脅迫メール 改変ver
以前投稿した脅迫メールの改変verです。改悪になってないことを願います。
内容はそのままですが、展開が少し変わっています。
以前読んで頂いた方も、はじめて読んで頂ける方も楽しめる内容となっていると思います。
『赤ん坊を降ろせ』
こんなメールが来たのは、あたしが買い物に行った帰りのことだった。夕ご飯の買い物に来ていた時に、突如メールの受信の着信が鳴り響き、受信したメールを見て見ると、まったく知らないアドレスからの、メールを受信していた。
正直、最初このメールを見たときは、ただの悪戯だと思った。むしろ最近多い迷惑メールの類だと。誰だってそう思うだろう。しかし、あたしはこのメールの内容が悪戯や迷惑メールではないことを、すぐに知ることになる。
あたしには、家族がいない。あたしの両親は早くに亡くなったし、夫は半年前に他界。夫の両親とは仲良くなかったので一人身だ。でもそんなあたしにもようやく家族が出来る。あたしのお腹には妊娠して半年目に突入した、赤ちゃんがいる。亡くなった夫が残した、あたしと夫の子。少しお腹が膨れているのがとても嬉しい。
――あたしのお腹の中にいるのは、あたしの大事な大事な赤ちゃん。
そんな晴れやかな気分で買い物に向かった帰りだった。このメールが突然携帯に送られてきたのは。あたしは悪戯だと思ったので、気味が悪いと思いながらも、そのメールをすぐに消して、携帯を閉じようとした。するとまた携帯がメールの受信をはじめた。メールは、またさっきと同じアドレスからだった。ただ少し内容に変化があった。
『お腹の赤ん坊を降ろせ。そうすればお前の命は助けてやる』
また意味の分からない、悪戯メール。けど、なぜあたしのお腹にいる赤ちゃんのことを知ってるの。このことは今はまだ誰にも話していない。知っているのはあたしと、産婦人科の先生くらい。まだ友達にも話してはいないし、最近会った友達もいない。それに、赤ちゃんを降ろせってどういうこと。そうすればあたしの命を助けるなんて。意味が分からない。
まず、今一番大事なのはお腹の中にいる赤ちゃんだ。ほかの誰にも代えられない。もし赤ちゃんか、他の誰かを殺せと言われたら、あたしは迷い無く赤ちゃんを守るために、他の誰かを殺すだろう。メールを見ながらそんなことを考えていると、またメールが来た。
『赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。そうすればお前の命は助けてやる』
このメールを見た瞬間、あたしの顔は青ざめ、背筋に冷たいものが通った。なんなの、このメールは。怯えて鳥肌が立っている自分に気が付かず、メールから目を離せないでいると突然携帯が鳴った。携帯の音に身体が一瞬、硬直したがすぐに戻り、恐る恐る電話をとった。
『……はい、もしもし?』
『あ、柳瀬さん? 今日は定期健診の日ですよ。病院で待ってますんでちゃんと来て下さいね』
あたしは不安や恐怖を拭い去る声に、胸を撫で下ろした。産婦人科の先生からだった。この人には妊娠が発覚した時から世話になっている。産婦人科と整形外科を構える病院の院長先生だ。こんな電話をかけてくるのもあたしが、この間の定期健診に行かなかったからだ。ただ忙しくて行く暇がなかっただけなんだけど。
あたしは知っている声の主からの電話に安堵し、病院に行くために買い物袋を家に持って帰った。そして荷物を降ろし、車に乗り込んで病院へ向かう。もうあたしの中ではさっき届いた不思議なメールのことなど、すっかり消えていた。
病院に着いたあたしは、少し順番待ちをした後、院長のいる診察室へと呼ばれた。
「やぁ、どうだい? お腹の状況は?」
「あ、順調だと思います」
「うん、顔を見ると幸せそうだよ」
「え? あ、ありがとうございます」
少し頬を赤く染め、テレ笑いをしながら答える。そんな恥ずかしいことを急に言われるとは思わなかった。ただ、少し嬉しかった。あたしは今、他の人から見ても幸せそうなんだ、と。
「それじゃあ、そこに横になってくれるかな? 音波検査をしてみよう」
そう言われあたしはベッドに横になった。
「ホラ! 見てみて半年の君の赤ちゃんだ」
先生に言われて、画面を見ると確かになにかが映っていた。これが赤ちゃんなのか。半年ということでかなり人の形を成してきてる、不思議な感覚ではあったが、実感はあった。あたしのお腹には、今一つの命が確かに息づいているのだ。これほど感動的なことはない。
検査が終わり、あたしは帰宅した。そしていつものように一人でご飯を食べ、お風呂に入り、布団に入って静かに寝静まった。一人暮らしは、気楽でいい。確かに寂しさはあるけど、あたしには赤ちゃんがいる。あたしは毎日寝る前にお腹を摩り、赤ちゃんに話しかけることが、日課となっていた。
