二人きりのお茶会
幕間みたいなもん
カリカリカリと、部屋に何かを書く音が響く。
書類に一心不乱に何かを書く女、エミリーは今日も王女としての業務に励んでいた。
時々メイドが持ってくる紅茶を飲みながら、懸命に仕事に励む。これも、現在国王が地方に出かけていて、尚且つ近いうちに神聖国ルリジオンに出かけるため今のうちにできる仕事を全て片付けようと頑張っているのである。
ちなみに疲れすぎて回復魔法や、浄化系神聖魔法で疲れを癒しながら仕事をしているが、それもそろそろ限界が近い。
エミリーはそろそろ休憩しようかなとペンを置いた瞬間に、ドアがコンコンっとノックされた。
「はーい」
エミリーは昼食を持って休憩を促しに来た専属メイドかと思い、入室を許可したが、
「お邪魔しまーす」
エミリーが入ってきた人物を見ると、その人物はメイドではなく椿の仲間、リーリエだった。
「え、えっと……リーリエ、さん……ですよね?」
エミリーは椿の仲間として同行しているリーリエが急に来訪してきたことに驚いている。
「そうだよ。王女様も覚えてくれていてありがとう」
「ふふ……エミリーで大丈夫ですよ?」
そうして、リーリエはナチュラルに部屋の中に入って誰も座っていない、空いている椅子に座った。
「えっと……ところで、リーリエさんはどうしてここに?」
「んー?椿も花恋もいなかったしね。エミリーとも話してみたいなって思ってたし」
丁度良かったとリーリエは気楽に話す。
「そうでしたか。私も花恋さんやリーリエさんとは話してみたいと思っていたので丁度よかったですね!」
そうしてエミリーもリーリエと話しをする姿勢になろうとするが、一瞬視界に入った資料が見えた。
「あっ……」
そう。未だに終わらない膨大な量の資料が……
「どうしたの?」
っと、硬直して動かなくなったエミリーを心配してリーリエが覗き込んだ。そして見てしまった。エミリーの仕事後を……
「えっと……私、邪魔だった?」
「い、いえ!そんなことありません!ただ、仕事が少し多いだけです!」
「少し?」
エミリーがこなしている仕事の量は、リーリエから見ても凄い量だった。
(え?この子、この量を一人でこなしてたの?)
リーリエは無意識に戦慄した。椿から聴いた話では、椿が転移する前は毎晩話していて、しかも九つの試練を攻略した日の夜中には椿の模擬戦をしたとか……
「もしかして、エミリーってハイスペック?」
「いえいえ!そんなこと無いですよ!実際この雑務をこなすのに度々倒れそうになってしまい、回復魔法や浄化系神聖魔法で体を誤魔化しているだけですから!」
「へ、へぇー……ちなみに回復魔法の階位は?」
「たしか……上級だったはずです」
上級回復魔法は速効性のある回復魔法では最上位に位置する魔法だ。最上級回復魔法は"堕天"と言った肉体を崩壊させるものや、"女神の伊吹"などの超継続回復系しかないので、それを使っていると言う。
しかも、それらを使ってもそろそろ限界だろう。
「はぁ……ちょっと貸して」
「え?」
リーリエはエミリーの返事を聞く前に資料を手に取った。軽く読んだかんじ、リーリエでも問題無さそうだ。
「えっと、リーリエさん?」
「私も族長の孫娘として育てられたからある程度なら大丈夫だと思うよ。エミリーはエミリーにしかできない仕事を片付けて。私でも問題なさそうなものは私が片付けるから」
エミリーは一瞬考えたものの、仕事が減ることには賛成なので、二人で仕事をすることに。
エミリーの慣れた手つきと、リーリエの常軌を逸脱したステータスによって、大量にあった仕事はみるみると消えていった。
途中でエミリーの専属メイドが昼食を持ってき(ちなみにリーリエのは持ってきていなかったので、遅れて持ってきた)、なんとか終わらせることができた。
「終わったー!」
「はい!リーリエさんのお陰で今日の分はこんなにも速く終わりました!」
「そっかー。それはよか………え?今日の分?」
エミリーの今日の分という言葉を聞き、その意味を瞬時に理解して、絶句した。
(え?ってことはこの子、毎日この量こなしてるの?)
