第二話 二拝①
言霊。それは言葉が持つとされる霊力。
声に出した言葉が、現実の事象に何某か影響すると信じられ、
良い言葉を発すると良いことが起こり、
不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた———
これは歌手の天音響が、言霊を操る神主の仲間達と共に
かけがえのない人々、土地を守る
異能力バトルファンタジーである。
病室で昨日の夜の出来事を何度も反芻していた。
「使えるって……そもそもあれは一体……」
「あ、あれはね〈大祓詞〉って言って、まぁ要するに悪い敵を倒す必殺技みたいなものよ。スカウトしておいて悪いけど、守秘義務があるからあまり詳しくは言えないわ。ごめんね」
彼女は微笑みながら、人差し指を口の前に添えた。
「じゃああの化け物は…………」
「うーん、ごめんなさい。それも言えないわ 」
じゃあ何なら言えるんだ……そう思いながら質問を考えていると、
「あなたに用意されている選択肢は2つ。神主になるか、今日会ったことをすべて忘れて、きちんとリハビリをして退院するか。よ」
「後者を選ぶときはその首のしめ縄も返してもらうわ。ごめんね」
こんなの選択肢がないのと同じだ。でも声が戻るなら———
「———神主になることを選んで歌手活動も再開しようって思ってる? ある理由があって、歌手活動はまだしばらくやめてもらうわ」
「しばらく?」
「そう。しばらく。 うちは副業オッケーよ」
「…………なら———」
答を言おうとした時、脳裏にさっきまで化け物に襲われていた記憶がよぎり、言い淀んでしまった。
あの時は勇気が出て立ち向かえたけど、次はどうなるのだろうか———
「———まぁ別に答えは急いでないわ。後日また遣いを送るから、その時までにゆっくり考えておいといてね。
それまでそのしめ縄は貸してあげる」
「はい……ありがとうございます。 助けてくれたのも、ありがとうございます」
「どういたしまして。あ、あとボロボロになった病院の事は気にしないでいいわ。怪我人も出てない。安心して。またね」
彼女が自分を横切って帰ろうとしていた。
————最後にこれだけは聞いておきたかった。
「あの! そもそも自分と談話室で話してた時とは性格が全然違う。どっちが本物なんですか?」
彼女は半分振り向きながら頬を緩ませ、言った。
「どっちだろうね? 内緒」
そう言うと彼女は数蹴りの内に、病院外の建物の影に消えた。
化け物が出ていた時の霞も同時に消えた。これも彼女の仕業だったのだろうか。いや、そういえばさっき誰かの名前を言っていたような……
振り返ると確かにさっき敵に壊されていた病院が、まるで嘘のように綺麗さっぱり元通りになっていた。
未だ理解に苦しむ状況に頭を抱えながら、病室に戻った。
それから朝になるまで、もちろん寝られなかった。
首のしめ縄は取っておいている。こんな怪しいものを付けたまま先生と面談できないし、急に声帯を摘出した患者が話し出したら事だろう。それより————
昨日の華子さんの口調は、今までと全く異なり、突き放すような口調だった。
ただ、不思議と嫌味な感じはせず、寧ろ包み込まれるような安心感があった。これは今までと全く変わらない感覚だった。
あれは何故なのであろうか。そしてそんなことよりも————
これでまた歌える……! そう考えながら手のひらにある希望を見つめていた。
————病院の廊下で男女が話している。
「何号室だっけ?」
「三〇二号室だ。さっき言ったぞ」
「わかってるわよ!一言多いわね。ここね!」
————ガラガラガラ!