翌朝、いつもと変わらない朝だ。しかもとても天気がいい。こんな日は散歩にでも出かけよう。赤ちゃんもきっと喜ぶ。そう思いあたしは自分のお腹に手を乗せた。
「……え?」
あたしは、お腹に違和感を感じ、その自らの目でお腹を確認する。お腹を確認したあたしは、しばらくの間、なにも認識できなくなった。なぜなら、まったく膨らんでいないお腹があったから。なんの膨らみもなく、なんの鼓動も感じない。
「え……え? ど、どういうこと? え……そんな!? あたしの……っ!?」
あたしは激しく動揺した。いや、動揺なんてレベルじゃない。お腹の中にいたはずの赤ちゃんが跡形もなく消えているのだ。あたしはコレは夢だと疑った。そうだ、今起きたばかりで、あたしはまだ寝ぼけている。あたしは、一呼吸置き、再びお腹に手を乗せ、目で確認する。
けど、次にあたしが起こした行動は、飛び起き、化粧もなにもせずに、ご飯も食べずに、着替えもせず急いで、すぐに病院に向かうことだった。病院についたあたしは、カウンターにいる看護士の人に先生を呼んでもらった。たまたま手が開いていたのか先生はすぐにやってきた。
「せ、先生! あた……あたしの、あたしの赤ちゃんがっ!」
あたしの、病院中にも響き渡るのではないかという、大きな声に先生は驚いた表情をしている。
「あなたなんて格好で……、とりあえず、落ち着いてください。柳瀬さん。大丈夫ですか?」
「あたしの……赤ちゃんがいないんです! どうして! なんで! あたしの……」
「ちゃっと柳瀬さん……。あまり激しく動かないでください」
先生は妙に落ち着いている。周りのみんなもあたしの顔を見ている。混乱しているあたしを見ている。
「でも! あたしの……赤ちゃんが……」
動揺に動揺を重ね、混乱し周りがまったく見えなくなって、わめくあたしを見て先生が言う。
「だから、落ち着いてください。赤ちゃんってなんです? あなたに赤ちゃんはいませんよ」
先生のその言葉にあたしの声は止まった。一瞬、時が止まった感覚に陥った。
「え? な、なに言ってるんですか? だって昨日も……」
「昨日? 昨日は、あなたはその怪我した足の治療に来たんじゃないですか?」
先生のその言葉を聞いて、あたしは自分の足を見る。すると膝の部分に包帯が巻いてあった。身に覚えのない傷に包帯。
「嘘……だって昨日も定期健診にきて音波検査したじゃないですか」
あたしの言葉に先生は少し、呆れた顔で答える。
「昨日は、あなたは確かに定期健診でした。足のね。包帯やガーゼを替えてX線写真を撮ったんです。覚えてませんか?」
先生の受け入れがたい言葉に、あたしはさらに動揺する。
「嘘……嘘よ! だって昨日は確かにあたしのお腹の中には……ちゃんと見たのよ。……先生だって産婦人科の先生でしょ?」
先生は、再び驚きの表情を浮かべている。周りの人も驚きの表情を浮かべている。
「柳瀬さん。ここは、整形外科だけで、産婦人科はありません」
先生は、冷静に答える。周りのみんなは近くの人とヒソヒソ話だした。
「嘘、嘘、嘘!!」
あたしは、先生達の横を走って、通りぬけ昨日音波検査をうけた部屋へと走る。
「あ、ちょっと柳瀬さん!!」
みんながあたしを騙している。あたしは、確かに赤ちゃんの検査を受けていた。昨日までお腹も膨れていたし、感覚もあった。それが突然なくなるなんて馬鹿なことがあるはずがない。昨日検査を受けた場所へとやってきた。あたしは走ってきたいきおいでドアを激しく開ける。
そこにあったのは、暗い物置倉庫だった。目でみても分かるくらい何年も使われていない。掃除もされていないような部屋。立っていられなくなったあたしはその場に座り込んだ。眼からは大粒の涙が流れてくる。信じたくなかった信じることができなかった。あたしはいつからおかしくなったの?
しばらくして先生達がやってきた。
「柳瀬さん、大丈夫ですか?」
あたしは看護士の人に助けられ、立ち上がる。
「柳瀬さん一度精神科のほうで見てもらったほうがいい、いい病院を紹介します」
あたしは、狂っているの? 確かに記憶があるのに。お腹に赤ちゃんがいた記憶が。でもいまこの現実でお腹にその感触はない。あるのは身に覚えのない脚の怪我だけ。
「……? え? ……先生、あたしこの足の傷どこで?」
「あなたから聞いた話だと、階段で転んで打ったと聞きましたよ。それで足の膝の骨に軽い亀裂が……」
「階段って、家の階段ですか?」
「いえ、神社って言ってたじゃないですか? 確か、大北神社だったかな?」
大北神社……聞いたことがある。確かあの神社は、安産祈願で有名だったはず。なんでお腹に赤ちゃんのいないはずのあたしが大北神社に?
