嘲笑う者
平一は抱きかかえていた子供を地面に降ろす。
子供は、未だに泣いているが、そんなことを気にしている場合ではない。
「なぁ、坊主……」
平一の言葉にビクッとなって反応した子供は、その時、はじめて平一の顔を見た。
平一はそんな子供の頭を優しく撫でると
「一人で教会まで、走れるか?」
「うん……お兄ちゃんは?」
子供は、少し落ち着いた今なら、教会に向かうことは可能だった。だが、それ以上に平一のことが気になった。
まるで、今から死にに行くような……
「兄ちゃんは、野暮用があんだよ……母ちゃんに、会えるといいな」
平一はそれだけ言うと、子供の背中を押した。
子供は、少しよろめいたが、直ぐにバランスをとると、一瞬だけ平一の方を見て、そのまま走っていった。
「俺は……ダチを置いては行けねぇよ」
平一は光の方を見ながらそう言い、視線を竜に向けた。
竜は、既に光と平一の姿を確認しており、平一から少し離れた場所で気絶している光を踏み潰そうとしているところであった。
「おい、糞トカゲ……何する気だ……?」
竜の手は、少しづつ光に近づく。
「そいつ、もう……動けねぇだろ」
そして、竜の手はその速度を増し、確実に踏み潰さんと動き出した。
「巫山戯るのも大概にしやがれ!」
平一は、自身をめいいっぱい身体強化させると、光の元まで瞬時に移動し、紙一重で竜の手から光ごと逃れることに成功した。
「光!お前のお陰で子供は避難出来たぞ!なんとか教会に行って……回復してもらうからな……」
平一は必死に呼びかけるが、光は反応しなかった。
当たり前だ。アンデッドの集団と戦い、強敵から逃れることが出来たかと思えば、今度は竜だ。
しかも、光はこの短時間で強力な攻撃をいくつも受けている。正直生きてるのかすら怪しい。
平一に、人の生死を見分ける技術はないため、光の生死を確認することは出来ないが、今の光を見ると、もう、生きてないように思える。
『kyaha』
と、不意にそんな声が聞こえた。声がしたした方に視線を向ければ、竜が平一と光を見ながら嗤っていた。
「……殺すぞ」
平一は、今まで出したことの無いような殺気を全身から迸らせると、竜に向かって拳を振るった。
だが、それよりも竜の攻撃の方が速く、竜はその腕を振るうだけで平一は吹き飛ばされた。
「がァ!」
振るう途中で攻撃が到達したので、上手く受け身をとる事ができたが、それも限界に近い。
平一の体も、決して楽観視していいほど怪我が軽いわけでも無かった。
平一は意識こそ飛ばなかったものの、怪我が酷く、そう簡単には立ち上がれそうになかった。
だが、平一は立ち上がろうと奮闘している間にも、竜は行動する。
倒れている平一には目もくれず、その目は光の姿を捉え、その手は、光を踏み潰そうとしていた。
「……だから、なんで、そうなるんだよ……」
平一は必死に立ち上がりながら竜を睨みつける。
「お前の、相手は……俺、だろうがよぉ……」
だが、竜は既に光に向かって攻撃を始めていた。
「踏み潰すんじゃねぇ!」
なんとか立ち上がった平一は、光の元に走りながら叫ぶ。
「そいつはもう、死んでんだよォ!」
確証は無かった。だが、どう見ても死んでいた。
だから、平一はせめて遺体だけでも、光が生きて必死になって戦った痕跡を持ち帰りたかった。
それを踏み潰さんとしている竜が憎たらしくて……
ドサッという音が鳴った。
平一だ。彼はもう体が限界だった。もう一歩も動けないほどに。
「光ー!」
諦めきれなくて、必死にその名前を叫んだ。
だが、竜は無慈悲にもその手を光に降ろし、
光を潰そうとしていた手の指が2本、何者かの手によって折れ曲がった。
「!?」
平一は何がなんだかわからず、それを実行した人物を見ると、
「宇都宮!松山!」
翔と翼がそれを実行していた。
翔は大剣で。翼は双剣で竜の攻撃をなんとか防いでいた。
「七瀬!」
「う、うん!高円寺くんはまだ生きてるよ!気配は微弱だけど、それでも!」
光が生きている。その情報だけで、平一の心は明るくなる。
そして、平一が周りを見ると、クラスメイト全員が揃っていた。
いないのは椿くらいだろう。
「八幡くん!高円寺くんを、こっちに」
と、平一の名前を呼んだのは、翔と一緒に駆けつけた優花だった。この場で、最も回復魔法が得意な彼女ならば、光を治癒できると判断した平一は、直ぐに光を抱えながら優花の元まで走る。
「頼む」
「はい」
そんな短い言葉だったが、それだけで平一の言葉は優花に伝わり、優花は回復魔法を行使し始めた。
そして平一は改めて竜と相対する。
平一の近くには翼と翔もいる。
「高円寺くんは凄いね。こんな化け物相手に戦ったんだから……」
「高円寺は確かに俺たちの中でも一番強かった。消耗していたとはいえ、そんな高円寺が少し行動を妨げる程度のことしか出来なかった相手だ。さて……どこから手をつけるか」
翔は忌々しげに竜を睨む。
「どうすんだ?俺は挟み撃ちなんていいと思うんだが……」
「それだと後方の人が俺たちをサポートしづらい。多少面倒でも少しでも有利に進めるために全員である程度纏まって……」
と、話している間に、竜は口を開けていた。
そして口の中にはエネルギーが蓄積されていた。
(((やばい!)))
直感的に、阻止しなければいけないと判断した三人は、一斉に走り出した。
「"剛力"!」
「"絶撃"!」
「"魔導斬"!」
上から平一、翔、翼がそれぞれの力で竜の下顎を攻撃し、竜のブレスの攻撃方向を街ではなく、その斜め上の上空へと逸らした。
「なんて、ことを……こんな場所で……」
翼がそう言いながら絶句している間に、翔は唯一拳で攻撃した平一を見ると、その拳は少し熱に侵されていた。
「八幡!その手……」
「大丈夫だ!少し熱かっただけだ!それよりも集中しろ!」
平一は、動揺する翔に発破をかける。
「よそ見すんな!ここで失敗したら全て無駄になるぞ!光の……そして皆の頑張りが!」
竜は、気がついてしまった。
「どう?優花!」
「ダメ、傷が深すぎる……治癒出来ても、時間が……それに、治せても、直ぐには戦えない……」
絶望する人達を見て、わかってしまった。
「踏ん張るぞ!下手すりゃ、こいつで全部捲られる!」
誰にも、止められない。




