第12話 魔人スカーレットはジグソーパズルを完成させたい
ジグソーパズルを完成させたい。ああ、ピースがはまらない……
部屋でゲームをしている途中、のどが渇き冷蔵庫にコーラを取りに来たスカーレット。リビングの前を通りテーブルを見ると、なにやら細かいものがたくさん置いてあった。その一つを手に取り、まじまじと見る。
「……ジグソーパズル?」
表は青っぽい色で、裏は灰色の少しざらざらしたピースだった。
「どうせじいやでしょ。ったく、自分の部屋でやりなさいよね。テーブルが使えないじゃないの」
つまんでいたピースをポイと放り、彼女は自室に戻った。
しばらくして再びリビングに来ると、じいやがせっせと作業をしていた。
注意してやろうとスカーレットが声をかける。
「じいや! また散らかして!」
だが、集中して聞こえていないのか返事がない。なんだか、うんうんとうなっている。
「じいやってば!」
彼女がすぐ横まで近づき彼の肩を揺らすと、そこでようやく返事をした。
「ああ、スカーレット様。どうかされましたか?」
「どうかされましたか、じゃなくて! こんなところでジグソーパズルなんてやると、テーブルが使えないじゃない!」
じいやはああと納得すると、すぐに謝罪した。
「申し訳ございません。すぐに片付けますので」
テーブルにはピースのいくつかの塊ができていた。
「それ、どうするの?」
パズル移動させるにはせっかく組んだ分を崩さなければならない。
「残念ですが、ばらしてもう一度組むしかありませんね」
「……しょうがないわね。今回はそこで続けてもいいわ」
「いいのですか? ありがとうございます!」
しばしの我慢だ。少し不便だが、それくらい構わないだろう。
テーブルにはピースと共に、絵がプリントされた紙が置いてあった。青い海を二頭のイルカが泳いでいる。
「この紙は何なの?」
スカーレットはそれをひらひらと振りながら、彼に尋ねる。
「それはこのパズルの完成図です。箱に印刷されているものを、カラーコピーして来たんです」
じいやは大量のピースが入った箱を持ち上げると、底面の絵を彼女に見せながら言った。
なるほど。こうしたら作りかけの分と完成図の比較がしやすい。細かいことだが、理にはかなっている。
スカーレットは感心したが、ふとあることに気づく。
「ところでこのパズル、ほとんど青一色なんだけど……」
青い空に青い海、青っぽいイルカ。パズルを構成するほとんどが青色だ。
その指摘にじいやはため息をつき答えた。
「そうなんです。絵柄が気になって買ったはいいんですが、完成させるのが難しくて。長い間放置していたのを見つけたので、再びチャレンジしているのですが……」
たくさんの色があるパズルであれば、完成図と見比べておおよその位置の見当がつけやすい。しかし、このパズルではそれが難しい。一つ一つピースをはめていくしかなさそうだ。
このままではしばらくテーブルが使えそうにない。そこで、スカーレットはこんな提案をした。
「……わかったわ。あたしも協力する」
じいやは彼女の言葉に喜んだ。手を差し出し、握手を求めて言う。
「さすがスカーレット様! これで千人力ですな!」
彼の手を取り、二人は強く手を握り合った。こうして数日間の戦いが始まった。
初日は順調に作業は進んだ。
まずは上下左右の角のピースを見つけ、そこから周辺をはめていく。しだいに大きな枠となり四角形の大きさが定まった。
「これだけでも進んだ感じがするわね。意外と完成は早いかも」
だが、じいやは渋い顔をしている。
「いいえ、スカーレット様。以前私が組んだ時もここまではすぐだったのです。ここからが本番です」
結論から言えば彼の言葉は的を得ていたのであるが、その時のスカーレットはたかをくくっていた。
「大丈夫! 今回はあたしがついているもの。疲れたし、今日はこの辺にしておきましょう」
そう言って彼女が部屋に帰っていったのでその日はお開きとなった。
二日目。
仕事から帰ってきたスカーレットは、パズルに取り組むじいやに話しかけた。
「どう? ちょっとは進んだ?」
