下水道のアンデッド
「それにしても数が多いな」
光は聖剣を抜いたものの、あまりにもあんまりな数のアンデッドを見て、少しだけ躊躇する。
躊躇ったら、迷ったら、臆したら負ける。それはわかってるが、数が多すぎて少しだけ……
「なーに言ってんだ光。こんなもん、数がいくら多かろうが魔王軍幹部の脅威に比べたらカスみたいなもんだろ?」
反対に、平一は勇ましく篭手を装備して不敵な笑みを浮かべる。
「やってやろぜ!光!ここでこいつらを蹴散らして、上里に一歩近づこうぜ!」
平一は光に拳を突き出しながらそういう。
「ハハッ、そうだな。俺はもっと強くなる。こんなところでは止まれないな」
そう言って光は平一が出した拳に拳を合わせる。
「折角ですし、勝負でもしませんか?」
と、そこで今まで会話に参加しなかったエミリーがそんなことを言い出した。
「勝負、ですか?」
「はい。誰が一番アンデッドを倒せたか真剣勝負です」
エミリーは笑顔で言ったが、光は勝負に対して乗り気にはなれなかった。
平一は笑顔でやる気になっていたが、光はどうにもそれはあまりにも不謹慎ではないかと思っていたのだ。
「じゃあ、折角だし報酬があってもいいんじゃない?」
リーリエはふと、そう提案してくる。リーリエは光が何を思っているのか、ある程度予想できていたが、折角だし報酬でも提示してやる気を少しだけでも出させようと考えたのだ。
「いいじゃねえか!で?報酬ってなんだ?」
やる気プラス勝てばなにかついてくる。そうなれば平一が参加しない理由はなかった。
「そうね。報酬は、二人のうち勝った方がエミリーと一日デート、とか?」
「「……え?」」
リーリエが提案した報酬に、光とエミリーは一瞬呆けてしまった。なぜなら、エミリーはそんなの許可してないし、光としてはあまりにも突然だったからだ。
「な、なんで私とデートなのですか!?」
「それは、やっぱり二人ともエミリーに付き合ってくれてるんだし、これくらいの報酬がないと二人ともやる気でないかなぁって」
「だ、だとしても……」
エミリーは少し渋るが、覚悟を決めると結界から飛び出し、目の前にいたアンデッド二体の頭部を斬り飛ばした。
「では、私が一番多く倒せば問題ないですね!」
そうして始まった戦闘、平一は「負けてたまるか!うぉぉおおお!」と言いながらアンデッドの頭部を粉砕、胴体を殴り飛ばし、或いは頭を掴んで投げ飛ばしている。
投げ飛ばしたアンデッドが更に違うアンデッドを巻き込み、確実にキル数を稼ぐ。
「勝つのは俺だァ!」
一方光は出遅れていた。
「くそ!」
光には聖剣による攻撃がアンデッドには一番有効だった。だが、光には広範囲技が無ければ、平一のような利用する技も何も無い。聖剣に付与された神聖魔法でアンデッドに特攻があるが、光自身に神聖魔法は無いのでこの中では倒すのが緩やかであった。
「くそ!」
光は再度悪態をつく。強くなるため、椿とエミリーについてきたが、今のところ何も成果を挙げられていなかった。
背後から襲ってきたアンデッドを斬り伏せながら光は自身の成長の遅さを痛感する。
と、そこで光に向かってなにかが飛んでくるのが視界に入った。
「なんだ?」
それを見ると、それはなんと平一によって飛ばされたアンデッドであった。
「な!?あのバカ!」
光は飛んできたアンデッドを自身が絶対に被弾しないように斬り飛ばした。
「おい平一!危ないだろうが!」
だが、平一は返事せずに、その場からジャンプして離脱すると、光の背後に着地した。
「おい。いつまでそんなことをしてるつもりだ?」
光はその言葉の意味がわからなかった。
「なんのことだ?それよりも今は……」
アンデッドを倒すことに集中すべきだ。そう言おうとしたが、それは平一によって止められた。
「ほんとうにわかんねえのか?」
「……」
わからなかった。光にはまるで心当たりがなかったからだ。だが、光の心には今も尚モヤがかかって自分自身でさえよくわからない状態で……
「この世界に来た時のお前はクラスの誰よりもリーダーをしていて、誰よりも頼りになった。そして、俺たちの中でも誰よりも強く、そして努力を怠らなかった。それは上里が消えてからも一緒だった。いや、上里を失ったことにより、より強くなろうという気持ちがお前には芽生えていた」
「……」
「なのに、お前はいくら努力しても届かないとソルセルリーとかいう幹部に思い知らされ、あの時守れなかったクラスメイトが自分よりも圧倒的に強くなったことで自身を失っちまった」
光は黙って聞いていた。黙って、聞くしかなかった。
「俺はもう一度聞くぞ?いつまで腑抜けてるつもりだ?いつまで、迷ってるつもりだ?」
平一は真摯に問いかける。
「……わかってるさ。俺だって」
強く、なりたい。その気持ちは確かだった。
光はふと、エミリーの姿を捉える。エミリーは剣と神聖魔法で創り出した剣を持ってアンデッドを倒している。通常の剣では瞬殺するには少し火力が足りないようだが、そこは神聖魔法で補っている。剣で傷をつけ、動きが鈍ったアンデッドを浄化する。神聖魔法で創った剣で攻撃すれば、その傷を起点として体が崩壊しているのが見える。
「リーリエ!倒しても倒してもキリがありません!あとどれくらいですか!?」
「うーん。あと少しだよ?頑張って倒してね。三人だからすぐに終わるって」
椿と一緒に来たリーリエのことも見る。未だに結界でゆっくりしている少女。実は陰で光は花恋とリーリエに模擬戦を申し込み、敗北していた。
「くそっ」
光は小さく悪態をつく。平一はそんな光の姿を見て呆れていた。
と、そこで光の目の前にいたアンデッドが数体消し飛んだ。
「…な!?」
消し飛ばした原因を見ると、先程まで別の場所でアンデッドを倒していたエミリーが光たちの元に移動していた。
「光さんに平一さん。二人で固まっていると効率が悪いです!」
「悪いな。ちょっとこいつに言いたいことがあったからよ!」
平一はそう言いながらアンデッドの頭部を殴り飛ばし、その飛んで行った東部でそのアンデッドの後ろに控えていた二体のアンデッドの頭部を潰した。
「私も負けられませんね」
エミリーは平一程の破壊力はないが、丁寧で、それでいて確実な剣術でアンデッドを確実に屠る。
「くそ!俺だって!」
光はそう言って聖剣の光を解放し、聖剣を薙ぎ払った。
「光属性の魔法、ね」
リーリエはその光の招待を正確に見破っていた。
「今の攻撃でかなりの数が消し飛んだからね!今の討伐数は全員同じだよ」
エミリーの確実なキル。平一の大胆な攻撃、今の光の殲滅攻撃。これによって全員の倒した数が一緒になった。
「あとは!」
「最後の一体を」
「倒すだけです!」
上から平一、光、エミリーが言いながら最後の一体に向かって走り出す。
光もここまで来たらやけでしかなかったが、この際どうでもいい。
リーリエもその姿を見て、帰る準備でもしておこうかと帰る支度をはじめ、
ドゴォォォンという音を聞いて、振り返った。
そこには、最後の一体が衝撃波を用いて三人を吹き飛ばす光景だけが広がっていた。




