僕がいた家
16時半を知らせる夕焼けの音
母の背中越しにのぼる湯気
台所から漂う焼ける秋刀魚の匂い
僕がいて 母がいて 父のような人がいて
ちゃぶ台を囲み
並ぶ長皿の秋刀魚を
もの足らなそうに箸を舐める僕に
「ほら」と笑いながら自分のを半分に割ってよこす
箸を迷わせた
あの 夕暮れが
僕のいた家
揺れる電車 胸に抱えた紙袋
綺麗な包装紙が覗く
ベルトのよれた腕時計
16時半を知らせる夕焼けの音
駅も電車も吊革も
夕焼けと僕を通過した
もの足りず箸を舐める僕に
父のような人が「ほら」と笑いながら半分に割った秋刀魚をよこす
僕はそれをじっと見る
箸を舐めて
僕は母をじっと見る
身に少し醤油が染まった秋刀魚をじっと見る
箸を迷わせた
あの夕暮れがある
僕のいた家
夕焼けの音が流れる
僕のいた家
僕のいた家を思い出す
綺麗な包装紙が紙袋から覗く
よれたベルトの腕時計が16時半を示す
電車の吊革と夕焼けが僕を通過する
あの僕と今の僕を結ぶ茜色の夕日
僕のいた家
僕のいた家