「とにかく、今日は家に帰って休んだほうがいい。精神的疲労から来る混乱かもしれないから」
先生にそう言われたあたしは、とりあえず家に帰る。ただ自分で運転して帰れる状態じゃなかったので、送ってもらったのだが。
家に着いたあたしは、居間にあるソファーに座りお腹を触る。なんの感触もない。ほんとに幻だったの? そう思うとまた涙が出てきた。涙が出て止まらなかった。そんな、時あたしのポケットから携帯が滑り落ちた。
「……携帯」
あたしは気が付いた。昨日来ていた変なメール。あたしは携帯をすぐに開き、メールの確認をする。そこには確かにあった。
『お腹の赤ん坊を降ろせ。そうすればお前の命は助けてやる』
『赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。赤ん坊を降ろせ。そうすればお前の命は助けてやる』
今見ても気持ちが悪い。でもそれより確かにこのメールは存在している。ということは間違いなく、あたしは赤ちゃんをこのお腹に宿らせていたということ。でも朝起きたらそれはなくなってて。病院も……。意味が分からない。
と、その時メールの受信画面に突然切り替わった。
「え?」
驚いたあたしは画面に食い入るように見る。受信されたメールは、また知らないアドレスからのものだった。
『降ろせ』
その一文だけだった。どういうこと? あたしは余計に混乱した。降ろせって、赤ちゃんを降ろすということなのか。もうあたしの中にはいないのに。それなのにまたこんなメールが。
みんなあたしの気が狂ってると思っている。でも確かにメールには赤ちゃんを降ろせと書いてある。このメールがあるということは確かに赤ちゃんは存在していたということ。ということは病院はグルになってあたしを騙している? でも確かに昨日寝るまでは赤ちゃんがいたのに、急に消えるなんてそんなこと。
その時、電話がかかってきた。病院の先生からだった。
『あ、柳瀬さん。精神病院の先生に言っておきましたので言ってください。場所は――』
「先生、嘘ですよね? あたし、やっぱり赤ちゃんいましたよね?」
『……、柳瀬さん。精神病院で一度見てもらってから……』
「その必要はないですよ。赤ちゃんがいた証拠があるんです。間違いなくあたしのお腹には赤ちゃんがいました。そして病院でも見てもらいました」
『……』
「先生が、盗ったんですか?」
『え?』
「返して……、返してください!! あたしの赤ちゃん!!」
『……がッ……ババッ……プッ……おろ……ろせ……』
「え?」
あたしは、電話機の向こうから突然聞こえてきた謎の音に耳を傾けた。
『……』
なにも聞こえない。気のせいだったのだろうか。
「せ、先生?」
『……赤ん坊を降ろせ』
地獄の底から、搾り出すような声を聞いた途端携帯を落としてしまった。それもそのはずだ。今の言葉は、あのメールの内容そのままだ。あまりに驚いたため、あたしの身体は動かない。落とした衝撃で電話は切れたらしい。また電話がかかってきた。でも身体はなぜか動かない。しばらくコールが鳴った後、留守電に切り替わった。
『ピーー。……降ろせ。赤ん坊を降ろせ。降ろせ。赤ん坊を降ろせ、降ろせ、降ろせ、降ろせ、降ろせ』
その声は、留守電が録音する時間ずっと流れていた。意味がわからない。あたしのお腹には赤ちゃんがいない。突然消えたのだ。赤ちゃんを降ろせと言われてもいない。降ろせない。どうすればいいの?
「あたしにどうしろって言うの?」
あたしは、ポツリと呟いた。その時、あたしは気が付いた。
「そうか、なんだ簡単なことだった。あたしのお腹の中には今も赤ちゃんがいるんだ」
あたしは、力なき足で立ち上がると、フラフラっと台所に向かう。そして、棚からある物を手に取った。それは包丁だった。
「待っててね。あたしの赤ちゃん。今、出してあげるから」
あたしは、手に持った包丁を振り上げる。
そして自分のお腹目掛けて、なんの躊躇いもなく振り下ろした。
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『先日、アパートの一室で女性の変死体が発見されました。亡くなったのは、柳瀬かなでさん。二十七歳。女性は包丁で自らのお腹を切り裂き、臓物を大事そうに抱えて亡くなっており、警察ではこの件を自殺と断定し……』
『専門家の先生は、この猟奇的自殺をどう見ますか?』
『一種のストレス障害でしょう。他の動物でも極まれに見られるのですが、いわゆる”想像妊娠”というものだと思います』
世間は連日、この話題で盛り上がっている。夫を亡くしたことで精神的に病んでいた。それが原因の想像妊娠だと思う。妊娠したと勘違いしたあたしの心と身体は、それに備えはじめ母性本能が出てきた。それに伴い、神社へと安産祈願、その帰りに階段から落ちたあたしは、病院への通院、定期治療。
その間も、あたしの中の勘違いは大きくなっていく。そして半年。あたしの想像妊娠は終わった。
あのメールや電話は、きっとまともなあたしが残したメッセージだったのかも知れない。
”想像の中の赤ちゃんを降ろさないと、自分の命が危険にさらされる”という意味の自分に向けた生きることへの最後のメッセージ。
了
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