代償
シィナたちがローゼンの応援に行ってから、サラスは仕事に手がつかない状況であった。
目の前にいる冒険者に話を聞いているのかと怒られるのは、今日何回目であろうか。
ダンジョン進化という異常事態が起き、ギルド内にも不穏な空気が漂っている。
ほかのギルド職員たちもどこかそわそわとしたような様子で仕事をしている。
しばらくすると、入り口から外の光がギルド内に入り込んだ。
入ってくる人達をみた冒険者はざわざわとしている。
ギルドに入ってきたのは、シィナたちだった。応援に出たメンバーが勢ぞろいでぞろぞろと帰ってくる。
ギルド内がざわざわとしているのはシィナたちが戻ってきたことだけに対するものではない。
ひと際注目を集めていたのは、シィナたちと一緒にいる少年だった。
シィナと手をつなぎながら歩くおよそ8歳前後の少年。
大きめの布で身を包んだ少年の目はくりくりとしており、愛らしい見た目をしている。
まるで、ローゼンをそのまま小さくしたような姿であった。
サラスは目の前の冒険者との会話と中断し、シィナのもとに駆け付ける。
サラスと話していた冒険者は悲しい目をしながら唇をきゅっと結ぶ。その悲しげな風貌は真っ白に燃えつきたような姿だ。前向きに生きてほしい。
「ギルマス!!無事でよかったです!ローゼンさんは!?」
あたりをキョロキョロしながらシィナに問いかけるサラス。
「おお。サラスか。無事帰ったぞー。仕事中じゃろ。戻っておれ。」
シィナは緩み切った顔で答える。サラスは初めて見るシィナの表情に違和感と怒りを覚えつつも止まらない。
「そんなことはどうでもいいんです!ローゼンさんは!?」
受付で一人棒立ちしている冒険者から悲しげな視線が刺さる中、サラスは気にせずシィナを問い詰める。
「まぁまぁ。そう慌てるでない。」
「大きな怪我でもしたんですか!?それとも、も、もしかして、ギルマスたちがダンジョンに着いた時にはすでに・・・」
「落ち着けい。おぬしはローゼンのこととなると周りが見えなくなるのが玉に瑕じゃのう。」
顔を近づけてくるサラスを杖でグイグイと制しながらあきれるシィナ。
すると、さっきまで黙って様子を見ていた少年はシィナに抱き着き、サラスから身を隠すように位置を取る。
「怖い・・・。」
少年のつぶやきを聞いたシィナはとんでもない速度で少年に抱きつき、頬ずりを始める。
あえて言おうデレデレである。
「おお。怖かったのぉ。お姉ちゃんがついとるからの!!ほれもっとギュッとせい。
ぐへへたまらん」
いつもとかけ離れたシィナの姿や異常な光景でサラスは冷静さを取り戻し、異常な光景について質問する。
「その子は何ですか」
サラスはちらりと少年に目をやると、少年を見つめながらシィナに問いかける。
少年はサラスの視線に気づくとさらにシィナの後ろに隠れる。
「そんなに見るでない。おびえておるじゃろが。」
「怒ってないのよぉ。お名前教えてくれる?」
サラスはおびえられたショックを受けながら屈んで少年に声をかける。
「・・・」
「お姉さんお名前知りたいなぁ」
「・・・・・・ローゼン」
「っ!!?」
ぼそりとつぶやいた言葉にサラスは目を丸くし、シィナをにらみつける。
「どういうことですか?」
「その子が言った通りじゃよ。そいつはローゼンじゃ。
言っておくがそっくりさんでも血縁者というわけでもない。
お前の知っとるローゼンその者じゃぞ。」
「え?えー・・・。???????」
サラスは頭も体も完全に硬直し、今起きている状況をゆっくりとかみ砕くのであった。
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シィナたちが帰還し、しばらく時間がたった。
