第18話 魔人スカーレットはいっぱい食べたい
バイキングで元を取りたい。攻略法はあるのか?
落ち着いた雰囲気のレストラン。豪華な料理が人気で、ディナーだけでなくランチバイキングにも大勢の人々が詰めかけている。
「ここが戦場……」
TPOをわきまえ少しおめかしをしたスカーレットが言った。
「いや、ちがうよ……」
隣のベロニカもレストランの雰囲気に合う服装をしている。背が高くスタイルが良い彼女はどんな服でも着こなすが、今日はより大人っぽく見えた。……中身は子どもだが。
「何を甘いことを言ってんの! ランチに五千円も払うのよ、命をかけて元を取らないと」
普段スカーレットは外食をしない。じいややメイドさんがおいしい料理を作ってくれるからだ。それでも、たまには外で食べたい時もある。そこでベロニカを誘ってここに来たのだった。
「……まあいいや。ところでじいやさんは誘わなかったの?」
「じいやはいいのよ。どうせまた、こそこそ家でマッサージ機使ってるだろうし」
「???」
事情を知らないベロニカは困惑したが、それ以上は聞かないことにした。
受付で予約していたことを告げると、軽く説明を受けた。この店は特に肉料理に力を入れているらしい。席の場所を聞き、さっそく二人は料理を取りに行くことにした。
「時間は九十分。ここからは時間との勝負ね!」
「九十分も食べ続けられないと思うけど……」
テーブルに置かれた料理からは、食欲を刺激するいい匂いがする。肉料理がおすすめだと言われたが、魚や野菜も新鮮なものを使っているようで見るからにおいしそうだ。料理は視覚から。色鮮やかな食材から作られたそれらは、食べなくても美味だとわかる。
用意されている料理は数十種類はあり、ベロニカはどれを選べばいいか悩んだ。
「うーん、どれもおいしそう……。あっ、これにしよう!」
目の前にあったパスタを手に持った皿に入れようとした。だが、
「それはだめ」
スカーレットがトングを持った彼女の手を止めた。
「えっ、何で? おいしそうだよ?」
すると彼女は長いため息をつき、出来の悪い生徒に教師が言い聞かせるように言った。
「初心者がやりそうなことね。炭水化物はおなかにたまるの。もちろんフライドポテトなんてもってのほか。あんた好きでしょ?」
ぐっ、視界にとらえていたポテトも見破られていた。ベロニカは静かにトングを下ろした。
「それじゃあ、あのパンは?」
今まさに店員さんが持ってきたパンを指さす。だが、スカーレットは首を振る。
「それもだめ。そうねえ、食べるならあの辺がいいんじゃない?」
彼女は新鮮な野菜がたくさん並べられている一画を示した。みずみずしい緑色をした野菜は栄養がぎっしり詰まっていそうだった。
「野菜は原価が高いの。それに量もたくさん食べられる」
「……わかった。サラダにして食べるよ。からあげはお肉だからいいよね?」
今度こそとトングでさらに乗せようとする。しかし、
「からあげは油分が多いから、満腹になりやすいの。あっちにしなさい」
白身魚の香草焼きを見ながら、スカーレットは言った。肉が食べたい気分だったが、おすすめされたので、ベロニカはそちらを選んだ。
「……そっか、魚もおいしいよね。それじゃ、スープを入れてっと……」
またしてもスカーレットが首を振る。
「スープは水分だからおなかにたまりやすい……」
その一言で、ついにベロニカは爆発した。
「もうっ、しつこいよ! 好きなもの食べさせてよ!」
「さっき言ったでしょ。ここは戦場。少しでも元を取らないと!」
「それじゃあ、スカーレットちゃんは何取ってるの!」
ベロニカはスカーレットの皿をのぞきこんだ。さぞ計画的に選んでいるんであろうな。しかし、彼女の皿を見たベロニカはあぜんとした。
「! それは!」
スカーレットの皿には隙間なく肉、魚、野菜がこれでもかと盛られており、もはや何が入っているのか判断できなかった。これではもう料理と呼ぶよりもキメラだ。
