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フランジア侯爵家のセインと、子爵のエセクター家のチネロの婚約は母親同士の約束によるものが大きいかった。
チネロの母のポーラは彼女がまだ10歳にもならないうちに亡くなった。
今際の際、痩せ細った彼女が一緒に過ごしたいと願ったのは家族と、親友のメリッサだった。
「ポーラ、元気になってその姿を見せて」
メリッサは泣き崩れる家族とは違い、気丈にポーラを元気付けた。
しかし、ポーラはすでに自分の命の灯火が消え去る瞬間を悟っていた。
「いいえ、もうダメよ」
だからこそ、彼女は最期の力を振り絞ってメリッサに、この世で一番信頼できる心友に願いを託した。
「どうか、娘のチネロをお願い。幸せになれるように気にかけて欲しいの……」
ポーラはそれだけ言い残して息を引き取った。
「お母様……」
泣きじゃくる弟のジョージを抱きしめて、気丈に歯を食いしばるチネロは、母の代わりになろうとしているようで痛々しく。メリッサは、ポーラの願いを叶えたいと強く思ったのだ。
それが、セインとチネロを不幸にする結果になってしまった。
喪が明けてメリッサは、チネロの父親に縁談を打診した。
父親は最初は家格が釣り合わないからと、申し訳なさそうにしていたけれどメリッサの後押しでなんとか了承した。
そして、チネロが12歳になり二人の婚約が決まった。
この時、15歳になったばかりのセインには心に決めていた少女がいた事をメリッサは知らなかった。
セインは政略結婚の意味を良く知っていたし、それを受け入れていた。しかし、損にも得にもならない子爵家と結婚する事を少しだけ不満に思っていた。
チネロと初めて顔を合わせた時、それは、強くなった。
なんだ。この野暮ったい女は……。
セインは、キャラメルブランドの髪の毛をおさげにした、チネロを見て目を見張った。
チネロの姿は年齢相応の12歳の少女だ。しかし、学園に通う垢抜けた少女達と比べたらあまりにも野暮ったく見劣りするように見えた。
綺麗だと思えたのは、珍しいアメジストの瞳だけだった。
メリッサの口から語られるこの縁談の裏話を聞かされ、セインは苛立ちを覚えた。
つまり、この女の母親のせいで、こいつとの婚約が決まったという事なのか……。
頭の血が沸騰するような怒りをセインは抑えるのに必死だった。
フランシア家の損にも得にもならない相手と結婚が許されるのなら、セインの想い人であるエセクター家と同じ子爵のカナヤン家のエリーと結婚だって出来ただろう。
そう思うと、セインはチネロに憎しみを募らせ始めた。