第2話 魔人スカーレットは電話が気になる
魔人スカーレットは忙しい。召喚は頻繁にやってくる。
「はぁー。今日も大変だったわー」
城に戻ってきたスカーレットはため息を吐きながら、じいやに愚痴をこぼした。
「どうかされましたか、スカーレット様?」
よくぞ聞いてくれましたと、もったいぶって彼女は答える。
「いやね、あたしって契約している人間の召喚に応じて瞬間移動するじゃん?」
「そうでございますね」
「でも、たまに気づかない時があるんだよね。今日も気づくのに遅れて、もうちょっとで街破壊されるとこだったわ。あれかな、距離とか召喚者の魔力とか関係あんのかね?」
うんうん唸りながら腕組みし、スカーレットは考える。
「原因は色々でしょうが……。質問なのですが、召喚される時はどのような感じなのですか?」
スカーレットは魔人の中でも上位の存在だ。そのため、力を借りたい人間は彼女と契約をし、その対価として報酬を払う。人間に召喚されるというのは、それだけで魔人にとってはステータスなのである。
「うーんとね、どういえばいいのかな……。遠くの方の山の上から『おーい!』って呼ばれる感じ?」
「……ずいぶん大雑把なものなのですね。それでは気づかなくても仕方ないかと」
じいやはスカーレットに同情するように答えた。だが、彼女は納得しない。
「そうなんだけど……。なるべく期待には応えたいじゃない」
あくまで人間の役に立ちたいと考えているスカーレットにじいやは感心した。
「わかりました! このじい、なんとか致しましょう!」
そう言ってのけたじいやだったが、自信満々の様子の彼を彼女は疑っている。こういう時、ろくでもないことが起きるからだ。
「……ホントにぃー? 大丈夫?」
信用されてないことにムキになり、じいやは断言する。
「心配ご無用! 明日にはなんとかしましょう!」
「はいはい、期待せずに待ってますわ」
その日、じいやは自分の部屋から出てこなかった。仕事をメイドさんに押し付け、何かを作っているようだったが、明日にはわかるだろうとスカーレットは眠りに着いた。
翌朝。
勢いよく開けられた扉の音で彼女は目を覚ました。
「できましたぞー!」
「朝からうっさいわ! というか、ノックくらいしろ!」
ベッドから起き上がり上機嫌のじいやを見ると、なにやらつるっとしている板の様なものを持っている。
「……なにそれ?」
「よくぞ聞いてくれました! これはスマート召喚フォン。略してスマフォです!」
彼の自信満々の態度はうざかったが、手にしている機械はスカーレットの興味を引いた。
「スマフォ? その板みたいので何ができるわけ?」
一見ただの黒い板だ。表面がつるっときれいな以外はなんてことはないように見える。
しかし、じいやはあからさまに彼女を小ばかにしたようにため息を吐くと、機械の説明を始めた。
「いいですか、スカーレット様。この機械は革命的なものなのです! 例えば、どこかから召喚の儀式が行われたとします。今までのスカーレット様は、何となく呼ばれているような気がするといった、野生の勘のようなもので召喚に応じていました」
「誰が野生だ、誰が!」
彼女の抗議を無視し、彼は説明を続ける。
「ですが、このスマフォは召喚があった時に音が鳴る様になっていて、召喚に気づかないといったことが起きにくくしてくれます」
「な、なんですって!」
今まではゲームに勝てなくて休憩している時に呼ばれた気がして、瞬間移動した先で魔物を倒しストレス発散した。またある時は、無駄づかいしておこづかいがなくなり、なんとなく召喚されて軍資金を得たりもした。
だが、これがあればストレス発散もおこづかい稼ぎも、取りこぼすことなく行うことができるのである。
「すごいわ、じいや! 大発明じゃない!」
感激のあまり朝から大きな声で喜ぶスカーレット。その様子を見たじいやはとても満足した。
「お役に立てたようで何よりです。もう設定はしておきましたので。……おや?」
その時スマフォから軽快な音が鳴り始めた。
「どうしたの?」
「さっそく召喚があったようです。スカーレット様、早く出てください!」
「えっ、今! あたし、寝起きなんだけど!」
彼女はぼさぼさの髪を手ぐしで整え、彼に勧められるままスマフォの画面に触れる。
「これでいいの? って、えっ……」
