託す思い
『kyuuuuu!!』
ベフィは、優花の"堕天"をモロに喰らい、その肉体を崩壊させつつある。
だが、崩壊と同じ速度で肉体は再生も行っていた。
「だめ、か……」
翔は、ベフィの再生は時間の巻き戻しのような再生ではなく、細胞を無理矢理元の形に戻すだけの自動回復と予想し、実際にそれを目の当たりにし、細胞を崩壊させる"堕天"による突破を試みたのだが、
「だめ、壊した細胞も少し再生してる……倒すのに、凄く時間がかかっちゃう……」
ベフィは、しぶとく再生しているが、再生よりも"堕天"による崩壊の方が強い。ベフィがくたばるのも時間の問題だ。
『kyu、kyuuuuu!!』
ベフィは、動かずに、再生だけに全神経を集中させている。きっと、そうしないと"堕天"による崩壊で再生が突破されてしまうからだろう。
「はぁ……はぁ……」
優花も"堕天"に全神経を集中させている。一刻でもはやく、ベフィを倒すために、"堕天"により多くのMPを送っているのだろう。
『負けて、たまるか……』
と、その時。ベフィがそんなことを呟いた。
『ここで、俺が負けたら、主様の野望はどうなる……』
ベフィはまるで自分に言い聞かせてるように、いや、実際に自分に言い聞かせて言う。
「……お前は、なんでこんなことに加担してるんだ?」
「か、かけるん?」
ベフィの、その慈愛に満ちた目を見て、疑問を抱いた翔はベフィに質問を投げかける。
『フッ。そんなもの、聞いてどうする?』
「さあな。ただ、俺が気になっただけだ。良ければ、お前の話しを聞かせて欲しい」
翔は先程まで命のやり取りをしていた相手に、なぜそこまでするのかを気になり、つい聞いてしまった。
『……物好きな奴だ。なら、聞かせてやる』
ベフィは、"堕天"に抗いながらも話し始めた。翔と優花は静かに耳を傾ける。
『あれは、そうだな……5年ほど前か。俺はどこにでもいる猫の子供として生まれた……だが、親猫の環境は普通じゃなかったんだ。親猫は研究所で生まれ育てたれ、俺はそこで生を受けた。生まれた猫。その状態を確認した結果、俺は突然変異として自動再生の固有技能を所持していたんだ……』
ベフィは未だに"堕天"に抵抗するも、"堕天"は少しづつベフィの体を蝕んでいく。
『そこからが地獄の日々だった。俺に自動再生があると知った研究所の奴らは、俺に様々な実験を施した。たとえ首がはね飛ばされようと、俺の体は再生するからな。もう、何度死ぬような実験を施されたのかも覚えちゃいねぇ……』
まだ話も途中だって言うのに、優花は、目に涙を溜めている。
相変わらず、感情移入力が強い子だ。
『だが、そんな日々も3年ほど前に終焉を迎えたんだ。主様が、その研究所を破壊したことによって……』
『主様は、その研究所の研究データが目的だったみたいだが、俺のことも保護し、育ててくれた。主様がしてくれたことは、本当にそれだけだが、それだけでも、俺にとって主様が全てになったんだ』
ベフィは、"堕天"によってまともに立つことも叶わなくなったが、それでも立ち続ける。
『主様は、手伝いなどいらないと言った。だが、俺は主様に恩返しをして、そして終わりたかったんだ……』
「終わりたかった、だと?お前たちの作戦の詳細は知らないが、成功すればそれでいいんじゃなかったのか?」
疑問符を浮かべる翔にベフィは優しい声で答える。
『主様に、元より今回の作戦を成功させる気などない』
そのセリフが、今までのどの言葉よりも、翔の心を大きく乱した。
「なに、言ってるんだ?じゃあ、お前たちの主は、なんでこんなことを!?」
『止めて欲しいんだと、そう思うよ。俺には主様がそうしようと思った原因は、わからない。だけど、主様は本気で止めて欲しいから、本気で、否定してほしいから。この作戦にできる限り全力を出している』
そこで、翔は一度相対したベフィたちの主様を思い浮かべた。
確かに、悪い人物ではなかったと思っている。殺意も感じなかった。だけど攻撃は的確で、明らかにこちらを殺すという意図が見えた。
だが、殺されかけただけ。翔は今も生きている。
ベフィの話しを聞き、改めて思い直せば、確実に殺す気なら、首を刎ねているだろう。
『俺の、役目はここで終わる。俺を倒したものよ……』
「主様は任せるってか?」
ベフィが言おうとした言葉を、翔が先に言う。
『……そうだ。お前たちになら任せられる』
ベフィからの信頼の言葉。だが、翔は
「悪いが、断らせてもらう」
『!?』
「ちょ、かけるん!?」
涙を流していた優花も、ベフィも、揃って驚愕する。
「そもそも、俺と優花にあのおっさんを止めることは無理だ」
『だが!』
「だから、別のやつに任せておけ」
翔はそう言って、空を見上げた。優花とベフィもそれにつられて空を見る。
そこでは、雷と雷が雲の中でぶつかっているように見えた。
『あれは……主様?と、誰だ……?』
ベフィは、目を見開きながら問いかける。
「あれは……俺の憧れだ」
その時、翔ははっきりと椿のことを憧れと言った。
そういった、翔の目には、確かな憧憬の念が籠っていて……
『憧れ……そうか……』
ベフィは納得したかのように呟いた。
『ならば、俺はお前の憧憬に勝手ながら託そうと思う』
ベフィは、既に崩れかけている手を空に向かって伸ばす。
「大丈夫だろ。あいつなら、全部なんとかしてくれる」
「そう、だね。だって、上里くんでもん……」
優花も同意するように言う。
『……ありがとう』
ベフィは、最後にそう言うと、その身は完全に崩れ落ちた。
翔と優花は、ベフィの最後を見届けると、
「さて、教会の救援にでも行くか……」
「そう、だね」
二人で一緒に歩き出した。