病院ではあり得ないほどスピードでドアが開いた。
「あら個室! さすが、歌って踊れる〈令和のマイケル・ジャクソン〉ね~!」
「一言多いぞ。以前ファンって言ってたじゃないか、会うのが楽しみだって」
「うっさい! あんたも一言多い!」
急な出来事に呆気に取られているうちに、男女二人組が目の前に立つ。
薄いピンク色で、セミロングのゆるふわ髪をカチューシャで止めた女性と、
茶髪で短髪、ガタイがいい男性だ。
まずは女性の方が口を開いた。
「あんた、天音 響ね? 私院瀬神社の〈禰宜〉の早乙女 律歌。 よろしく~」
所謂ギャルって感じだ。
続けて男性の方が口を開いた。
「同じく院瀬神社の〈禰宜〉の東 弦之介だ。よろしく。
隣のやつが説明しなかったから説明するが、〈禰宜〉というのは、神社の長である〈宮司〉の補佐役の事だ。
因みにその下は〈権禰宜〉と言う。その他にも神職……あ、神職とは神主の正式名称だ。その見習いである〈出仕〉や、〈伊穏神宮〉では〈祭主〉〈大宮司〉等と言った———」
「うっっさい! 一気に説明しすぎ!困ってんじゃん!」
「……」
東さんが直立不動のまま黙った。眉間に皺が寄っている。
「ということだから、それ、付けていいわ!」
華子さんゆっくり考えてって言ってたような……
そう思い返しながら、しめ縄を締めて答えた。
「は、はじめまして……天音 響です。 ご用件は自分が神職になるかどうかってことで、よろしいでしょうか……?」
早乙女さんが答える。
「そ。 で、どうなの? 」
「ごめんなさい、流石に昨日の今日なので、まだ決められていないです。でも、やってみたいって気持ちはあります」
そう答えると、東さんの口が開いた。
「そうか、ではひとまず退院して院瀬神社に向かうとしようか。職業見学をすれば、何か見えてくることもあるだろう」
「————へ?」
早乙女さん、東さんと共に病院を出た。退院したのだ。
「こんなにスムーズに退院できるなんて……まだ入院期間は2か月残ってたような……」
退院手続きも、ものすごいスムーズだった。少し前を歩く二人に問いかける。
「まさかこれも華子さんの仕業ですか……?」
東さんが口を開く。
「そうだ。だいぶ前からお前は神職の才能があると華子さんは言っていたからな。こちらとしては粗方予定通りの退院だ。病院側に話は通ってる」
「病院と神社ってそんなに繋がりが深いんですか?」
「病院と、ではなく院瀬区全体とつながりが深いといった方が正しいだろう。院瀬神社に祀られている
<常世神>様はこの街全体をお守りしてくださっているからな」
「常世神様……」
この街の神様……聞いたことがない名前だ。ふむふむ。と話を聞いていたが、まずそもそもの話をしなくては。
神職というのは皆強引なのだろうか……
「でもまだ自分神職に就くって決めた訳じゃ————」
早乙女さんが話を遮った。
「自分の声を取り戻したい。その為には神職になるしかない。でも昨日の事のような事件に巻き込まれるのは怖い。そもそも神職が何をするのかも知らない。ってところでしょ?」
神職というのは皆心が読めるのだろうか?
「大体あってます」
彼女が言葉を続ける。
「あ、あともう1つあるか。『昨日の華子さんめっちゃ綺麗でかっこよかった! 自分もあの力が使えるなら、誰かを守れるようになりたい!』でしょ?」
彼女がにっこりと微笑みながら問いかけてきた。図星だ。
「うっそれは……」
「うちらも大体似たようなもんだったから!」
それを聞いたとき、隣の東さんも微笑んでいた気がした。
「まぁ諸々は昨日みたいに見て理解した方が早いっしょ! あ、松木屋のおばちゃんだ。おーい!」
早乙女さんが少し先の、恐らく和菓子屋さんにいたおばあさんの元へ駆け寄った。
「あら、律歌ちゃんじゃないの。お勤めご苦労様です」
早乙女さんとおばあさんが会話をしている。「丁度いい」と東さんが呟いた。
「我々神職は定期的に行う祭儀、所謂お祈りの事だな。
その他にも、ああやってこの地に住む人々と交流を行い、何か困ったことがあれば解決に尽力している。神様は我々神職以外とは、直接交流をはかれないからな。神様の代わりに私たちが対応しているんだ」