しかも夜には終わらせていると。さすがに日によって誤差はあると思うが、それでも終わらせていることに戦慄する。
もしや肉体スペックは椿以上ではないのかと。
「時間もあまりましたし、一緒にお茶でもどうでしょうか?」
だが、エミリーの楽しそうな顔を見ると、そんな考えも吹き飛んでしまった。
「ええ、もちろん。美味しいお茶菓子も……今はないけど……」
お茶菓子は余計な荷物になると判断したので妖精族の集落に全て置いてきた(元々そんなに種類も無かったけど)。
「構いませんよ。今日はリーリエさんに手伝ってもらいましたので、これは私からのお礼とでも思って遠慮なく受け取ってください」
そうしてエミリーの部屋で二人きりのお茶会が開始された。
リーリエが椿と花恋との旅の途中で購入した茶葉を提供し、エミリーもメイドにお願いしてそれなりにいい茶葉とお茶菓子を要求し、和やかにお茶会は始まった。
「リーリエさん」
「何?エミリー」
エミリーとリーリエは共に仕事をし、茶会をする中で、それなりに気軽に話せるようになった。
「リーリエさんや花恋さんは椿さんとどうやって知り合ったのですか?」
「うーん……始まりはね、花恋が住んでた村が魔王軍幹部に潰されたことからなんだよね」
いきなり重い話が来たことに、少し息を飲むが、自分から聴いたので話しを遮らない。
「花恋は生き残った数人の仲間と一緒に近くにある私が住んでた村を目指している時にね、椿に出会ったの」
「そうだったんですか。それで、折角なので共闘したのですか?」
「ううん?最初は花恋の仲間も椿のことを敵だと思って総攻撃を仕掛けたみたい」
「えぇ!?」
「今考えたら自殺志願者に見えるよね」
リーリエは笑って言うが、エミリー的にはどこにも笑う要素がなかった。
ちなみにエミリーも当時の花恋の仲間たちは自殺志願者に見える。
「まぁ、楽々返り討ちにしてね?それを私のお爺様が止めに入ったの」
そこから語られるリーリエと椿の出会い。リーリエは魔王軍幹部によって人質にされているところを救出されて、
「それでね、椿が旅に出る時に二人で着いていくって言ったの」
当時を懐かしむように話すリーリエにエミリーはつい気になって
「あの、なぜ着いて行ったのですか?村のことは……」
「村はまあ大丈夫だとは言えないけど、私も花恋も自分の気持ちに正直になっただけだから」
「自分の気持ち、ですか?」
「そう。私たちね………椿のことが好きだから」
椿のことが好き。その言葉を聴いた瞬間、エミリーの心がチクリと傷んだ。
エミリーは召喚された女の子達から色々な話しを聴いている。もちろん恋愛ごとも。
そして優しい王子様に助けられる光景を一度は思い描いたが、そんなものは現実には無いと思ってしまっていた。
「羨ましいですね……」
エミリーには輝いて見えたのだ。もちろんピンチに助けられるお姫様役をした二人にも、自分の気持ちに正直になっても誰も文句を言わないところを。
エミリーは王女だ。一国の王女なのだ。自分の気持ちに正直になったって、どうしようも無いのだ。好きな人と結ばれる事なんて無いのだ。
「そう?私にはエミリーのことも羨ましいって思うけどね?」
「……え?」
「だって、私と花恋は成り行きだもん。それに比べて、エミリーは椿に意図して助けられたんだよ?しかもそこには打算も無くて、ただただエミリーを助けたいっていう純粋な気持ちしか」
互いにないものねだりしているのはわかってる。だが、羨むことは仕方がないことなのかもしれない。
「椿は、きっとしばらくは私たちの気持ちには応えてくれないからね」
リーリエは確信した声音でそう言う。
と、リーリエは視線をエミリーに戻すとエミリーは下を向いた状態で固まってしまっていた。
部屋の空気も随分の悪くなってしまったなと、反省し、
「ねえ、エミリー」
「は、はい!」
無事呼び掛けに応じてくれたエミリーにリーリエは笑いかけると、
「エミリーもさ、きっといい事あるよ。近い将来必ずね!」
リーリエはエミリーを応援することを決めた。
エミリーは「ふぇ?」と言うと、すぐに表情を戻し、「はい!」と、元気よく返事した。
その後も2人は穏やかな時間を共に過ごすことにしたのだった。




