月下の語らい 第四章~神聖魔法~
「なぁエミリー。神聖魔法って実際どんなもんなんだ?」
それは神聖国ルリジオンに出発する5日ほど前の出来事だった。
椿は神聖国ルリジオンに住まう人々の大半が使用している魔法であり、以前エミリーも使用していた神聖魔法についての疑問を投げかける。
「神聖魔法ですか?神聖魔法は浄化系と具現化系の2種に別れています」
「浄化系と具現化系、ね。具体的には?」
「そうですね……浄化系は邪なものを削ぎ落とし、綺麗な状態にする魔法ですね。回復魔法の亜種とも言えます。疲労もお部屋の汚れも、悪い心さえも消し去ることができる魔法ですね」
浄化系。その説明を聴いた椿はふと、とある魔法を思い出した。
「汚れを綺麗さっぱり無くす魔法だったら古代に失われた魔法にあるぞ?」
色欲の間に置いていた書物の中にそんな魔法があることを思い出しながら言った。実際、旅の間はそれを何度か使用していた。城についてからは使ってなかったので忘れていたが。
「それは本当ですか!?それにしても、そのような便利な魔法がなぜ無くなったのでしょうか……」
「上級魔法だからじゃね?魔法に適正がある人間なら問題なかったが、一般の主婦にそれを求めるのは無理があるだろう」
便利な魔法が上級魔法だったことを知り、エミリーはあっさりと引き下がる。
確かに便利には違いなかったが、それだけ高位の魔法で、その効果が汚れを無くすだけ。次の時代に残す気力も失せるだろう。
「話しが逸れたな。それで、具現化系は?」
「はい。具現化系は自分が思い描いた物を創造できる魔法です。魔力で構築されるので気を抜けば消えてしまいますが、高位の術者。それこそ教皇様が使用すれば実物として具現化させ、消えることの無い神聖魔法を展開できると思います」
存外便利な魔法に椿はエミリーの言葉を頭の中で駆け巡らせる。
浄化系、具現化系。二つの特性は便利だ。それに魔王をはじめとした悪魔族に対する特攻まであるときた。
「なぁ。エミリーは天使族に特攻のある魔法は知らないか?」
それはふとした疑問だった。悪魔族に対する特攻があるならば、天使族に対する特攻があっても可笑しくはないと。
だが、エミリーはなんとも言えない表情をしていた。
「椿さん。この世には天使族に対する特攻なんてものはございません」
「へぇー。なんでだ?」
「天使族は神ブジャルドの眷属とも言われている存在で敬うべき存在です。天使族を倒そうと考えるのも悪魔族くらいしかいません」
なので下手したら反逆罪に問われるかもしれないとエミリーは言った。
だとしたら、椿の先程の言葉は不用心だったと言えるだろう。
「教会も神ブジャルドの教えを元に成り立っています。神聖魔法が欲しいなら教会に入信しないといけませんが……」
天使族への特攻を考えるなんて言語道断ってことだろう。
椿は神として祀られ、一国の方針にもなっている神のことを実際にはそこまで信じていなかった。
てか、正直胡散臭かった。だからもし日本に帰る際に邪魔するようなら敵対することも辞さないと考えていたのだが、それに対する特攻が無いとは困ったことになったなと考える。
「てかさ、今更だけどなんで人類と魔王軍って争ってんだ?」
今まで気にはなっていたものの、何となくスルーしていた疑問を今口に出す。
「えっと、魔王軍は神ブジャルドを敵対視していて、魔王軍の目的は神ブジャルドを殺すことにあるそうです」
「ん?だったら人類の領土無視して進んだらいいんじゃないのか?」
「いえ、それがダメなのです。魔界から天界に行くには、人類の領土を通らないといけないそうです」
魔王なら空間魔法くらい使えるだろと思って言ったものの、どうやらそれは許されなかったようだ。
「そして、神を殺させないために人類は魔王軍が天界に行かないように攻撃しているわけです」
「……ん?ってことは天界に行くことを見て見ぬふりしていれば争ってないってことか?」
「……はい」
椿は天を仰いだ。
つまり人類は神を殺しに行きたい魔王軍にちょっかいを出したから攻撃されてるわけだ。なら俺らを召喚するなよとか、神が自分でなんとかしろだの思ったが、口には出さない。
「全く……」
椿は神の手のひらの上で踊らされているように感じて仕方がなかった。
だが、神側も折角自分たちを守ってくれている人類に何もしないのは駄目だと思ったのか神聖魔法を授けたのだとか。
つまり人類がたとえ負けても、ある程度疲弊した魔王軍が天界を攻めたとしても神や天使族が負けることはないのだとか。
「つまり、人類は捨て駒ってことか」
「いえ!決してそのようなことはないかと……」
まあ真相はどうでもいいことだ。
「結局、俺は神聖魔法を入手できなさそうってことか」
入信しても一定期間以上教会にいないといけない。だが、そんなものは時間の無駄だと思っている。
これから魔王軍との戦いが熾烈化するなら、あっても困らないものだが、そこまでして入手する必要もない。
と、椿は立ち上がろうとして、ある考えが思い浮かんだ。
「なぁエミリー」
「はい?」
「具現化系神聖魔法を触らせてくんない?」
エミリーは何が何だかわからないような表情をしながらも、神聖魔法で剣を創造して椿に手渡した。
「へぇー。なるほどな」
神聖魔法を見て、一言そう呟くとエミリーに返した。
「もういいのですか?」
「ああ。いいアイデアが思い浮かんだからな」
そんな子供のように無邪気な笑顔を浮かべる椿にエミリーは思わず微笑んだ。
「新しい魔法を作るのですか?」
「ああ。依頼には間に合わせるから」
そして椿はエミリーに礼を言うと、二人で一緒に城の中に戻って行った。




