戦闘の始まり
グロルは、落下しながら椿を見る。
「ははは……あなたのどこが、ただの駆け出し冒険者なものですか」
グロルは、再度接近し、風を起こそうとした"布袋尊"を、グロル自身が神聖魔法で創り出した、剣を用いて斬り飛ばす。
椿は、既に退避している。
「先程の数秒の間で確信しましたよ……」
グロルが斬り捨てた"布袋尊"は、その身を徐々に崩壊させながら地面に落ちていく。
「もう、エミリー王女も、勇者ですらどうでもいいとすら感じています」
グロルは、無数に浮いている剣を一塊に合体させていく。
「誰がなんと言おうが、あなたこそが神であり、我が宿敵……」
グロルは、その大剣を椿に向かって構える。
「あなたを殺すことにより、私の深淵は完成する」
更に短剣程の物体を具現化させ、周囲に浮かせる。
グロルの、戦闘態勢は万全だ。
「うん……まぁ、俺は神ではないけどな」
椿は、両の手に"炎帝"を浮かべながら言う。
「来い」
神聖国ルリジオンの上空で、二人の強者が衝突した。
□■
エミリーを守っていた結界は、先程完全に解かれてしまった。
上空では、椿とグロルの戦闘が始まり、時折余波が来るものの、二人は徐々に高度を上げているため、こちらまで攻撃が来なくなるのも時間の問題だろう。
と、二人の戦いに注目していたエミリーは不意打ちで飛んできた斬撃を神聖魔法で具現化した剣で受け止める。
「想像以上の危機感地能力ですね」
その斬撃を飛ばした張本人、【十台神官】エルザはそう呟く。
「……その割には、苦しい表情をしていませんね」
エミリーは挑発としてその言葉を言う。
「ええ……そうですね。あなた程度倒せなくて、私は主様の横に立つことなど許されませんから」
エルザは、そう言いながら二本の剣をエミリーに向ける。
「それにしても……」
「?」
「罪なき人に剣を向けるのは神官としてはどうなんですか?」
エミリーの言葉に、一瞬キョトンとするが、直ぐに理解し、小さく笑ったエルザは一言。
「……そうですね。では、神官辞めます」
□■
「皆さん!避難所はあちらです!慌てずに教会まで!」
光は、急に地面に穴が空いたと思えば、そこから這い上がってきたアンデッド達を討伐しながら、逃げ惑う一般人達を逃がしていた。
「光!危ねぇ!」
と、油断した光を助けるように、一緒に行動していた平一の拳がアンデッドの頭部を穿つ。
「ありがとう平一。助かったよ」
「この程度、どうってことねえよ。それより……」
突如現れた大量のアンデッド。これは……
「もう、決まりだな……」
「うん。上里くんやエミリー王女の予想は当たっていたみたい……」
そして、岡の上に突如として現れた光。あれは椿と黒幕がぶつかっている証拠だろう。
「それよりも、俺たちはこのアンデッドを倒しながら、教会まで移動、そこで教会を……」
死守する。そう言いたかった光だが、直後に現れた魔力を感知して、そちらに注目する。
それは、歪な形をしていた。頭部は馬の骨。胴体はローブで包まれた謎の物体だった。
だが、それがアンデッドであり、敵であることは理解出来た。
それはアンデッド達を後ろに下がらせ、光と平一の前に出てきた。
光と平一は警戒しながら、己の獲物を構える。
明らかに知的な動きを見せたアンデッドを本気で警戒しているのだ。
「……我が名はメイズ。グロル様に忠誠を近いし者」
グロル。それがこの事件の黒幕の名前であると理解した。だが、そんなことはどうでもいいとばかりに二人はメイズに集中する。
「今こそ、我は我を救ってくれた偉大なる大恩人のために、その目的を遂行する……」
そう言いながら、メイズは、後ろに下がらせたアンデッドを一気に前線に駆り出した。
【死霊将軍】メイズと、高円寺光、八旗平一の戦いが始まった。
□■
「避難場所はあっちだ!」
「みな、さん落ち着いて、慌て、ないで」
翔と優花は今日は、祭り中はデートしていた。エミリーから言われた、作戦は夕方まで時間があったので、それまで息抜きでもしよう、ということだ。
そして現在は夕方となり、遂に敵が動き出したので、二人で一般人達を教会へと誘導しているところだ。