職員たちも一部は通常の仕事に戻り、シィナも自分の部屋に戻り今回のダンジョン進化に関する書類をまとめている。受付で放置されていた冒険者もこれにはにっこり。
まるで昨日までのギルドのようだ。いつも通りの風景。
ただ一部屋を除いて。
シィナの部屋のソファにはかわいらしい寝顔でぐっすり眠っている少年の姿があった。
部屋の外からはギルド職員の女子たちがガヤガヤと少年を覗いている。
「可愛いね」
「あっ!親指くわえてる!可愛い!」
「まじ天使」
「後で襲おう・・・♠」
それぞれ好き勝手しゃべっている姿を横目で見るシィナは、仕方ないかという顔で仕事を続けている。
ただならぬ顔をしているのは部屋の扉を壊す勢いで握りしめ、少年を見つめているサラスだ。
かれこれ数十分はこうしている。
「いい加減仕事に戻れ。ずっとここで油をうってるでない。」
やれやれと言わんばかりのシィナはサラスに向かって声をかける。
他の覗いていた女子たちは注意されるのを恐れて仕事に帰っていくが、サラスは動かない。
「おい。サラス。おぬしも戻らぬか。ローゼンが心配なのは分かるがこやつの様子はわしがみとる。
気にするでないから行くがよい。」
「もう上がったから大丈夫です。」
「へ?」
「もう今日の仕事は終わりにしたので大丈夫です。」
少年を見たままシィナにも目をくれず淡々と返答するサラス。
「いやギルマスのわしがその話聞いとらんのじゃけど。」
「副マスにいったから大丈夫です。」
副マスとは副ギルドマスターの略でギルマスの下の地位にいる人で、ギルマス一人では対応しきれないことをサポートしている立場だ。ちょっとした相談事や出来事などはギルマスまで飛ばず、副マスが対応することがほとんどである。
「あやつが許可したか。面倒なことを・・・。」
疲れた顔になるシィナ。
「もう飽きるほどローゼンを見たじゃろ。なんでここにおる?」
「まだ納得できません。説明もまともに受けてません。信じられません。」
「じゃあ簡単に説明してやる。ローゼンにはあやつしか使えん最強と言える魔法がある。
普段はお目にかからんし当然ローゼンも使いたがらん。」
ずっと淡々と話すサラスにシィナは説明を始める。
「なんで最強なのに渋っているんですか?」
「代償があるからじゃ。」
「代償?」
「子供になるからじゃ。」
「は?」
「子供になるからじゃ。」
何度聞いてもぽかんとした表情のサラスは、シィナから少年に目を向ける。
「原理は分からん。以前ローゼンがその魔法を使ったときも子供になっていた。
前回子供になったときは一日で戻ったから今回もそのくらいで戻るはずじゃ。」
「じゃあ、本当にこの少年は・・・ローゼンさん?いや、そんなばかな」
「疑り深いのう。面影があるじゃろ。まあ明日になればわかるはずじゃ。」
サラスは少年に近づき、顔をじっと見つめる。
すると、「ううん」と声を漏らし、少年が目を覚ました。
ぽやんとした表情で周りをキョロキョロと見まわし、サラスに目をやる。
「おはよぅ」
「ぐはっ!!」
にへらと笑いかけて挨拶をする少年にサラスは膝をつく。
「この整った顔からあふれ出るやさしさ、可愛さの中に見え隠れするクールなカッコよさは・・・間違いなくローゼンさん・・・。ショタローゼンさんの寝起き挨拶・・・プライスレス。」
「倒れよった・・・。」
ぶつぶつと独り言を言いながら倒れるサラス。
少年は心配そうにサラスの頬を指でつつく。
「やれやれ。心配したり怒ったり疑ったり倒れたり忙しい奴じゃなぁ。のうローゼン。」
シィナはローゼンに優しく語りかけながら、あきれ顔でサラスとローゼンを眺めるのであった。