純粋なる日々
椿の高まる魔力を見て、グロルは戦慄する。
椿がいくら魔力を高めようと、グロルが魔法を視認している限り、浄化できる。
だが、もし椿がグロルの後ろに転移しようものなら、今のグロルに浄化を防ぐ術はない。
だが、それでも、この魔法を止めなければ、その先を考えている暇もない。
「"神光武装・展開"」
グロルはどんな攻撃が襲ってきてもいいように、巨大な大剣で防御行動をとる。
これで、魔法は浄化できる。そう信じて………
「氷・炎・岩複合魔法………"水爆溶煌"」
紅に染められた光が、グロルに向かって一直線に飛ばされた。
もはやビームとも言えるその魔法は、グロルの大剣に直撃した。
直撃した。これで浄化ができる。そう考えていた数秒前の自分を殴りたい衝動にグロルは襲われた。
浄化しきれない。止めるだけで精一杯だ!
地上の人々も絶句している。
先程まで、椿のことを味方と思っていた人々も、実は椿こそが黒幕なのではないかと疑っている。
花恋とリーリエは呆れたような顔をし、光達も驚いている。
「正気か冒険者ぁあ!」
グロルはさらに大剣を具現化して、魔法を止める。
「この魔法は世界を………いや、人類を滅ぼしかねん領域だぞ!」
超火力。故に強力。構造はシンプルな魔法だ。炎と岩の複合魔法"溶熱岩牙"に少量の氷を加えることにより、強制的に水蒸気爆発を引き起こしている。それを魔力で圧縮し、指向性を持たせることによって、超火力を生み出しているのだ。
「おいおい、こんな時だけ一般の冒険者呼ばわりか?神なんじゃないのか?俺は」
「お前のような神がいてたまるかぁ!」
最もだ。誰もがそう思う会話だが、生憎、ここにそれを言う人物はいなかった。
(なぜなんだ………)
グロルは椿の攻撃を受け止めながら思考する。
(なぜ、神は私を裁きに来ない………?)
グロルはそれこそ、誰かに裁かれたかったのだ。
(純粋ならば、なにをしても赦されるのか?)
魔物のようにあれば、誰も裁かないのか?それは不条理出なく、それこそが真理である。
(ならば、私はどうなのだ?純情なる思いで、禁忌を犯し、人類の敵に手を貸し、未練を利用し、彼女の願いを裏切り、なんの罪もないあの子を利用した………)
グロルの脳内に、かつて彼女が殺された村で、唯一グロルに謝りに来た少女の姿を思い出す。
誰かが止めた気もした。エルザが止めようとしていた。
だが、そんな気持ちも気付かず、ここまでやってきた。
全ては、純情なる激情のままに。この日のために。
(どうして、なのだ………)
はやく楽になりたかった。はやく、自分を裁いて欲しかった。誰かに、止めて欲しかったのかもしれない。
だから、
(いつまで、見逃すのだ!)
いい加減に、してほしかった。
(なら神よ、コレはどうだ?いいのか?今、この瞬間にも無邪気に世界を滅ぼそうとしているぞ)
椿のことを思い浮かべる。無邪気など、無自覚な邪気でしかない。
こんなものが………赦されるはずがなかった。
護る、価値などなかった。
(何一つ、尊いことなど………)
ない、と。否定したかった。
やがて、大剣は突破され………
「………ここは」
気が付けば、グロルは見たことの無い場所に立っていた。
周りは白く、少しだけ輝いている。そんな空間だ。
「もしや………」
椿の魔法によって、完全に殺されてしまったのではないか。そんな思いが駆け巡る。ならば、これは死後の世界………。
「だったら………」
彼女がいるはずだ。そう思い、周囲に視線を巡らせると、
「あ、やっと気がついた?」
彼女が………ルーラが立っていた。
グロルの彼女。名をルーラ。生涯、グロルが唯一愛した女の名前だ。
「ルーラ………」
「そうだよ。私の名前。久しぶりだね!グレイス………」
ルーラは優しい声でグロルに話しかける。
そんな、少しの会話だけでも、涙が溢れ出してくる。
「あーあ。教会のみんなは知らないことだけどさ、昔からグレイスって泣き虫だよねー」
そんなことを言いながらも、優しく、涙を拭ってくれる。そんなやり取りでさえ、懐かしくて、嬉しくて………
「そっちは………寂しくないのかい?辛くは、ないのか………?」
「うん………だから、ね?グレイスも、もう、逃げないで?」
ルーラはグロルの頭を撫でる。
「ずっと、グレイスは辛かったはずだよ?決して癒されぬ心に。そして、それ以上に。純粋に私との思い出を否定する日々は………」
確かに、グロルはキツかった。あの、忙しくも、楽しかった日々を否定したくはなかった。
「辛かったかもしれないし、ずっと一人で抱え込んで寂しかったかもしれない。だけど、これだけは言わせてね」
すると、ルーラは真面目な顔をして、グロルを見る。
「嫌なことも、辛いことも全部自分の記憶だから。だから、ちゃんと受け止めて、ね?記憶から、逃げないで………」
そして、その言葉は確かに、グロルの胸の中に届いた。
「ルーラ………」
最後に、抱き締めたくて手を伸ばすが、
「だーめ」
それを他ならぬルーラに拒まれた。
「な、ぜ………?」
「だって、私はもう、死んでるもん。まだ、この世界を生きている、あなたにそんなことをしてもらう資格は、ないんだよ?」
すると、ルーラはグロルの肩を掴んで、反対方向に向て、背中を押した。
「さあ、行って?あなたが犯した罪の後始末のために。あなたのために、あなたと戦ってくれた彼と決着をつけに!」
ルーラに優しく背中を押されたグロルは、少しだけ振り向くと一言………
「わかった。いってきます」
最後の瞬間、ルーラが笑った気がした。
それだけ見ると、グロルは正面に視線を向け、世界がひび割れた。
そして世界が割れると、そこには星が煌めく夜空。そしてグロルに向かって手を伸ばす椿の姿が。
グロルは少し後ろを向く。そこには、割れた結界が………
(全く………お節介な人ですね)
先程までの幻。グロルが見たかった景色を、世界を見せる幻だろう。
そして、椿の魔法が当たる寸前に、グロルに結界を展開したのもまた椿。
そして、その男が、今はグロルの目の前にいる。
(真正面から………全く、あなたは………本当に、最後まで、付き合ってくれるのですね………)
「上里椿ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
グロルもまた、自分が出せる最高の魔法を発動する。
浄化系、最上級神聖魔法。その名も………
「"大聖極光砲"!!」
超特大の聖なる光が椿がいる斜め上に向かって発射される。
そして、浄化の光が晴れた先には、笑顔を浮かべた椿の姿が。
(あぁ………)
椿の手から、光が
(負けたのですか………)
放たれた。
「"大聖極光砲"」