「なるほど」と話を聞いていると。「二人とも~!」と早乙女さんが何やら真剣な顔でこちらに顔を向けた。
東さんの顔つきも変わる。
「この世には人間の力では及ばないこともある。その時我々は神様のお力をお借りするのだ」
「なにかありましたか?」
東さんがおばあさんに問う。
「ここの裏にある、〈どんぐり公園〉なんだとけどねぇ、ここ数日夜になるとなにやら叫び声のような声が、聞こえる気がしてねぇ。
悪い夢も見るのよ。近所の人達とも話したんだけどねぇ、何人かも同じような被害にあってるみたいなのよ。また何か悪いことが起きるのかしら」
真剣な面持ちで話を聞いていた早乙女さんが、砕けた表情で答える。
「大丈夫ですよトネさん!私たちに任せてください!」
トネさんと別れ、〈どんぐり公園〉に向かう道中、二人が教えてくれた。
「恐らく公園にいるのは、〈穢童〉の幼体ね~。まだ直接的な被害も出てないみたいだし」
「ワイズ?」
「神様から祓った穢れが、形を持った存在だ。人々が感情、意思をこめて放った言霊を食し、大きくなっていく。」
「我々が定期的に行っている祭儀は、神様を祀り院瀬区の安寧を維持することと、日々の人々のお祈りで神様に付着してしまった穢れを祓って洗い落とす意味がある」
「皆お賽銭してお祈りをするでしょ? 家内安全とか、商売繁盛とか。 でもやっぱりいるのよね。『あいつを呪ってください』とか、誰かを貶めるようなお祈りをする人。 そういう願いが、日々神様に穢れとして纏わりつくの」
「その祓われた穢れがあんな化け物に……」
昨日の出来事がふと蘇る。
「でも言霊を食べるってどういう……」
言霊……聞いたことはあるがよく分かっていなかった。
「霊力が宿った言葉。それが<言霊>だ。発した言葉の意味や感情がそのまま現実の事象に影響を与える」
「我々神職以外にも、言霊を行使する力は誰しもが少なからず持っている。
訓練されていない人間の、感情の籠った言葉には霊力が無意識でも宿る。基本的には現実に影響を与えるほどの霊力は持たないがな」
「霊力?」
「この日本で神様のご加護を受けている人々すべてに宿る、超常的な力よ!」
そう答えながら早乙女さんは力こぶを見せるポーズをした。
東さんが話を続ける。
「一般人が放つ言霊は、もし何かに宛てて口に出したものでも、殆どは行き場を持たずに彷徨う。穢童はそういった迷子の言霊を餌にするんだ」
————ひとつ気づいたことがあった。
「歌手をしばらくはやめて貰うって……」
「そういうことだ。 特にお前は霊力の量が人より多い。華子さんがスカウトした理由の1つだ」
東さんが答えた。
「自分の霊力が……」
「……いたわよ」
公園のひと際大きい樹の上に化け物がいる。昨日のやつとは大きさも、見た目も違う。
「昨日のやつより小さいし、……あれは蜘蛛?」
大きな目玉が2つ付いたバイクほどの大きさの、蜘蛛だった。
「昨日のやつは多くの餌を食っていたみたいだからな」
「華子さんじゃなかったら結構苦戦してたと思うわ。 でもあいつなら————」
早乙女さんが自分たちの前に立ち言った。
「今度は私が将来有望の後輩候補にいいとこ見せるわ。いいわよね、東? 祓所の展開頼むわね」
「まぁいいだろう。譲ってやる」
東さんが床に手を当て、なにやら言葉を唱えた。
【祓所の大神等】
【祓へたまい】
【清めたまへともうす事を】
【恐み恐みもうす】
瞬間、辺りが霞がかる。
「これは〈祓所〉と言って、我々が住む現世と神様がお住みになられる〈高天原〉を繋ぐ世界だ。
現世とは隔絶された世界だから、この結界の外にいる周りの人々には見えないし、感じることも出来なくなる。周りの建物も別物だ」
「だから昨日あれだけボロボロでも何ともなかったのか……」
「祓所の中で無くとも我々は神様の力をお借りすることが出来るが、関係ない物にも被害が出てしまうからな。さぁ、解説は終わったぞ」
トンッ、トンッ
早乙女さんが軽くジャンプをしながら、徐々に神職の装束に姿を変えていく。
黒い帽子のようなものに、白い紋様が入った、紫の袴。
上着の紋様は華子さんのそれとは異なり、黄色と黒色で、何やら蜂のような文様だった。
「さーてと! いくわよ」
なる早で更新していく予定ですので、応援のほどよろしくお願いいたします!