第26話 魔人スカーレットは高い肉を狙う
高い肉を食べたい。おっにっく! おっにっく!
「高い肉を買ってきたぞ」
年の瀬のある日、何の連絡もなく先代ヴァーミリオンが帰ってきた。
「ちょっとお父さん、帰ってくるなら連絡くらいしてよ!」
リビングのこたつに入りながら、マンガを読んでいたスカーレットは言った。こたつの周りには、手を伸ばせば届く範囲に様々なものが置かれていて散らかっている。
「ああ、忘れてた。でも、ここは私の城でもあるんだが……」
のんびりした様子で言い返すが、スカーレットはすでに彼から興味の対象を移していた。もちろんヴァーミリオンが手に提げている肉の方にだ。
「その袋、ここらで一番高いお肉屋のやつでしょ。奮発したわね」
「ん、ああそうだな。年末くらい家族で良い肉を食べようと思ってな。今日はすき焼きだ」
「やったー!」
高い肉。なんと良い響きか。いつもはじいややメイドさんが料理を作ってくれるが、ぜいたくばかりはいけないとスーパーの肉ばかりである。……一応この家は名家のはずなのだが。
ヴァーミリオンは肉の袋をじいやに預けると、のそのそとこたつに入った。スカーレットは自分のテリトリーに入られたせいか、何だか落ち着かない。一方の彼はいつも通り感情が読み取れず、何を考えているのかさっぱりわからなかった。
久しぶりに帰って来て、何で娘に何も話しかけないのよ! 自分から何か聞いた方が良いのか? こたつにあったみかんをむき始めた彼の方を見ながら、彼女は考える。
じいやもすき焼きのため買い出しに行ってしまったので、二人だけの無言の時間が過ぎる。……あー、もうなんなのよ! なんか言いなさいよ!
こらえきれなくなったスカーレットが「あの……」と言いかけたタイミングで、ヴァーミリオンが口を開いた。
「最近はどうだ?」
「えっ、どうだって言われても……」
質問が抽象的過ぎる。どうだと言われても、何がだ? 色々頭を巡らせた結果、最近の出来事を話すことにした。
「……そうねえ、魔人カフェで働いたりとか、じいやのカブトを逃がしたりとかかしら」
ありのままを話したが、彼はきょとんとしてすぐに声を上げて笑い出した。
「はっはっは! よく意味はわからんが楽しそうで何より!」
何がそんなにおかしいのだろう? スカーレットは父の相手をするのを諦め、マンガの続きを読むことにした。
じいやが買い物から帰って来て時間も頃合いということもあり、さっそくすき焼きを食べることにした。彼は手際よく野菜や豆腐を食べやすい大きさに切ってボウルに入れ、肉と一緒にこたつに持ってきた。ヴァーミリオンもどこからかカセットコンロと鍋を持ってきてこたつの真ん中に置く。もうこたつの上はギュウギュウだった。
「せまいわね」
「せまいな」
「せまいですね」
三人は文句を言いつつも、テンションが上がっていた。高い肉がそうさせるのだ。
「すき焼きは関東風と関西風があるのですが、今日は割り下を使うので関東風ですね。一方、関西風は……」
しょうゆやみりんを混ぜ合わせたたれを持ったじいやがうんちくを語りだしたが、スカーレットは片手を突き出しそれを制止した。
「いい、いい! ごたくはいいのよ。早く肉を焼きましょう!」
じいやは不満そうだったが、黙って割り下を鍋に入れコンロの火を入れた。
肉、野菜と順番に入れていき、そろそろ食べごろになったところで、着信があった。
「あっ、あたしだ。……もしもしベロニカ? どうかした?」
スカーレットはスマフォを耳に当てながら、リビングを出て行く。なんとなく親に友達との会話を聞かれるのは恥ずかしい。数分後、通話を終えリビングに戻ると、二人はすでに食べ始めていた。
「なんかベロニカが初詣に行かないかって……。って、肉がもうないじゃない!」
鍋を見ると、先ほどまであった高い肉がない。量は十分あったはずだ。こんな短時間で全部食べたのか!
「遅いぞスカーレット。待ちくたびれて全部食べてしまった」
ヴァーミリオンは熱々の豆腐を卵で冷ましつつ言った。
「申し訳ありませんスカーレット様。高い肉の誘惑には抗えず……」
じいやも言葉は丁寧だが、ネギやシイタケをうまそうに食べながら答えた。
こいつら、全く悪いと思っていない。いい大人が高い肉を二人で食べつくすなんて……。あたしがどれだけ肉を楽しみにしていたか。スカーレットの怒りは最高潮に達していた。
「……遺言はそれでいいのね。二人とも滅びなさい。『深淵にて燃え上がる呪詛の炎。いまひとたび出でて、焦土と化せ……』」
彼女の本気の詠唱に慌てた二人は、血相を変えて抑えにかかる。
「うそうそ! 冗談だ!」
「高い肉はちゃんと取ってあります!」
スカーレットが詠唱をやめると、じいやが隠していた取り分けた肉を持って彼女に見せた。
「はい、この通り肉はあります!」
彼女はそれを見て、大きくため息をついた。
「……それじゃあ、説明してもらおうかしら」
じいやとヴァーミリオンは顔を見合わせ、肩を落としながら語りだした。
理由はしょうもないものだった。ヴァーミリオンがじいやに、スカーレットとの会話を盛り上げたいと相談したのがきっかけだった。そこでじいやはドッキリが良いのではと提案する。通話を終えた彼女が肉がなくなった鍋を見る。がっかりした彼女にタイミングを見て実はドッキリでしたとばらし、リビングは笑いに包まれる……、予定だったそうだ。
「バカじゃないの! もうちょっとで城を吹っ飛ばすところだったじゃない!」
「ええ、私も計算外でした……。まさかここまでスカーレット様が大人げないとは……」
「……なんか言った?」
手をバキバキと鳴らしながら尋ねる彼女に、じいやは震えあがった。
「やめるんだスカーレット。じいやは悪くない。お父さんが全部悪いんだ!」
「二人とも悪いわ! ……もういいわ。年の瀬にこんなことでけんかしたくないもんね」
卵に肉をからませ、口に入れる。うわぁー、やわらかくておいしいー!
彼女の機嫌が戻り、二人は胸をなでおろした。だが、スカーレットはぴしゃりと言った。
「次やったら、ホントに吹き飛ばすからね。……全く、世話が焼けるわ」
一番世話が焼けるのはスカーレットなのではと二人は思ったが、もちろん口には出さず、幸せそうに肉を食べる彼女をただみつめるのであった。