「他の、みんなは、大丈夫、かな?」
「大丈夫と信じよう。上里も、ちゃんとあの男と戦えているみたいだしな」
際ほど見た光。あれは完全に椿と謎神父のものだろうとあたりをつけていた。
その後も二人は引き続き、逃げ惑う人たちを教会に逃げるように誘導していたが、
「!?優花!」
翔は、なにか、巨大な気配を感知して、優花へと飛びかかった。
「へぁ!?」
優花は変な声を出しながらも、その場から翔と一緒に飛び退いた。それと同時に、二人がいた場所に何かが着地した。
「な、何?」
優花は翔に回復魔法を施しながら、そちらを確認すると……
『kyuuuuu』
頭に巨大なうさ耳を着けた、熊の身体を持った豚顔の者がいた。
「キメラ、か……」
翔は、その正体がキメラであると予想をつけた。なぜ、うさ耳と、豚顔と、熊体なのかはわからなかったが。
そして、なぜ兎の鳴き声なのかはわからなかったが。
『俺の名前はベフィ。主様に【無限再生】の名を頂戴した偉大なる猫である』
無限再生。それも気になるが、とりあえず二人は思った。
「取り敢えず、どの辺が猫なの!?」
優花も、珍しく、思ったことを、たどたどせずに、言った。翔も同じ気持ちだった。
『黙れ。貴様らは、今から俺の恐怖を味わうことになるのだからな!kyuuuu』
【無限再生】ベフィvs.宇都宮翔、安藤優花の戦いが始まった。
□■
「皆さん慌てないで!」
「急がなくても、教会は逃げませんよ」
現在、椿のクラスメイトである藤井 琉奈、堀井 美桜、二宗 奈々、七瀬 蕾、松山 翼は、街中で五人で一緒に誘導を行っていた。
「奈々ちゃん。そっちの角からまた人が出てくる!」
気配感知が使える蕾は、周囲を的確に察知し、強欲の権能の下位互換技能である未来感知を用いて、起こるかもしれない災厄に備える。
「みんな、頑張ろ!もう少しで人が少なくなる未来を感知できたから!」
蕾の言葉で、他の4人は、気合いを入れる。あと少し。それで……
「!?翼ちゃん!危ない!」
蕾の警告により、すぐさま剣を抜き、迎撃体勢を整える翼。
「ダメ!美桜ちゃん!結界を」
蕾が感知した何かは、翼の剣では防げないほどの強敵。それを直ぐに理解した美桜は"風天蓋"を翼の周囲に展開した。その瞬間、
『pthathathatha!』
何かが翼に向かって攻撃を仕掛けた。しかし、"風天蓋"の風により、その何かはどこかへと吹き飛ばされた。
「何?痴漢?」
翼はそう言いながら警戒を緩めない。
周りで呆然としている市民たちに、
「皆さん、安心してください。この敵は私たちが必ず倒しますので。"英雄の加護"」
琉奈は、周りの人達が不安にならないように、そう呼びかけ、更に支援魔法によって希望の光を灯すことによって人々に擬似的な勇気を与えた。
市民たちは、それを見て、納得したのか避難を再開する。
「さて、蕾。あれってさすがに生きてるよね?」
奈々は投擲ナイフを投げながら蕾に質問をする。
「うん。感知系技能全てに引っかかってるから十中八九生きてるよ」
そうして、全員が己の得物を構える。こいつは、私たちが倒すのだと。
『ヨクゾ、フイウチヲフセイダナ。イセカイジンヨ』
有り得ないくらいカタコトで、聞き取りにくかったが、そいつが何かを話してることはわかった。
「これでわかったでしょ?私たちは強いって。よければそのまま回れ右して帰ってくれないかしら?」
言外に、今なら見逃すと言いながら忠告をする。
だが、
『ツヨイ?ヌルイ、ヌルイナヤハリイセカイジンハ。ソレニカシンシスギテル。キサマラテイドガコノワレヲタオス?カタハライタイワ』
そう言いながら、目の前の男はゆっくりとそのからだを変形させていく。
「えぇ!?気持ち悪!」
琉奈が気持ち悪いと叫び、奈々も同じ気持ちだったのか、二人で手を繋ぐ。
『ワレハゴシュジンサマのイダイナルチカラニヨッテチセイトチカラヲエタ。【ゼッタイネンセイ】ヴェンヌとはワレノコトヨ』
そう言いながら【絶対粘性】ヴェンヌと、異世界少女組の戦いの火蓋は切られた。