「どう! 原価が高いものをひたすらに皿に盛りつけたの。これで何回も料理を取りに行くことなく、時間を無駄にすることがないわ!」
ベロニカはふるふると震え出した。料理人が精魂込めて作った作品に対する怒りからだ。あれではまるでキャンバスに絵の具をぶちまけたようなもの。リスペクトが感じられない。
「ひどいよスカーレットちゃん! それじゃあもう、味がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん!」
普段声が小さいベロニカが大きい声で反論したことに、スカーレットはたじろいだ。
「えっ、でも元を取るには……」
「『元を取る』って何? 料理は値段じゃないでしょ! おいしい料理をおいしく食べる。それがいいんじゃん!」
ついに彼女はわんわんと泣き出した。美しい女性がランチバイキングで号泣しているのは見てられない。周りの客もざわめき出し、さすがのスカーレットも慌てふためいた。
「ごめんごめん! あたしが悪かった! とりあえず、席に戻ろ。ねっ?」
泣きじゃくる彼女に謝罪しながら席に戻る。ひとしきり泣くと落ち着いたのかベロニカはぽつぽつと話し出した。
「……ごめんね、興奮しちゃって」
「ううん、あたしこそやりすぎたわ」
お互いに非を詫びて仲直り。楽しいご飯タイムとなるはずだったが、スカーレットの皿には盛り上がった料理が存在感を放っていた。
「……改めてみるとすごいわね、これ……。バイキングってテンション上がって冷静ではいられなくなるわ」
山の上の方の肉を箸でつまむ。レストランオリジナルのソースがかかっており、口に入れると濃厚な味が口に広がる。
「おいしい! これならどんどん食べ進められる!」
そこからスカーレットは黙々と山を崩しにかかった。向かいの席に座るベロニカが何度か席を立ち、追加の料理を取りに行く際もひたすらに。そうして皿を空にすると、案外まだ余裕があった。
「すごいね! 全部食べちゃった!」
ベロニカが言うと、調子を良くしたスカーレットは立ち上がり、料理が並べられているテーブルの方を見た。
「……まだ時間は全然ある。いける!」
料理を食べ切った達成感から気が大きくなっていた彼女は、さらに追加で食べようとしていた。だが、ベロニカは心配そうに聞く。
「大丈夫? 無理しない方が……」
「平気平気! 甘いのも食べたいから、ケーキも取ってくるわ」
忠告を無視してテーブルに向かい、再び戻ってきた彼女の皿には先ほどではないにせよ、大量の料理が乗せられていた。
「よし、二回戦よ!」
どの料理もおいしかったが、二週目はさすがにおなかがきつい。ペースはどんどん落ちていき、最後のケーキを食べるころには、正直気持ち悪くなっていた。
「もう限界! でも、これで元は取ったわ!」
必死に食べ進めていたので、残り時間は三十分ほど残っていた。ベロニカも自分のペースで食べ進めていたが、満足していた。
「けっこう食べられたね。あれ、なんだろう?」
彼女は厨房の方から何かが運び込まれるのを目撃した。
「当レストラン自慢のローストビーフが用意できました! よろしければどうぞ」
スタッフが押してきた台には、切り分けられたローストビーフがたくさん乗せられている。ベロニカは目を輝かせて言った。
「うわあ、おいしそう! スカーレットちゃん、取りに行こう! ……あっ」
もうスカーレットのおなかは限界だった。とても追加の肉を食べられる状態ではない。
「ふっ、策士策に溺れる。皮肉なもんだわ……」
自嘲気味に笑う彼女は悟りを開いているようだった。ここにきて目玉がやってくるとは思わなかったのだろう。ベロニカは同情し、一人で肉を取りに行こうとした。しかし、その手を引き、スカーレットは言った。
「……あたしの分も取ってきてくれない?」
翌日、体重計に乗るスカーレット。覚悟していたが、前日のバイキングの代償を払うこととなる。
「元は取ったけど、体重は太ったってことね……」




