第11話 魔人スカーレットはカフェで働きたい
魔人だっておしゃれカフェで働きたい。憧れるよね。
じいやは今日、人間たちの街に来ていた。
彼の趣味は休日に喫茶店に行くことだ。焙煎されたコーヒーの香り。それは日常の疲れをいやす、じいやの楽しみの一つであった。
今日もなじみの店に向かうか。そう考えていた彼だったが、目の前に小さなテラス付きのカフェが見えた。黒を基調としたシックな外観で、店内には自分の様な男性の一人客もいるようだ。
たまにはこういうカフェもいいか。
おすすめのメニューが書かれている黒板を、ちらりと見る。うん、良さそうだ。ドアを開くとカランコロンと小気味よい音がした。
店内は照明を抑え、落ち着いた空間となっている。観葉植物や本棚が置かれ、彼好みで居心地が良さそうだ。
ここは当たりだな。じいやはそう感じた。
普段スカーレットのわがままを聞き、騒々しい日々を送る彼だったが、戦士にも休息は必要である。これくらいのぜいたくは許されるだろう。この時くらいは羽を伸ばそう、そう考えていた。
だが、店内に入りいくら待っても店員が来ない。
奥にいて気が付いていないのだろう。
「すみません」
他の客の邪魔にならないくらいの声で呼びかける。
「はーい、今行きます!」
キッチンがあるであろう方向から若い女性の声が聞こえてきた。じいやは少しひっかかりを感じたが、コーヒーのことで頭がいっぱいで深くは考えなかった。
彼女が出てくるまでは。
「あれ、じいやじゃない」
エプロン姿の店員は見知った顔だった。真っ赤な長髪はきちんと結ばれており、最低限の飲食店への配慮はしているようだった。それにしても、
「……スカーレット様、なぜここに?」
目の前のスカーレットは少し恥ずかしそうに笑っていた。
つまりはこういうことだった。
城で召喚を待っていたら、この店の店長から緊急の召喚があったのだという。バイトが急に来られなくなったから、人手が欲しい。それも二人。
自分一人でもなんとかなると考えていたスカーレットだったが、さすがに厳しかったようでもう一人助っ人を呼んだ。
「……それがベロニカ様ということですか」
「……はい、そうです……」
従業員用スペースで身を小さくして恐縮そうにしているベロニカは答えた。
「いやー、うまくいくと思ったんだけどね。この子、ホールで接客しようとすると固まっちゃって、全然役に立たないのよ」
「うぅ、すみません……」
スカーレットの身もふたもない言葉に、ベロニカは長い手足をこれでもかと小さくしてうずくまる。
「いえいえ、ベロニカ様はがんばってくださいました。それにスカーレット様も……」
一人キッチンで料理を作っていた、お団子ヘアの店長もやってきてそう言った。
「全員ここにいて、店は大丈夫ですか?」
じいやが尋ねると、「今は落ち着いたので」と店長は言った。
この女性店長も若く、二十代くらいに見えた。それで店を営業しているのだ。見た目によらず、おそらくやり手なのだろう。それに熟練の召喚士でも難しい魔人の召喚も、彼女によるものだという。何者なんだ、この人……?
彼女にうながされキッチンに向かうと、割れた食器が大量に置かれていた。
じいやはスカーレットを疑わし気に見ると、彼女はふいと顔をそらした。
「……いやね、皿洗いくらいならできるかなって思ったんだけど……」
結果はこのざまである。……まあ、わかりきったことだったが。彼女は何一つ家事ができない。
「せっかく来ていただいたんですが……」
店長は申し訳なさそうに頭を下げた。つまりはクビということだろう。
「ちょ、ちょっと待って! あたしたちはまだやれるわ! ねえ、ベロニカ!」
スカーレットは慌ててそう言ったが、ベロニカは戦意喪失していた。もうだめそうだ。
このままではお店も困るし、彼女たちも自信をなくしてしまう。
そこで、じいやは提案した。
「役割を交代したらいいのでは?」
スカーレットがホールで接客を、ベロニカがキッチンで料理を。確かベロニカの趣味はお菓子作りだったはずだ。きっとうまくいく。
元気がなかったベロニカも「それならできるかも」と少し立ち直った。それに「お客さんと話さなくていいし」ともぽつりとこぼした。
「お願いします! もう一度チャンスを!」
スカーレットの勢いに負けた店長は、ふうと一息つくと、
「……わかりました。こちらこそお願いします」
と再び頭を下げた。
そこからは順調に事が運んだ。
ベロニカはキッチンで次々入るオーダーを処理して、料理も店長の指示どおり完璧なものを作り上げた。元々料理も作っていたとはいえ、彼女の働きは目覚ましいものだった。
スカーレットはというと、持ち前の人当たりの良さで客とのコミュニケーションもこなしつつ、的確に注文と配膳をこなしていた。そうなのだ。彼女は仕事はいつもそつなくこなしているのだ。これくらいは朝飯前だろう。
これで大丈夫だろう。コーヒーを楽しみつつ、じいやは二人の活躍ぶりに安堵した。
カランコロン。ドアのベルが鳴る。
「はーい、何名様ですか?」
素早く入り口まで移動したスカーレットは、入ってきた客を見て固まっている。
「ん? スカーレット? 何でここに?」
そこに立っていたのは金色の髪をした美しい魔人、ソニアであった。
「あんたこそ何でここに?」
口調もいつも通りのぶっきらぼうなものになっている。
「見回りだよ。人間たちが困っていないか、自発的に行っているんだ。……それにしてもその恰好、とてもかわいいな! お人形のようだ!」
「はあ! 馬鹿にしてんの!」
店内に響き渡る大きな声でスカーレットが言い返す。
「馬鹿になどしていない! 大体お前はいつもいつも……。少しは人の言うことを受け入れたらどうなんだ!」
「なんですって!」
ただでさえ目立つ彼女たちが、小競り合いを始め出した。席に着いている客たちもひやひやしながら様子をうかがっている。
お互いが相手の髪をつかみ合い始めたところで、我慢の限界になった店長が笑顔で二人に詰め寄った。
「お二方、ちょっと……」
彼女の威圧感に負けたのか、二人は大人しくなり従業員スペースに消えていった。
しばらくして、一人戻ってきた店長はじいやに言った。
「じいやさん、ちょっとお願いがあるんですが……」
嫌な予感がする。早めにおすすめのケーキを頼んでおくべきだった。
じいやは後悔しつつ、コーヒーを飲みほした。
結局、ホールにはじいやが立つことになった。スカーレットが迷惑をかけたため、甘んじて彼は受け入れた。
当のスカーレットとソニアは、罰としてバックヤードの掃除と片づけを命じられた。ソニアは客として来ていたので、とばっちりだと言えるだろうが……。
閉店となり、じいやとスカーレットは二人並んで城に向かう。
「ところでスカーレット様。どうしてカフェの仕事を引き受けたのですか?」
魔物退治の様な危機が迫っているわけではない仕事は、スカーレットが受ける必要はない。じいやの質問に恥ずかしそうに彼女は答えた。
「……昔からやってみたかったのよ。カフェでアルバイトなんておしゃれじゃない」
スカーレットも年頃の女性と同じなのだな。じいやはその感覚にどこかほっとして答える。
「そうでございますなあ」
暗くなった空を二人並んで飛んでいく。今日もこうして一日が終わる。
「ところで私の休日がつぶれたのですが、代休ってあります?」
スカーレットは聞こえないふりをして、前だけを向いていた。