スカーレットが何が何やらわからないうちに、瞬間移動は始まった。一人きりで部屋に残されたじいやは彼女の安全を祈ったのち、優雅に朝ご飯を食べるのであった。
帰宅後。
「さすがに急すぎるんだけど! あたし、パジャマで魔物倒しに行ったの初めてだわ!」
食後のコーヒーを飲んでいたじいやに、スカーレットは詰め寄った。
「大変でございましたねえ」
「誰のせいだ、誰の! うー、何かくすくす笑われてた……。優雅で美しいあたしのイメージが……」
落ち込む彼女にじいやは励ましの言葉をかける。
「ですが、住民たちは感謝していたでしょう? 良かったではありませんか」
スカーレットの活躍は城からも確認できるようになっている。じいやお手製の『お嬢様見守りカメラ』のおかげである。彼女が召喚され瞬間移動する際は自動で追尾し、スカーレットの様子を見ることができるようになっていた。
「またあのカメラ使ったわね! 子どもの時の記録用でしょ! 恥ずかしいからやめてよね!」
「申し訳ございません。以後気をつけます」
彼は何百回と口にした言葉で謝罪した。
「ったく。でも、確かに便利ね。これで困っている人も減らせるかも……」
彼女の言葉に気を良くしたじいやはおだてるように言う。
「さすがスカーレット様! じいやも鼻が高いですぞ!」
「調子に乗るな! さてと、朝から一仕事したらおなか空いちゃった。朝ご飯お願いね!」
スカーレットがテーブルに着き、じいやがキッチンに向かいかけたその時、再びスマフォから軽快なメロディが流れる。
「……噓でしょ」
彼女は鳴り続けるスマフォを見つめた。もうおなかはぺこぺこだ。……無視するか。
スカーレットの気持ちを察したじいやは何も言わなかった。手際よく、焼き立てのパンと目玉焼きを用意し、彼女の前に置いた。
「さあ、冷めないうちに」
それでも鳴り続けるスマフォに彼女の意識は釘付けだった。ああもう……。
「行くわよ! 行けばいいんでしょ!」
スマフォの画面に触れ、瞬間移動していくスカーレット。冷めていく朝ご飯を前に、じいやは彼女の優しさを誇りに思った。
スカーレットはたくさん働いた。強い魔物や弱い魔物の討伐。救助依頼。用心棒。犬の散歩。庭の草刈り。夕飯のおつかい等々。結果。
「これ、無理だわ。さすがに倒れる」
朝から晩まで鳴りやまないスマフォを相手に、丸三日耐え抜いた。だが、ついに限界が来た。
ベッドから起き上がるのがしんどい。体はあちこち痛いし、魔力もあまり回復していない。
「今日は金曜日。今日さえ乗り切れれば……」
なんとかベッドから這い出て、朝ご飯のため部屋を出ようとしたら、勢いよくドアが開いた。
「できましたぞー!」
「だから、朝からうっさいわ! で、何ができたわけ?」
興奮しているじいやを制し、スカーレットはたずねた。
「ふっふっふ。お疲れ気味のスカーレット様のためにじいは考えました。仕事が忙しいなら、鳴らないスマフォを作ればいいじゃない、と」
「? それ、どういう意味?」
じいやの手には彼女のスマフォが握り締められていた。確か昨日の夜は部屋のテーブルに置いておいたはずだが……。
「ああ、スマフォなら夜、忍び込んで借りておきました」
「だから、ノックくらいしろっての!」
頭に血が上るスカーレットを今度はじいやが落ち着かせ、話を戻す。
「コホン。簡単に説明しますと、スマフォに優先度で着信を設定できる機能をつけました。これによって、どうしてもスカーレット様が出向かなければならない仕事以外は、スマフォが鳴らないようになります」
つまり、これまでのようにやたらめったら全部の仕事を受ける必要がなくなったということだった。
これで大事な仕事に集中できる。スカーレットは彼に感謝した。
「ありがとう、じいや! ……でも、よく考えたら忙しくなったのって、じいやが……」
「いえいえ、とんでもございません! じいはスカーレット様のため、当然のことをしたまででございます!」
「ふーん、まあいいわ。明日は休みだし、今日も一日がんばるぞー」
怒られないかひやひやしていたじいやは、胸をなでおろした。そして、大事な要件を思い出す。
「そういえば、ベロニカ様が次のお休みに来られるそうですよ」
ベロニカ。その名前を聞いたスカーレットは、一瞬固まったように見えた。
「そう、あの子が来るの……。楽しみね」
その日一日の仕事をやり遂げた二日後の日曜日、スカーレットの城にベロニカがやってきた。




