第21話 魔人スカーレットは犬に手こずる
魔人だって犬には手こずる。でも、かわいい。
「こんにちは、スカーレットちゃん」
休日の午後、ベロニカが城にやってきた。
「こんにちは、ベロニカ。そして……」
スカーレットは視線をベロニカの足元に向ける。そこには茶色と白の毛をした、彼女の飼い犬が大人しくしていた。
「この子がマロね」
以前からベロニカが家で動物をたくさん飼っているのは知っていた。スカーレットも動物が好きで飼いたいと言っていたが、『ダメです。どうせ世話するのは私なんですから』とじいやが反対していたのである。
それならばと、彼女はベロニカに城にペットを連れてきてほしいとお願いしてみた。すると、自慢の家族を紹介できるからか、『うん、わかった! 早い方が良いよね!』とすぐに予定を組み今日を迎えた。
「そう、まゆげが特徴的だからマロっていうの!」
マロをなでながら、うれしそうに彼女は答えた。
マロはシバイヌという種類のオスの犬で、まゆの辺りが楕円形に白くなっている。厳密にはまゆげではないが、確かにどことなく昔の貴族の様なゆったりとした風格がある。
ベロニカになでられた彼は、目をとろんとさせ気持ちよさそうに見える。二人の間には家族の絆のようなものが感じられた。
スカーレットはそれをうらやましく思い、自分もマロに触りたくなってきた。
「……ねえ、あたしも触ってもいい?」
もちろん、とベロニカは答え、マロをずいとスカーレットの方に向けた。しかし、彼女が少し緊張しながら手を伸ばすと、彼は身をひるがえしそっぽを向いた。
「ありゃ、まだ触らせてくれないか」
肩を落とし、残念そうにするスカーレットにベロニカは励ましの言葉をかけた。
「気にしないで。この子、ちょっと気難しいところあるから……」
スカーレットはそうよね、と返事をしたがやっぱりがっかりしていた。そんな彼女の様子を見たからか、じいやが奥からやってきて言った。
「お二人とも、お菓子タイムにしませんか? 犬用のおやつも用意しておりますし……」
おやつと聞いたからか、マロはじいやの方に駆けていった。そんな彼を見て、二人は思わず笑ってしまった。
じいやの特製ケーキを食べ紅茶も飲み終えると、スカーレットは言った。
「ねえ、ちょっとマロと散歩に行かない?」
一度も犬を飼ったことがない彼女は、犬の散歩に憧れていた。街で犬と歩く人を見かける度に、自分もやってみたいと考えていたのである。
「いいよ、行こっか!」
ベロニカは外に出かけるため、リードを素早い動きでマロに装着し準備した。さすが手慣れている。マロも乗り気のようで、今にも飛び出していきそうだ。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
スカーレットの掛け声とともに、マロは走り出した。
散歩の始めはベロニカがリードを握って、手本を見せてくれた。犬がどんどん先に進んでいきそうになったら、待ったをかける。落ちてるものを食べそうになったら止める。他にも注意することは色々あると教えてくれた。
そうして河川敷をしばらく歩いていると、ベロニカのスマフォが鳴った。
「あっ、お母さんだ。……もしもし。えっ、今じゃなきゃダメなの?」
どうやら、急用ができたらしい。彼女は電話を抑えながら申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん! すぐに戻らないと。……ちょっとだけお願いしてもいい?」
「全然大丈夫! すぐに行ってあげて。こっちはあたしに任せて!」
そして、ごめんねと再び言い、ベロニカは家に戻った。
彼女から託されたリードを握り、スカーレットは気合を入れた。
「よし、しっかりと散歩を完了するわよ!」
足元のマロはこちらを見上げているが、無表情で感情が読めない。……大丈夫、やれる。スカーレットは前に向かい進みだした。だが、異変が起こった。
マロが動かない。
「えっ、どうしたの、マロ?」
先ほどまでは楽しそうに歩いていたのに……。石のように固まったマロは、一点を見つめぴくりともしない。
「ちょっ、行くわよ、マロ!」
ぐいとリードを引っ張ったりポケットのおやつで釣ろうとしても、てこでも動かない。それどころか、こてんと横向きに倒れ、絶対に動かないといった意思表示をして見せた。
「くっ、根比べってわけね。……おもしろいじゃない!」
スカーレットも河川敷の道で立ち止まる決意をした。空は夕日になっており、もうすぐ日も沈む。どちらが先に腹を鳴らすか、いや、音を上げるか勝負だ。
五分、十分と時間が流れていく。
スカーレットは河川敷の人々をぼんやりと見つめていた。ボールが飛び出るのを防ぐネットを、わあわあとおしゃべりしながら片付ける野球少年たち。自分と同じく犬の散歩をしている仲睦まじい中年の夫婦。ベンチで名残惜しそうに語り合っているカップル。どこにでもいる人々だが、改めて認識することはなかった気がする。
彼らはみな、幸せそうだ。そのことに気が付くことができたスカーレット自身も、何だかうれしい気持ちになった。
もしかして、彼はこのことを気づかせようとしたのではないか。彼女はそんな風に思えてきた。道端に寝転がり、犬の目線から見る景色はどんなものなのだろう。
スカーレットは自分も彼と同じ景色を見てみたくなった。マロの隣で地面に寝転がり、ふっと息を漏らし言った。
「……どうやらあたしの負けみたいね。やるじゃないの」
マロは何も言わなかった。ただ表情を変えることなく、河原の人々の方を向いている。二人は沈みゆく夕日の下でただそこに寝転がっていた。
「……何やってるの?」
ベロニカが用事を終えて戻ってきていた。声をかけられてはっとしたスカーレットは、慌てて立ち上がり弁明する。
「いや、これはその……、幸せについて考えていて……」
「全然散歩出来てないじゃん! もー、二人とも地面に寝転がるから汚れてるよ!」
怒られてしまった。スカーレットは服を払いマロを見ると、彼も少ししょんぼりしているようだった。
散歩を終えて城に戻ると、ベロニカはマロのために持ってきていたおもちゃを片付け帰り支度を始めた。
結局、彼とはあまり仲良くなれなかったな。スカーレットはカーペットでごろんとしているマロを見つめていた。
「それじゃあ、そろそろ帰るね」
ベロニカがマロを連れ帰ろうとした時、急に抱きかかえられていた彼がスカーレットの元に走ってきた。そして近くまで寄ると「ワン!」と一言吠えた。
もしかして別れのあいさつのつもりだろうか。短い時間だったが、少しは認めてくれたのかな。
「じゃあね、マロ。また散歩しましょう」
少し涙腺が緩みかけたスカーレットだったが、マロはピンと来てない顔だ。すると、彼女のポケットの方に鼻を近づけ、さらに「ワンワン」と吠え出した。
「あっ、もしかしてスカーレットちゃんに渡してたおやつが欲しいのかも」
そうだった。ポケットに入れていたのを忘れていた。スカーレットがおやつを取り出しマロにあげると、満足そうに食べ始めた。……こいつ。
そうしておやつを食べ終え身を寄せ合って帰っていく二人の背中を、スカーレットはうらやましそうに眺めていた。
「『隣の芝生は青い』ってことかしらね。あーあ、あたしも犬飼いたいなあ……」




