やってくれたな
「転校生、ですか?」
転校生。それはグレイスにとって、聞き覚えのない言葉だった。
「椿さん……」
エミリーが静かに椿の傍に待機する。
「エミリー、作戦とはいえ、あんまり危険なことはするな。なにかあったらどうする……」
「大丈夫ですよ。何があっても、椿さんが守ってくれるって、信じてましたから」
エミリーの言葉に、椿は一瞬顔が赤くなる。
だが、椿は直ぐにその邪念を頭の隅に追いやる。
(ほう……)
グレイスは、そんな椿を観察していた。
(彼、ある程度は強いとは思っていましたが……)
エスポワール王国の第一王女が、異世界人を一方的に倒した自分への切り札として運用するほどの実力。以前、会った時はわからなかったが、こうして、改めて邂逅してわかった。いや、
(より、わからなくなりましたね……)
以前会った時は魔力が気薄に見えた。だが、それは誤りであった。
椿は常にその体に内包する魔力を抑えている。魔力圧縮、魔力孔操作……その馬鹿げた魔力を隠すために、毎秒無意味にMPを消費している。
(これは……厄介ですね)
グレイスは、笑みを浮かべながらそう思う。やっと、自分が全力で戦える相手が現れたと。
「では、私も自己紹介をしましょうか」
グレイスが、腕を広げながらそう言ったことで、二人の意識はグレイスに集中する。
「私は神聖国ルリジオンの現教皇にして、魔王軍幹部、グロルと申します」
その言葉に、エミリーは絶句する。
人類に仇なす存在である魔王軍。その幹部。その一人が、神聖国に教皇として潜んでいたのだから。
「俺は上里 椿。どこにでもいる駆け出し冒険者だ」
そう言いながら、お互い覇気を放つ。
椿がグロルに魔法を放とうとした瞬間、背後からキィィン、という、金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。
「エミリー」
椿は、振り返ることなく、名前を呼ぶ。
椿の背後では、エミリーと、椿を奇襲した十台神官の一人であるエルザの剣がぶつかり合っているところであった。
椿は無言で、エルザの頭部に魔法を転送しようと術式を準備して、
「椿さん……」
エミリーの声に、止められた。
「……なんだ?」
「この方は、私に任せてくれませんか?」
エミリーはエルザに向かって剣を向ける。
エミリーの真剣味を孕んだ声音に、椿は否定することが出来なかった。
「……勝算は?」
「大丈夫です」
それさえ聞ければ充分だった。
「それを、私が許すとでも……」
エルザはエミリーを無視して椿に攻撃を仕掛けようとするも、
「やめなさいエルザ」
グロルが、エルザを止めた。
「!?なぜ!」
「彼は、私の獲物です。横取りすることは、許しませんし、あなたでは彼には勝てません」
グロルは、それだけ言って、エルザを下げさせた。
「……これで、遠慮なく戦えますね」
グロルは、そう言いながら周囲に数十本の神聖魔法で具現化した剣を創り出した。
それと同時に、椿はエミリーとエルザを結界で守り、グロルに向かって"極滅の業火"を放った。
「くっ……」
グロルは急いで盾を具現化させて"極滅の業火"を防いだが、
「……魔力集中」
椿がそう呟くと、"極滅の業火"は、圧縮され、貫通力が上昇した。
だが、貫通した"極滅の業火"は、グロルの強大な耐久力によって耐えられ、そのうえで弾き飛ばされてしまった。
だが、ここで攻めの手を緩めないのが椿スタイル。椿は、グロルの背後に転移すると、顔面を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたグロルは、しかしほとんど飛ばずにこの場に残っていた。
そこから、さらにかかと落としでグロルの顔を無理やり下に向けると、椿は指をパチン!と、鳴らした。
「聖魔魔法……」
瞬間、二人の足元から登場した巨大な生物。それは団扇をもって、グロルのことを睨んでいた。
「"布袋尊"」
その瞬間、聖魔魔法で作られた、対アンデッド系統専用の、神聖魔法で作られた風の斬撃をグロルに喰らわせた。
"布袋尊"に吹き飛ばされたグロルは、そのまま上空へと吹き飛ばされる。
椿は、さらにその腕に移動すると、グロルを見下した。
「グロル……お前とは、本当に色々と話したいことがあったが……その前に、どうしても直接言いたかった言葉がある」
椿は浮遊魔法を使いながら、羽を展開しながら緩やかに落下しているグロルを見ながら言う。
「やってくれたな」
グロルの口が、邪悪に歪んだ気がした。




