしめ、開門を待った。
「それはお互い様よ」
合図と共に門が開く。同時に魔人たちが雪崩のように走り出した。
「うわあ!」
開始前、隣にいたガタイの良い魔人は圧倒的な物量を前に、一瞬で飲み込まれ姿を消した。魔人同士の真剣勝負。その恐ろしさを感じさせられる。
門から本殿までは約二百五十メートル。注意すべきポイントは三つ。滑りやすい石畳。参道の真ん中にあるクスノキ。そして、本殿へ上がる坂道だ。出場する誰もが注意を払いながら、毎年犠牲者が出る。そんな最初の関門、滑る石畳にたどり着くころ、先頭にいたのはスカーレットだった。
「ふっ、計画通りッ!」
彼女は開門すぐのスタートダッシュに全力をかけた。二百五十メートルという短距離では、後半の巻き返しは不可能。ゆえに開始直後の集団からの一抜けにこそ勝機がある。もちろん、言葉で言う程簡単ではないが、スカーレットの小さな体、そしてその体に似合わぬ強靭さがそれを可能にしたのである。
慎重かつ素早く石畳を駆け抜け、カーブを曲がる。正面には第二関門のクスノキが見えた。
ここで二つの選択肢が頭をよぎる。クスノキの右か左か。どちらを通るかである。本殿に近いのは右側だ。しかし、多くの参加者が同様に考え接触のリスクを避けるため、左側を選ぶことも有力な選択だ。
息を切らしながら先頭を走るスカーレット。すぐ後ろには、荒い息で追い抜こうとする気配が感じられた。
右か。左か。彼女はリスク覚悟で右を選んだ。
石畳から土の地面に変わり、ザリザリとした感触が足元から伝わる。まだ抜かれない。このまま本殿に一番乗りだ。
最後の関門である坂に足を踏み入れた時、異変が起こる。
「あっ」
冬の寒い朝、霜が降りた坂は滑りやすい。わかっていたはずだ、頭では。スカーレットは坂を勢い余って横に滑った後なんとか起き上がったが、後ろから自分を追い越していく参加者たちをただ見ることしかできなかった。
「あーあ、駄目だったかあ」
レース後、スカーレットは何でもないように城に帰ってきた。擦りむいてできた傷を手当てしながら、じいやが言う。
「スカーレット様はがんばりましたよ」
朝いつも自分で起きられない彼女が一生懸命走った。それだけで十分すごいことだった。
「でも、勝てなかったし……」
うつむく彼女は震える声で答える。
「それでもです。そろそろニュースでやるんじゃないですか」
じいやがリモコンでテレビをつけると、レースの様子がちょうど流れた。先頭を走るスカーレット。だが、最後の坂で抜かされた様子も映像には映されていた。
「やっぱりすごいですよ」
「いいのいいの、気を遣わなくて。……あれ?」
映像が終わり別のニュースが流れるころに、彼女のスマフォが何度か鳴りだした。
『がんばったね、スカーレットちゃん』『もうちょっとだった。惜しかったな』『お父さん、また自慢できるよ』
ベロニカ、ソニア、ヴァーミリオンからのメッセージを見たスカーレットは、我慢していた涙をぽろぽろこぼした。
「ゔ―、勝ちたかったぁー!」
ようやく素直な吐き出した彼女に、じいやは言った。
「挑戦にこそ意味があるんです。勝ち負けはおまけのようなものですよ」




