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破壊の衝動

 教会は現在避難所になっていた。


 祭りの最中に突然発生した大量のアンデッドの軍勢。逃げ惑う人々。そんな彼らを助けるために、十台神官を始めとした聖職者は人々に治癒を施す。


 だが、我先にと治癒を志願する人々で教会は溢れかえり、落ち着いてと宥めていた修道女の一人が怪我をした。


 だが、それを理由に神官達は怒りをぶつける訳にはいかない。治癒を施す手を止める訳にはいかない。


 幸い、教会の前には敵の幹部であろうもの達を討伐したという勇者一行がアンデッドからこの国を守ってくれている。


「………」


 十台神官が一人、ユウリは悩んでいた。まだ若いながらも神官という役職に辿り着いた彼女は、エルザがいない理由も、教会がいない理由も察してしまっていた。


(エルザは………グレイス様を慕っていた………この暴動はグレイス様が………)


 そんな可能性が頭の中を駆け巡る。治癒を施す手を止めずに、ユウリは正解に辿りつつある人物だ。


 ほかの神官は気が付いていない。


 ユウリは残り少なくなったMPの補充のために、修道女に一度仕事を預け、ポーションを飲みに行く。


 いくら忙しくても、治癒を施すことができる神官が倒れたら、それこそ本末転倒だ。


 だからユウリは街が一望できる場所でポーションを飲んでいた。


(まだ、勇者様達は戦ってくれている………)


 そしてユウリは次に空を見上げた。

 空には雲がかかっていて、月が見えなくなっていた。


(せめて………)