テーブルを見ると、枠の外側から内側にピースが少し埋まっていた。
「なかなか手強いですな……。仕事もあるので合間にこつこつと進めておりますが」
「やっぱりあたしがいないとだめね。さくさく進めちゃいましょう!」
威勢がいいことを言ったスカーレットだったが、これだと思ったピースはことごとくはまらない。しまいには無理やりねじ込んではめようとするので、じいやは苦言を呈する。
「スカーレット様、力ではめ込んではいけません。……ああ、ここもここも……」
無理にはめ込んだ箇所が浮き上がったり、すき間が空いていたりしているのを見つけ、彼は一つ一つ取っていく。
すると、最初は乗り気だったスカーレットはだんだんとやる気がなくなっていった。
そして何度目かの指摘を受けた時、ついに彼女は言い放った。
「ああもう! 全然進まないじゃないの!」
「ジグソーパズルとはそういうものでございます。地道にやるしかないのです」
もちろんわかってはいる。だが、一時間以上は集中して取り組んでいるのに、二人で進んだピースがわずか数十ピースというのは時間がかかりすぎる。
我慢の限界となったスカーレットは「今日は終わり」と言い残し、リビングから出て行った。
その後、数日間はじいやの孤独な戦いとなった。
忙しい仕事の合間に少しずつ、少しずつとパズルの空白を埋めていく。一日で大きく前進する時もあれば、わずか数ピースしか進まない日もあった。それでも進んでいる実感があるうちはがんばることができた。
しかし、その手が止まる時がやってくる。
「だめだ。全然ピースがはまらない……」
残ったピースはほぼ同じ色で見た目には違いがわからない。はめてはやり直し、はめてはやり直し。彼の集中力にも限界がやってきていた。
もはやここまでか。諦めがよぎった時、横からすっと手が伸びてきた。
「……これなんじゃない?」
スカーレットがつまんだピースがぴたりとはまった。
「ごめんねじいや。良く一人でここまでやってくれたわ。少し休んでて」
「っ、スカーレット様!」
彼女は後悔していた。来る日も来る日もじいやが孤軍奮闘する背中を見ておきながら、手伝うことなく部屋でゲームに興じていたことを。
だが、もう逃げない! あたしが少しでも進めてやる!
そう覚悟した彼女は、神がかったようにピースをはめこんでいく。
「これは……!」
じいやは確信した。これがジグソーパズルハイなのだと。吸い込まれるようにパズルが完成していく。残り数十、二十、十……。
とうとう彼女は残り一ピースまでのところまで埋めていった。
「すごいです、スカーレット様! ついに完成です!」
じいやが完成を待ちわびるが、そこで彼女の手は止まった。
「最後のピースはじいやが埋めてちょうだい」
やりきった表情をしたスカーレットはそう言った。
「ですが……」
「いいのよ。じいやががんばったからここまで来れたんだもの」
感動でじいやの涙が流れる。スカーレット様、立派になられた。涙をぬぐい、彼女の目をじっと見つめた。
「ありがとうございます! では……」
これで完成だ。箱の中から最後のピースを取ろうとした。しかし、
「……あの、ピースがないのですが……」
「えっ、じいやが持ってるんじゃないの!」
イルカの目の部分のピースがない。このままでは永遠に未完成だ。
二人はテーブルの上、床、カーペットの裏まで必死に探した。それでも、ピースは見つからなかった。
すると、スカーレットは思い出した。初日にコーラを取りに来た時に放り投げたピース。あれがそうだったのでは。
「あのね、じいや……」
恐る恐るじいやに報告すると、彼は堪忍袋の緒が切れた。
「だからいつも物を大切にと言っておりましたのに!」
そこから数時間、彼のお説教は終わらなかった。
翌日、メイドさんに尋ねると落ちていたピースを保管していることがわかった。誰のものかわからなかったので、とりあえず置いておいてくれたらしい。
無事にパズルは完成したが、これからはじいやの言うことをしっかりと聞こうと思ったスカーレットだった。




