第22話 魔人スカーレットはアートをたしなむ
芸術は楽しい。楽しみ方は人それぞれ。
「へえー、美術館って初めて来たわ!」
じいやと二人で美術館にやってきたスカーレット。どうやら彼は最近美術にはまっているらしく、何冊も本を買って勉強しているようだった。スカーレットもじいやの熱中ぶりに興味を持ち、二人で電車に乗ってここまでやってきた。
「スカーレット様、あまり大きな声を出してはいけませんよ!」
「わかってるって」
入口で入場券を買い、案内に従い展示室に向かう。
「ところで、ここではどんな展示があるのかしら?」
美術にも色々と種類がある。絵画、工芸、彫刻。大きな分類だけでもたくさんあるのに、使う素材、表現方法、作られた時代など細かく分けると難しそうに感じられる。
「今日見るのは『現代アート』です」
現代アート。比較的新しい時代に制作された美術作品である。制作手法は様々で、これといったルールが決まっていない自由な作風のものが多い。つまり、
「……何だか難しそうね」
スカーレットはついてきたことを少し後悔し始めていた。自分は美的センスが全くない。家では変なTシャツを着ているし、じいやの似顔絵を描いた時も微妙な顔をされてしまった。そんな自分でも芸術を理解できるだろうか。
不安に思っていたのを見透かされたのか、彼は胸をドンと叩いて言った。
「心配ご無用! 私がしっかりと解説いたします!」
何だかじいやが頼もしく見える。いつもは仕事をサボってばかりで、メイドさんに自慢ばかりしているじいさんなのに……。
「わかった。頼むわ、じいや!」
彼が無言で親指を立て応えると、二人は展示室の中に入った。
初めに入った部屋の中は真っ白な壁で囲まれており、何だか冷たい感じがした。
「なんだか不思議な雰囲気。あれ、でも変ね? 作品が置かれてないじゃない?」
スカーレットが疑問に思っていると、じいやが人が集まっている方を指し答えた。
「いいえ、ありますよ。あそこです」
近づいてよく見ると人々の集まっている先の床の上に、水が入ったバケツが置かれていた。
「……ただのバケツじゃない。掃除の人が忘れていっただけじゃないの?」
疑う彼女に、じいやは首を横に振り語り始めた。
「確かにあれはただのバケツです。しかし、スカーレット様。本当にそれだけでしょうか?」
「えっ、どういう意味よ?」
どう見てもただの水の入ったバケツだ。それ以上でも、それ以下でもない。でも、じいやがわざわざもったいぶって聞いてきたってことは、何か意味があるのかも……。
スカーレットは考えた。白い部屋。水の入ったバケツ。水。容器。……! もしかして!
「ここは病室で、水の入ったバケツは体のほとんどが水でできている人間を表現している!」
これ、正解なんじゃないの! どうなの、じいや!
彼女は期待でいっぱいの目で、彼の方を見た。そして、
「……グッド。正解です、スカーレット様」
じいやは親指を立てながら、決め顔でそう言った。
やったー! 当たったー! 何これ、楽しい!
大声で喜びの声を出したくなるのをこらえていると、じいやはバケツの後ろにあるプレートを指さした。
「ですが、もう一歩です。あれを見てください」
あと一歩? これ以上どんな正解があるっていうの?
スカーレットはプレートに書かれているタイトルを見た。『お見舞い』そう書かれていた。
彼女は電流が流れるようなショックを受けた。『お見舞い』つまり、バケツが人間を意味し、入院患者を表現しているという彼女の推理は当たっていた。だが、それだけではない。その作品の前に群がっている人々、つまり自分たちも作品の一部として組み込まれているのだ!
ええー、なにこれ! すごすぎるじゃない! スカーレットは芸術の奥深さを身をもって体験した。
「どうです? 現代アートを楽しんでいただけましたか?」
「もちろんよ! よーし、どんどん見ていくわよ!」
そこから二人は次々に作品を見て歩いた。「あの絵は何?」「手ではなく、足で描かれた作品ですな」「あの両手のない兵士の像は?」「武器がなくとも立ち上がる勇気を表現しています」「じゃあ、あれは……」
一時間ほどかけ、最後の作品の元までたどり着いた時には、二人ともぐったりしていた。
「……美術鑑賞って、案外疲れるのね」
「それだけ頭を働かしているということです。見てください、あれが目玉の作品ですよ」
その作品は一つだけ離れたブースに展示されていた。展覧会の目玉ということもあり、多くの人々が作品の前に集まっている。
二人もその中に入り、少しずつ近くに進んでいく。ようやく一番前に来て、じっくりと鑑賞できるようになると、カラフルな図形が何重にも重ねて描かれている絵画がそこにはあった。
規則性などは感じられず、作者の感性で表現されているのであろう。一見意味が分からない作品だが、なぜか見入ってしまう。
「じいや、これってどういう作品?」
「これは音楽を絵で表現した作品ですね。タイトルは『バイアス』。目で見えないものを、どうにかして視覚的に表現しようと試みた力作です」
芸術家とはとんでもない人種だな。スカーレットはそう思った。不可能だと思われていることを可能にするため、どれだけの努力をしてきたのだろう。
「……芸術ってすごいわね。でも……」
何だろう? 何か引っかかる。この作品の持つ迫力は本物だ。作者の執念のようなものがにじみ出ている。それなのに何だろう、この違和感……。
「最後の作品も見たことだし、そろそろ帰りましょうか」
じいやが集団から抜け出しつつ、彼女に呼びかけた。スカーレットは名残惜しそうに作品を一瞥し、彼を追いかけていった。
展覧会が終わった数週間後、二人でテレビを見ていると驚きのニュースが入った。
「先日まで美術館で展示していた『バイアス』が、最新の研究により上下が逆であったことがわかりました」
まさかそんなことがあるなんて! 有名な作品のため、今まで誰もが上下が逆だなんて疑うことはなかった。自分が違和感を持ったのは知識がなく、先入観を持っていなかったからか……。
驚くじいやをよそに、スカーレットは思った。
「ホント、芸術って奥が深いわね」




