第17話 魔人スカーレットは肩がこる
魔人だって肩がこる。自分で肩はたたけない。
仕事終わり。
「疲れたー。ただいまー。……あれ?」
城に帰ってきたスカーレット。でも、じいやが出迎えに来ない。
「今日は休暇じゃないわよね? じいやー、いるのー?」
リビングまで入ると、そこには見慣れないものが置いてあった。
人一人を包み込めるような大きなサイズ。高級感のあるブラックのマッサージチェアが部屋の隅に鎮座していた。
ウィーンウィーンと音を立てながら、そこに座っていたのは誰であろうじいやだった。
くつろぎ幸せそうにする彼を、スカーレットは黙ってにらんだ。駆動音が止み、ふうと息をもらし、ようやくじいやは視線に気づく。
「! スカーレット様! おかえりなさいませ!」
「『おかえりなさいませ』じゃないわよ! 何よこのでっかいの!」
黙って買うレベルのものではない。マッサージチェアの相場はわからないが、見たところかなり高額なのは間違いない。それに彼は執事だろう!
「高かったでしょう! ……もしかして横領?」
あらぬ誤解をされた彼は首を千切れるくらい横に振り、激しく否定した。
「滅相もございません! 私が横領などと……。ヴァーミリオン様からの贈り物でございます!」
詳しく話を聞くとお昼頃に配送業者が来たという。全く連絡もなく届いたので、じいやも面食らった。先代は本当にマイペースな男だった。
一緒に贈られてきた手紙には、仕事でお疲れの娘のために少しでも役に立ちたいとプレゼントしたと書かれている。……なぜ事前に言わない。
「そういうわけでこの件について私は潔白でございます!」
それならそうと早く言ってほしい。そんなに慌てなくても……。……ん、待てよ?
「『この件について』って何?」
スカーレットが追及すると、明らかに彼はきょどきょどしだした。怪しい。
「じいや、正直に言いなさい。何か隠しているわね?」
観念したのか、じいやは床に頭をこすりつけながら謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ございません! 城のお金を使って、コンビニで肉まんを買いました!」
肉まん! こいつ、人には太るからといつも言っているくせに! しかし、それくらいならそこまで怒ることじゃない。今回は大目に見てやろう。
「……わかったわ。じいやだって食べたい時だってあるわよね。許す」
これでこの話は終わりだ。そう思っていると、彼はまだ顔を上げなかった。
「……じいや、もういいのよ? 頭を上げて?」
それでも彼は頭を上げなかった。何と義理堅い。そこまで自分を責めていたのか。
彼の忠誠心にスカーレットは感心した。
だが、じいやの口からは思いもよらぬ言葉が告げられた。
「実は、見栄を張ってメイドさんたちにも自分のおごりだと肉まんを買いました」
この男、またメイドさんにカッコつけたのか! それも城のお金で! さすがにこれは注意しなければいけない。
「じいや! 勝手に城のお金を使ったらダメじゃない!」
「本当に申し訳ございません! 城に戻ってから返したのですが早計でした」
一応返したことにほっとしながらも、雇用主でもある彼女は冷静に努めて言う。
「あのね、じいや。あたしはあなたを信頼しているの。お父さんの代からこの城で働いてくれて。だから、あたしを裏切るようなことは絶対にしないで」
そうして彼にはしっかりと言い聞かせた。大したことではないのかもしれない。しかし、大事なことだ。親しき中にも礼儀あり。それを忘れてはいけない。
じいやも反省し、勝手にお金を使わないと約束した。しかし、再び事件は起こった。
ある日の夕方、スカーレットがマッサージ機でくつろいでいると城に配送があった。
「頼んでいたのが来たのかしら?」
受け取りを頼んでいたじいやは休暇中で出かけている。彼女は事前に用意された支払い用のお金を取り出すため封筒を見ると、中身が空だった。
「あれ? 入ってるはずなのに?」
結局その日は自分の財布からお金を出し、代金を支払った。
不思議に思ったスカーレットはメイドさんたちに話を聞いた。だが誰一人封筒のお金のことは知らなかった。そうなると後は一人しか残らない。
「ただいま戻りました。帰りにコンビニに寄ったので」
そう話すじいやが持つコンビニの袋からは、肉まんのおいしそうな匂いが漂ってきた。
「じいや、ちょっと」
おみやげが冷めてしまうかもしれないと思ったが、先に言わなければいけない。
「支払いのお金、袋に入ってなかったんだけど」
「え、そんなはずは! 確かに私が袋に入れましたよ」
彼は嘘をついているようには見えない。しかし、実際封筒にはお金はなかった。
じいやも自分が疑われていると思ったのか、弁解を始めた。
「スカーレット様。この間私はあなたに注意をされ反省したんです。後で返すからといって、勝手にお金を使ってはならないと。ましてや盗むようなまねなんてありえません」
「……そうよね。でも、お金の袋のことはあたしとじいやしか知らなかった」
彼女の言葉に沈黙が流れる。すると、彼は寂しそうに言った。
「そうですか……。それならば怪しいのは私ですね……。スカーレット様、申し訳ありませんが今日の夕食はメイドに頼んでおきますので」
それ以上反論することなく、じいやは部屋を出て行く。テーブルに置かれた肉まんからはぬくもりがもう失われていた。
食後、スカーレットは改めて封筒を確認した。隅々まで見回すがやはりお金は入っていない。本当にじいやがお金を……。彼女は首を左右に振り、邪念を振り払う。
彼のあの態度。寂しそうな顔。嘘とは思えない。何か変だ。じいやは確かに言った。『袋に入れた』と。それならなぜ封筒にお金がないんだ。
そこでようやく気付いた。『袋』だ! 『封筒』ではなく!
スカーレットは急いで封筒が入っていた引き出しを開ける。すると、ひもがついた巾着が入っていた。中身を確認すると、支払い代金ぴったりのお金が収められている。
自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。じいやは何も嘘をついていなかったのだ。それなのに彼を疑い傷つけた。
彼女はいてもたってもいられなくなり巾着を手にすると、彼の部屋まで走り扉を叩く。
「……じいや、いる?」
小さく返事が聞こえると、すぐに扉は開いた。
「どうされました、スカーレット様?」
「ごめんなさい! お金あったの! じいやの言った通りだった!」
感情を抑えられず涙が流れる。必死に手で拭うが止まらない。そんな彼女にじいやは穏やかな口調で語りかけた。
「私がきちんと説明しなかったのが悪いのです。どうかお気になさらないでください」
「ごめんね、ごめんね! 肉まんも冷めちゃった!」
思考がまとまらず唐突なことを口走ってしまう。それでも彼はうんうんとうなずき、優しく受け止めるように言った。
「冷めても温めればいいのです。レンジでチンです」
和解した二人は温めた肉まんを味わって食べた。いつもと同じ味なのに、なぜだかよりいっそうおいしく感じたのは不思議だった。
数日後。
「ただいまー。あれ、じいやは?」
出迎えたメイドさんは気まずそうにしている。まさかと思いスカーレットがリビングに駆け込むと、
「あぁ~、気持ちいいぃ~」
マッサージ器の振動で震える声を出しながら、じいやがサボっているのを目撃した。
「あっ、スカーレット様! これは違うのです!」
彼女は冷めた目でじいやを見つめると、にっこり笑ってこう告げた。
「あんた、調子に乗ってるとクビだからね」