 この空に明日への希望を見い出せれば。

 そう思っていた瞬間、雲の一部が突如発生した暴風により吹き飛ばされた。


「………え?」


 ユウリには、何が起こったのかわからなかった。だが、わかったこともある。


 爆ぜた雲から見える空。そこで戦っている二人がいた。


 きっと片方が今回の事件の首謀者。そしてそれを倒そうとしている少年。


 二人の戦いは拮抗しているように見え、


『〜〜〜♪』


 歌が、聞こえた。


「この声は………エミリー王女………?」


 聞いたことがある声。エスポワール王国の第一王女エミリーの声で間違えがなかった。


 なぜ、今この瞬間に。そう思っていたユウリの心の中に、不思議と勇気が湧いてきた。


 この歌を聞くだけで、胸の中に暖かな気持ちが湧き上がってくる。


 上空にいるものもそれをわかったのか、少年の近くに、大量に黒い何かが転移された。


 ユウリが下を見ると、そこには首のないアンデッドの集団があった。


「もしかして、あの数を………!?」


 ありえない。なんという常識外れ。だが、今この瞬間は、それが最も頼もしい。


 アンデッドと戦っていた冒険者も、勇者一行も、それに気が付き、空を見上げた。


 アンデッドの首は既に全てに火がついていた。


 まるで、少年を祝福する聖火のように。



 □■



 民が笑って過ごせる未来。


 確かに教皇として、そして個人として私はそう思っていました。


 貧しい集落には常に私財を削り、物資を届けた。


 感謝を求めていた訳では無い。ただ、人々が笑顔になってくれることが嬉しかったのだ。


 私をサポートしてくれる人もいた。十台神官である部下も手伝ってくれたが、最も私の助けになってくれた人物がいました。


 彼女は私の最愛の恋人へと、いつしか変わっていた。


 若くして教皇の座についた私はこの永き生を持って人々の助けになろうとした。そして彼女もそれを応援し、手伝ってくれた。


 だが、個人ではどうしても限界があったのだ。


 いくら助けても助けても無くならぬ貧困の街。


 私個人が物資を運ぶだけでは限度がある。


 そう考えた私は、彼らに仕事を紹介することにした。


 いくら神聖国と名高い我が国でも、就職は容易では無い。


 だが、私は就職を希望するものには全力で力を貸した。


 いくらなんでも全ての就職に困っている人々を助ける訳にはいかない。そう考えた私は、貧しいもの。そしてやる気のあるものにピッタリな職業を探し出し、紹介した。


 上手くいかなくて辞めた人もいるみたいだが、私はみんなが笑顔になれるように、と。頑張った。


 他の人たちを助けることに夢中になりすぎて彼女のことをしばらくの間放っていたこともあった。


 だが、彼女はそれを笑って許してくれた。時には喧嘩することもあったが、それでも彼女との関係は良好であったと言えるだろう。


 人々に私財を使いすぎて、生活に困ったこともあったが、彼女はそんな私を助けてくれた。


「頑張ってるあなたが好きだから」


 彼女はよくそう言ってくれた。


 だが、悲劇は突如として起きた。


 それは彼女と共に貧しい集落に食料等を支給しに行った時であった。


 彼らは、強欲にも今のままでは足りないと文句を言い出したのだ。


 わけがわからなかった。私は彼らの生活の助けになることが出来ればと、そう思っていたのだ。


 私とて人間だ。集落全ての人々の生活を賄うことなど出来やしない。


 だが、それをどれだけ言っても彼らは聞かなかった。そして遂には、「教皇は我々を救済する気はなく、哀れにも餓死する様子を傍観するだけの狂人だ!」とまで言い出した。


 彼女はその事に憤慨した。私は別によかったのだ。やることは変わらない。それに、そんなことを言ってるのは、その集落だけで、他の集落では、「仕事を手配して下さりありがとうございます」「貴重な私財を削って食料をくださり、ありがとうございます」と、感謝されていた。


 だが、彼女は「これじゃ努力が報われないじゃない!」と言って、一人でその集落に向かってしまった。


 不安になった私は、慌てて彼女を追いかけたが、辿り着いて見れば、もはや動かぬ肉塊になった彼女の姿であった。


「あんたが悪いんだよ」


 集落に住まう人はそんな言葉を私に投げかけた。彼女の死体には、殴られた跡も、蹴られた跡もある。


 私は我慢ならなかった。


 血の海に沈んだ彼女を見て思った。なぜ、彼女がこんな目に。本当に私の悪いのか?なぜ神はなにもしてくれなかった?


 どす黒い感情が渦巻き、そして絶望した。

 私は神に見返りを求めて仕えていたのか?と。


 そしてもう一度彼らを見た。絶望する私を見て愉快そうな表情をする彼らを。


 もし、ここで浄化を撃てば、彼らはどうなるのだろうか。


 どんな謝罪をするのか。そして彼らが謝罪をしたとして、私はそれを許すことができるのか。


 私の中の不安と憤りを拭えぬままに私は彼らに浄化を放った。


 そして次の瞬間、更に絶望した。


 何も、変わらなかったのだ。


 彼らは純粋だった。純粋に、私を憎み、そして私を庇う彼女を悪と決めつけ、殺した。


 悪の味方は悪だと。


 彼らは私の浄化に興味を失ったかのように帰って行った。


 彼らは、神の言う悪ではなかった。


 神の言う悪とは、悪意のあるものだった。

 ならば、神は純粋であるならば、何をしても赦されると言うのだ。


 ならば、何もかも純粋で、悪意なく本能の赴くままに行動するものは、もはや人間ではなく、魔物なのではないだろうか。


 ならば、私の悪は違う。


 私は神の教えに背くことにした。


 私の悪は自分のことしか頭になく、そのためには他人すらも犠牲にできるもの。


 そして私の中の正義、聖人とは、誰かのために身を投げ出すことができる人物だろう。


 ならば、悪を消し去るにはどうすればいいのか。簡単だ。選別すればいいのだ。


 だから、私は解放することにした。


 この力を。


 浄化でも晴れることの無い破壊の衝動を。


 そして選別しよう。


 この国の人々を。



 □■



 椿は、グロルの話しを静かに聞いていた。


「なるほどな………」


 椿はどこか納得したように呟く。

 そんな目にあったのならば、グロルがこうなるのも仕方のないことだったのかもしれない。


 だが、


「それでも、これは間違ってると、俺は判断する………」


 椿は改めて剣を持つ。


「………なぜですか?今ここで争いの刃を収めれば、あなたは救われるのですからね。ここで引くことをおすすめ「挫けろ」


 だが、椿はもうグロルの言葉を聞く気は無い。


「お前の事情はわかった。ならば、俺はそれを真正面から否定して見せよう。俺の全てを使って」


「………相容れませんね」


「お互い様だろ?」


 そして、最後の勝負が始まる。

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