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という話  作者: 門松一里
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「適当に生きる」という話

「適当に生きる」という話


適当に生きればいいのですよ。


もっと不器用でいいのです。


少し考えてみましょう。


*****


適当に生きればいいのですよ。多少無様でも。


もっと不器用でいいのです。


何でもバランスを取るのは大変ですから、それを日常であっちこっちすると疲れますよ。


あっちへ行ったりこっちへ行ったり、迷うのが人間です。


どうせ百年しかいないのに、何を苦悩するのかしら。



世界には楽しいことがいっぱいあります。それを知るのも人生の旅の一つであるのに、多くのことに固執してけっきょく手から零れ落ちてしまう人生は端 (はた) から見ていても辛いものです。


人生の岐路をどう選択しても、いくらかは後悔します。けれど、過ちを正すところまで戻ればいいのです。そうした余裕を持つことです。


何度も言っていますが、人生の岐路をどう選んでも走っている車窓からの景色は変わりません。自分が望む風景に近づきます。その風景に出会えたなら、美しいと言葉にします。それだけです。


多くの人は選んだ岐路を美しく見せようとしますが、人生は車窓からの眺めでしかないのです。ですから、選べなかった岐路も見ることができます。



人生では何度か誤ってしまうことがあります。そうしたときはすぐに戻れません。もう一周するしかありません。あるいは、止まってやり過ごすしかありません。焦らなくてもいいです。そうした時のほうが景色は美しいですよ。何かにさせられているほうが楽ですからね。特に過ちを正すのは楽なのです。しなければいけないのですから。



親しい人と分岐点で別れても、すぐは同じ景色を観ています。でも、車窓は変化します。やがて、向こうの窓の景色は観えなくなります。けれど、観えなくていいのですよ。その苦悩を知る必要はないのですから。



絶対に他の人と、同じ車両に乗ろうと思わないことです。自分の子供であれ、自分とは違う他の人なのですから、別の列車に乗っています。幼いころは連結していても、いずれ分かれます。立ち止まって、親が行きたい方向に分岐を変えるのですか? やめておきましょう。脱線するに決まっています。


他の人の人生を知るとしても、その人が観た車窓の景色を観るか、自分やその人とは違う第三者からその人の列車を観るかしかできません。車内の様子を知ることはできませんし、知る必要もありません。推察して口に出してもいけません。不粋ですからね。


せっかくの同時代人なのですから、同じ景色を観ませんか。


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