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月下の語らい 第3章~昔の話し~

 試練を終えて王城まで戻った後、部屋でしばらくはゆっくりとしていたのだが、全員が寝静まった時間帯に椿は中庭に赴いていた。


「ここに来るのも久しぶりだな……」


 そんなことを呟きながら中庭に足を踏み入れる。

 最後に椿がここに来たのはリボーンと初めて邂逅した日の前日の夜だ。

 あの日エミリーと話してる時は、まさか魔王軍幹部と遭遇するなんて夢にも思わなかった。


 エミリーに必ず帰ると約束して、そのまま飛ばされた。


「そう考えると、人生本当に何が起こるかわかんねぇな」


 異世界召喚され、魔王軍と邂逅し、迷い込んだ先で己の過去と向き合い、力を得て、強敵を打破し、初めて告白され、そして帰ってきた。


「……花恋とリーリエのことも、どうするかな」


 椿はまだ自分の正直な気持ちがわからない。気持ちの整理がまだできていない。

 だけど、強欲の間で無意識に花恋と会いたいと思えるくらいには花恋のことが好きなのだろう。

 決してリーリエのことが好きではない訳では無いが、きっと花恋にも気持ちが揺らいでるのは事実だ。


「エミリー……」


 だが、今の椿はエミリーに気持ちを寄せているのかもしれない。

 まだ恋なんてしたことがないから分からないが、椿は花恋やリーリエよりエミリーの方が好きなのだろう。


 鬼人族の集落からずっと支えてくれた二人と、異世界召喚されてからリボーンに会うまで自分に真摯に向き合ってくれた子。


「はぁ……」


 椿はため息を吐きながら空を見る。

 異世界にも星があるのだと、初めて空を見た時に思ったものだ。月もあるし。


「どうしたら、いいんだろうな」


 そもそもエミリーが椿のことを好きだなんて確証はない。それなのに花恋とリーリエの気持ちをズルズルと引きずるのは二人にも悪いだろう。

 椿も本当にエミリーのことが好きなのかわからないのだし。


 そして、視線を上から正面に戻すと、


「……椿さん」


 ベンチにエミリーが座っていた。


「……いや、何やってんの?」


 今の時間帯は深夜だ。日付も変わろうとしている時間帯にこの子は無防備にこんなところで何をやっているのだろうと思い、思わずそう聞いてしまった。


「ふふ、あの日からすっかりここに来るのが日課になってしまいましてね。少し夜風に当たりに来ただけですよ」


「にしても無防備な。この前あんなことがあったんだからちょっとは警戒しろよ」


「でも、危なくなったら助けてくれるんですよね?」


 エミリーの言葉に、椿は何も言えなくなった。

 確かに椿はエミリーの危機を感じ取って駆けつけたが、もしかしたらそれは気まぐれかもしれない。だけど、エミリーは椿を信じているのだ。


 敵わないな、と思いながら、椿はエミリーの横に腰掛ける。


「……え?」


「立ち疲れた。少し座らせてもらうぞ」


 椿は許可も取らずに座ったが、エミリーはそれに対して嫌な顔一つしなかった。


 椿は再度夜空を見上げて


「……綺麗だな」


 ポツリと呟いた。


「……今の椿さんの心にも、まだ夜空を綺麗だと思う心はあるんですね」


「お前、俺の事なんだと思ってるの?実は俺の事そこそこ嫌いだろ」


 椿としては、異世界ではじめての友人に嫌われるのだけは阻止したい。


「そんなことないですよ。ただ、あの日が懐かしくなっただけです」


 エミリーも静かに夜空を見上げた。


「椿さん」


「……なんだ?」


「改めて、ありがとうございます。私の指名依頼を受けてくださり」


「ああ、あれか。いいんだよ。もしかしたらルリジオンにも俺が求めている物、九つの試練があるかもしれないからな」


 エミリーはエミリーのために。椿は椿のためにお互いを利用する。今回はそういう依頼だ。


「本当に、変わりましたね。あの日は、訓練に出かけるのも、モンスターと戦うのも辛いと仰っていたのに。こんなに強くなって……」


 エミリーは昔を懐かしむようにそう呟いた。


「まぁ過去は過去、今は今だ。気にしても仕方がない。それに迷い込んだ先で得たものも確かにあった」


 今の椿は目的を一つ完遂した状態だ。九つの試練を全て制覇するという目標もあるが、それはおいおい達成すればいい。


「俺はもう、戦うのは辛いとは思わない。目的のためなら相手が誰であろうとも倒す。それに今回は護衛依頼だ。エミリーも身の安全に関しては心配しなくてもいいぞ。必ず守るから」


 必ず守る。その言葉に、思わずときめいてしまったエミリーだが、すぐに首を振る。

 ダメなのだ。王女が誰かに恋をしては。自分の将来は、自分で決めていいものでは無いから。

 それに、守られてばかりは嫌だった。


 だからエミリーはベンチから立ち上がると、


「椿さん、少し付き合ってください」


 エミリーは神聖魔法で剣を創り出すと、椿にその切っ先を向けた。


「付き合ってくれって、今から戦うのか?」


「はい。私はもう弱いままは嫌なのです。今の椿さんは魔法だけでなく、剣術も一流レベルにできるはずです」


「まぁ、一流とまではいかないが、そこそこできる自信はあるな」


 エミリーの真っ直ぐとした目を見る。

 これは折れないな、と判断して、椿も異空間に収納していた木剣を取り出す。


「さて、夜も遅いし少しだけだぞ?」


「はい。それでは、よろしくお願いします!」


 その夜、少女が何度も悲鳴を上げながら吹き飛ぶ音が聞こえたとか聞こえなかったとか。

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