洞窟を出るとそこは不思議な世界でした
エスポワール王国から椿に連れてこられること5分。
エミリー達は現在神聖国ルリジオンの中心都市アルネブの近くにいた。
「えぇ……」
あまりにもあんまりな情報量に護衛として着いてきてくれた近衛騎士三名と勇者一行はパニックを起こしそうになっている。一番冷静である翔でさえも頭痛がするのか、頭を押さえつけている。
「ルリジオンって綺麗ですね!」
「神を信仰してるわけだし、それなりに綺麗だとは私も思ってたけど……想像以上」
花恋もリーリエも思い思いに感想を言い合っている。それどころじゃない、とエミリーは言いたかった。
確かにエミリーは椿に指名依頼としてルリジオンまでの護衛と、追加して帰還の護衛も頼んだ。だが、誰が道中を無視して目的地に転移させると考えるのだろう。
椿に普通に玉座の間集合と言われ、集まったエミリー達は、そのまま地下に連れられそこに設置されていた魔法陣を用いてここに瞬間転移させられた。
「椿さん……」
「ん?どうしたエミリー」
エミリーは愚痴を言いたくなったが、その本人がなんてことなさそうな表情をしてるのを見て、さらに怒りが湧いてくる。
「……私は、確かにルリジオンまでの護衛をお願いしました」
「そうだな」
「……おそらく急いでも半月はかかると予想してました」
「馬車による移動ならそうだろうな」
そこでエミリーはキッ!と椿を睨みつけながら吠えた。
「ですが!誰が、転移してここまで連れてこられると思いますか!」
確かに連絡要員を先に向かわせているので、相手側に来ることは伝わっている。昨日の時点で手紙が渡せたと遠距離通信用魔法道具で確認は取れている。
だが、しかし。誰がその翌日に来ると予想できるだろうか。
「まあまあ、落ち着いてエミリー」
「ですが、リーリエさん」
「そうですよエミリーさん。椿くんのすることに一々反応していたら疲れますよ」
まるで自分はもう慣れたと言い切る花恋の言葉にエミリーは少し悔しくなり、口を閉じた。
「さてと。おい、お前らは大丈夫か?」
椿はエミリーが大丈夫だと判断すると、若干唖然としている光達に声をかけた。
「あ、ああ。少し待ってくれ」
いち早く現実に戻ってきた光と頭痛が少し収まった翔が全員に呼びかける。翔はその途中で優花に回復魔法をかけてもらっていた。
エミリーはもう一度自分たちが出てきた洞窟を見る。
洞窟は認識阻害が入口に付与されているらしく、洞窟そのものがもう一つの魔法道具と言っても過言ではない。
洞窟の内部にはエスポワール王国の王城の地下に繋がる転移魔法陣が設置されていて、それも椿が許可した人物でないと使用できないようにしている。
そもそも、使用するのに消費するMPが多すぎて誰も使おうとはしないだろうが。
「上里くん。こっちは全員落ち着いたよ。上里くんの仲間は……」
と、全員の無事を報告した光は花恋とリーリエを見るが、
「……大丈夫そうだね」
「当たり前だろ?お前らも転移程度でガタガタ騒ぐなよ。魔王軍幹部も魔導具とはいえ、転移魔法使ってただろ?」
それを言われると納得するしかないが、釈然としない光たち。
とりあえず今はルリジオンに向かうことを優先したエミリーのお陰でそのままルリジオンに向かうことになった。もちろん徒歩で。
途中モンスターが出てくることはなかった。正確には視界に入ることはなかった。
モンスターの反応があっても、万能感知を使える椿はこちらに敵意のある者、又は進行方向にいるモンスターの内部に"火球"を転移して倒していたので、誰にも感知されないままルリジオンの中心都市まで辿り着いた。
やはりアルネブは、中心都市と言うように中々立派で、門番もしっかりと配備されている。
そして入るのに長い長い行列を並ばなければいけなかった。
転移して内部に全員送れば良いのでは?と思った平一は椿にそう言ったが、椿の気分と、不正入国者認定されない予防らしい。
そうしてようやく椿たちの番がきた。
「ようこそアルネブへ。身分証明書の提示を」
その言葉に従って椿から冒険者カードを提示する。
椿のカードから見て、花恋、リーリエの順番で拝見する。だが、花恋がカードを渡す際に、うっかり手が触れてしまったのか、そのままボーッとしてい待ったのを見て、椿が咳払いをすると意識が戻り再度仕事を始めた。
「あの、私はこれを……」
と、椿たちの冒険者カードの確認が終わると同時にエミリーは自分の身分を証明するための指輪を渡した。
指輪を身分証明の物として提示するのは貴族しかいないことを知っていた門番はどこの貴族か把握するために指輪を受け取り
「エ、エミリー王女!?」
門番が驚愕を顕にした。当然だ。門番はエミリーが来ることを知らなかったので、門番からすると、突然の来訪。心臓に悪いことこの上ない。
「すみません。今回はお忍びで来たので……」
正確な身分を証明するために指輪を出したが、少し声量を下げて欲しいとお願いする。
門番は「す、すみません」と謝ってから指輪をエミリーに返却する。
「と、なると後ろの方たちは……」
「はい。近衛騎士と勇者一行です。折角ですので護衛も兼ねて一緒に来ていただきました」
エミリーの言葉に門番は納得する。確かに直接召喚したのはエスポワール王国なので、エスポワール王国が勇者一行を匿うのは納得出来る。だが、そもそも魔法陣を提供した神聖国ルリジオンの教皇に顔合わせをしないのは問題があるのだろうと自身の何かしらの用事も含めて連れてきたのだと判断したのだった。
「そういうことでしたらお通りください」
「はい。ありがとうございます」
門番に促されるままに椿達は神聖国ルリジオンに入国したのだった。
□■
「なるほどなるほど」
アルネブの中でも一際大きい教会の中で教皇は届いた親書を読んでいた。
「トリスト王子の死亡と、エミリー王女の来訪ですか……」
教皇は少し考えるそぶりをすると
「いいでしょう。何事にも例外、イレギュラーは付き物。だからこそ物語は面白くなるのですから」
教皇は立ち上がると眼下に広がる街の景色を眺める。
「そろそろ決行しようと思っていましたが、折角ですのでエミリー王女にも参加してもらいましょうか」
教皇は薄らと笑いながら言った。
「さあいらっしゃいエミリー王女。祭りの始まりです」




