明日
椿は慎重に火球を放つ。
ここで自暴自棄になって特攻すれば、それこそ終わりだ。
グロルには全てを浄化する剣がある。椿の潜在魔力や、技能によってある程度は相殺できるかもだが、それも完璧ではなく、そしてそれを続ければジリ貧にしかならない。
だからこそ椿は、地上が大騒ぎになっているにも関わらず、冷静にグロルを追い詰めるための攻撃を再開する。
「なるほど………激昂して襲い掛かると想像しましたが、存外冷静なのですね………お仲間が、気にはならないのですか?」
椿とグロルは二人して下に視線を向ける。
「助けに、行かなくてもよろしいので?」
だが、椿は一向に助けに行く気配はない。
(この子も………やはり期待外れですか)
もはや慈悲を与えるスキはない。そう判断したグロルは
「俺は、お前から目を離さない」
次の椿の言葉でその行動を中断した。
「今ここで、俺が地上を救いに行けば、お前は俺の仲間たちを殺すために動き出す。だから俺はお前から目を離さない」
そして、それは椿が下のみんなのことを信じているのと同意。
椿は信じているのだ。花恋達ならばこの程度の些事、難なく突破できると。
「………なるほど。大した信頼ですね。その信頼が後悔に変わらなければいいのですが………」
グロルはそうして大量の剣を椿に向かって放射する。
あれはきっと、椿を浄化するための剣。防ぐことは不可能。グロルの視界に侵入した時点で浄化対象だ。魔法を転移すれば、一つは壊せるが、二つ目は簡単に浄化されるのがオチ。
一度に薙ぎ払えそうな〈閻魔〉は既に手元には無い。
ならば
「全部避ける」
椿は、己の勘と、強欲の力で見事全てを回避した。
「ほぅ………」
グロルはまさか全て避けられるとは思っておらず、感心したような視線を向ける。
「"樹海生成"」
ここは上空。トレントを大量に作り出せる環境では無いが、空中で無理やりトレントを成長させると、その全てを一度に殺した。
その瞬間、霧が更に濃くなる。
「なるほど………条件付きの撹乱魔法ですか。そしてその条件であるトレントを倒す。ここではトレントが十分に活躍できないのを危惧したあなたは自らの手で成長させ、倒す。素晴らしい判断力ですね………」
ソルセルリーですらまともに動けなかった霧。だが、
「私には通用しません」
確かにグロルにも撹乱は通用する。しかし、霧を浄化してしまえば万事解決なのだ。
「"浄聖"」
対象を浄化することに特化した魔法により、霧の一部が浄化された。
「さて、目眩しも無くなりましたよ………」
自分の浄化に対する目眩し。そう考えたグロルは、相変わらず周囲に剣を設置して警戒しながら問いかける。
さぁ、次はどうするのかと。
すると、上空からソルセルリーの十八番である"魔弾"が飛んでくるのが見えた。
「そんなものまで………」
グロルの想像以上に戦ってくれる、椿だが、今のグロルには、楽しいという感情は決して芽生えなかった。
グロルは飛んでくる"魔弾"を盾で防いだ。無論、浄化の作用が働くので、"魔弾"は全て浄化されてしまった。
そこに突撃してくる椿。手には聖魔魔法によって具現化された剣が。
グロルは冷静に、人間と鋼を浄化するための準備を始め、
「魔力集中"死を呼ぶ死神の嵐"」
暴風が出現した。
「なるほど。具現」
風を回避するために巨大な剣を創り出し、暴風を浄化する。
椿は、際ほどまでの特攻するブラフをやめ、グロルを観察している。
「よく、わかったことでしょう。あなたでは私には勝てない、ということを………」
「………」
「下での戦闘も同様。あなたたちの明日はありません」
グロルは両腕を広げながら宣言する。
「そろそろ、諦めたらどうですか?」
確かに、椿にはグロルに対する打開策が無いかもしれない。だが、
「嫌だな。諦める。それだけは絶対にしない」
椿はそう言い切った。
「そうですか………」
グロルは期待していたのだ。もしかしたら、椿はグロルが想像する、新世界に必要な人間かもしれないと。
「ていうかな、明日がないとか、そんなこと勝手に言ってんじゃねぇよ」
椿は、その時、始めてグロルに敵意を向けながら言った。
「明日には病気が治る人だっているかもしれないし、明日には夢が叶う人もいるかもしれない。明日には大切な人に会える人も、明日にはそんな誰かと別れるかもしれない人もいる。そんな人達がいるから明日って未来があるんだよ!それを奪う権利が誰にあるって言うんだ!」
それはきっと、神にもないだろうから。
「そんなこともわからないなら、俺がお前に教えてやる!」
椿は声高々にグロルに宣言した。
「グロル!お前が過去に何があったのかは知らない。なんでお前がこんなことをしてるのかもわからない。だが、この世界は今を生きてる人たち、みんなのものなんだ」
椿の頭に花恋とリーリエ、そしてエミリーの顔が浮かび上がる。
そんな人たちの笑顔を守るために、
「俺がお前をここで倒す!」
椿が宣言した。




