災いを齎す女
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アランが熱を出してから、数日が過ぎた。
彼はすっかり元気になり、本調子に戻っている状態だ。
彼のしつこさに私の気持ちが折れていて、追い出す気力も無くなっている。
「おい、どこ行くの?」
「買い物だけど」
扉に向かうと腕を掴んで引き止められた。
さすがに何日も外に出ていなかったから、食料が底を尽きている。
「俺も行く。荷物持たせて」
「勝手にすれば。どうせ嫌って言っても来るんでしょ?」
「よくわかってるじゃん、俺のこと」
彼は薄い唇を片方に吊り上げて、嬉しそうに笑う。別に、彼の喜ぶことを言った自覚はない。
町へ着くと周囲の視線を感じる。
これは、私が不幸を呼ぶから警戒の眼差しだ。
なぜここへ来たとでも言うような冷たい視線。
最初は辛かったけどもう慣れた。悲しんだって私が不幸を呼ぶ以上、この現実は変わらない。
私が生きている限り永遠に。
私はいつものようにトドという名のおじいさんのところへ向かう。
トドおじさんは、10年前の事件の時に倒れていた私を、拾ってここまで育ててくれた命の恩人。
そして、母の最後を看取った人でもある。
「そろそろ来る頃だと思っていたから、用意しておいたよ。はい、いつものね」
「ありがとう」
「どういたしまして。 今日は人を連れてどうしたんだい?」
トドおじさんの視線は、私から外れて一歩後ろに立っていたアランに向けられた。
「アラン・クラークだ。訳あって一緒に行動させてもらってる」
「正確には勝手についてきたの」
いつの間にか私の隣に移動していた彼は、その後続けてデタラメを言いそうだったから、私がすかさず一言付け足す。
「おい、今はそれ言わなくていいだろ」
「何よ、本当のことじゃない」
「ははは!ルチア様が誰かと言い合っているなんて珍しい。よっぽど、気が許せる相手なんだな」
それまで黙って私たちをの話を聞いていた、トドおじさんが声を上げて笑った。
いつも周りが穏やかになるような笑顔だが、こんなにも大きな声で笑うところは初めて見る。
「トドおじさん、また来るね」
しばらく話して、私はその場を離れた。
だから、アランが立ち止まっていたことも…
「なあ、あんた本当にここで商売やってる人か?」
「そうだが…」
「なら、いい。俺の勘違いだ、顔見知りにちょっと似ていてな」
そんなアランとトドおじさんの会話も知らなかった。
◇◇◇◇
買い物をして家へ戻ろうとした帰り道に事件は起こった。
「きゃあああああっ!」
ーガシャンガシャンー
甲高い悲鳴と同時に、何かが壊れた音が響いた。
ドクンと心臓から変な音がして、苦しくなる。
「ルチア?」
嫌な予感がした私は、音がした方向へ走って向かう。
アランが私を呼ぶ声を無視して。
向かった先では小さな男の子が、野菜を売っている屋台の下敷きになっていた。
「……っ」
また…だ、また、私のせいで…っ!
「ルチア!俺がこの屋台を持ち上げるから子供を引っ張れ」
「う、うん」
彼の声にハッとして、急いで男の子を引っ張り出した。
男の子は1人で歩けないほどの怪我をしている。
…今は、まだ太陽が昇っているけど少しなら。
「ムーンシャイン」
両手を胸に当てて光を集めて、その光を怪我をしている足に当てる。
「なんでお前が魔法石を…?」
「ムーンストーンよ。たまたま拾ったの」
彼が驚くのに無理はない。本来魔法石は、7種類しか存在しないから。
私の持っている月の石ムーンストーンと、まだ見つかっていない太陽の石、ペリドットは7つの魔法石よりも貴重なもの。
私の石は月の光で傷を癒す力。大切な人を守りたいと強く願う想いが通じて現れた。
実際、私の存在自体が不幸にするからこの力は無意味なのだけど。
本当に大切な人を守ることできない。
「なぜ、ここにいるのですか!?あなたがいるせいで、うちの子が怪我したじゃない」
「そうだそうだ!あなたがいるとこの町に不幸が増えてしまう」
「用が済んだのなら早く帰ってくれ」
「あなたはルベライトの騎士団長ですよね?その方に関わることはやめておいた方が身のためですよ」
男の子の母親らしき人が、顔を赤黒く染め怒声を上げる。
周りにいた人も便乗するように、強く私を非難した。
「おい、今起きたのはー」
「アラン!!やめて、行くよ」
正義感が人一倍ある彼は多分、さっきの状況に反論しようとしてくれた。
けど今更、彼らに何を言っても変わらない。
もう、慣れた。私は大丈夫、私が悪い。




