九つの試練 リーリエの場合①
リーリエにとって、この試練は鬼門ですらなかった。
リーリエは元から欲が少ない方であった。
これといって欲しいものも存在せず、今までの人生で唯一恋をした椿のことも十二分に理解していたので、たとえ偽物が現れても対処は簡単だった。
リーリエにとって離れ難い場所もない。妖精族の集落は懐かしい場所で、椿が日本に帰る際着いていくつもりであるリーリエはその前に一度だけでも帰りたいとは思っているが、それ以外には緊急時以外では帰りたいと強く思っていたわけではなかった。
そのため最後の部屋も素っ気ない白い空間で始まった。
「『"疾風"』」
偽リーリエとリーリエ、両者が邂逅すると、即座に状況を判断して羽を広げ戦闘態勢に移行する。
リーリエは自分のことは全て把握していた。そのため急激に上昇したステータスにも十分についていける。
お互いが同時に動き出し、同時に攻撃を繰り出す。まさに作業。
だが、それではお互い決定打に欠ける。
そう、全く同じ行動をするのだ。
本来、同じ人間、同じ思考の持ち主ならば、そうなるのは必然。花恋がおかしかっただけなのだ。
二人とも近接戦闘力は皆無だ。だから魔法を主軸とした戦いだ。
花恋と椿は自分が失った場所を欲した。だが、リーリエにはそれがなかったので何も無い空白の空間での戦いが余儀なくされる。
(決定打が無い……)
ここだと思ったタイミングで攻撃をしても、相手も全く同じタイミングで魔法を放ってくる。
リーリエはこの攻防で、ステータスや装備品までも全く同じであると予測した。
リーリエと偽リーリエは一度距離をとり、地に着地する。
リーリエは全身の魔力の流れを正確に感じながら対策を考える。
(多分、今相手も私同様、魔力を全身に巡らせてる。同じことを考えてる。同一人物、か……想像以上に厄介かも……)
つまり、リーリエのこの試練での課題は、己の想定を越える動きを手に入れること。
正直、不可能に等しいことだが、それでもやるしか道はない。
「『"影分身"』」
瞬間、同時に繰り出された分身。
想定外の動きをしようとしても、相手も同じことを考え、同じ結論に至り、同じ行動をとる。それがいかに厄介なことか、身に染みて理解した。
『ねぇ?理不尽だとは思わない?』
ふと、偽リーリエが話しかけてきた。
「……なんの話?」
『だって、そうでしょ?どんなに策を巡らせても相手も全く同じことをしてくる。それがどれだけあなたの心を苦しめるのか』
「それは、あなただって同じじゃないの?」
『全然違う。私は虚像だけど、あなたは人としての心も、知性もある。私は常に冷静な考えができるけど、あなたの心は消耗する一方。いずれ私に負けることは目に見えている』
二人同時に"死を呼ぶ死神の嵐"を発動する。相殺される。
「私を精神的に追い込むのが目的?」
リーリエは訝しみながら問いたものの、
『んー?特にそういう意図は無いかな?私たちはそれを目的として作られた訳では無いしね。それは他の試練の役割』
リーリエが放った"極滅の業火"を偽リーリエが同時に放った"極滅の業火"で相殺する。
ずっとこんな感じだ。
攻撃しようとしたタイミングで、敢えて防御を選んでも、相手も防御を選択する。攻撃が来るまで待機しても相手も待ちの姿勢で攻めてこない。
一進一退所ではない。
「……普通、同じ人とはいえ、ここまで同じ行動する?」
『それが、あなたでしょ?』
リーリエはそれもそうかと思い、再び行動を開始する。
このままじゃ勝てない。そう思いながらも思考を巡らせる。
相手の想定を超えるためには……
「椿なら、どういうかな」
椿ならきっと、相手が全く同じ行動をしても打開策を見つける。
きっと椿なら、
「そうだ」
リーリエは打開策を見つけ、ほくそ笑む。
『なにか見つけた?』
「もちろん」
それがいいことか悪いことかは分からないが、これで答えはひとつでた。
決着は近い。
「"火球"」
敢えて火力が低い技。これには偽リーリエも驚く。ここは最低でも上級魔法を放つと思ったから。だから偽リーリエも"炎帝"を放ったのだ。なのにリーリエが使ったのは下級魔法の"火球"もちろんリーリエの"火球"は容易に打ち消されたが、"炎帝"の跡には、誰もいなかった。
『あの子が死んだ?いえ、だとしたら私も消えるはず。でも避けるところは見えなかったし……』
瞬間、、偽リーリエの背後から殺気が感じられた。
偽リーリエが慌てて振り向いた瞬間に偽リーリエの背後に転移したリーリエが蹴りを放った。
普段、リーリエは蹴りなんてしないので、これには驚かされたが、だがそれだけだ。
「"極滅の業火"」
リーリエが使った魔法と同じものを偽リーリエも使う。
だが、偽リーリエが使った"極滅の業火"はリーリエの"極滅の業火"に敗北した。
『なぜ!?』
理解が出来なかった偽リーリエだが、その答えはすぐに出た。
「"落ち行く威厳"闇属性の中でも、とびきり強力な弱体化魔法をかけたよ」
最上級闇属性魔法"落ち行く威厳"はその名の通り、弱体化だ。それもちょっとやそっとの弱体化などではなく、常軌を逸脱するレベルの弱体化。
発動条件として相手に触れているという条件があるものの、これに怠惰の権能の効果もあわされば、椿でさえもステータスの平均が500ほどまで下がってしまう。
リーリエは怠惰の権能を持っていないのでそれはできないが、それでもリーリエならば偽リーリエのステータスくらいならばそれくらい下げられる。
『弱体化、か。椿みたいには出来ないから力業でそれを解決?私らしくもない』
「そうだね。でも、勝つために手段は選べないから」
だからリーリエは転移してまで接近し、魔法を行使した。ちなみにリーリエは転移魔法は使えないので、椿が転移魔法の術式を組み込んだペンダントをくれたのだ。それを使った。
『でも、それって私も同じことをしたら終わりじゃない?』
そう言って偽リーリエもペンダントに触れ、転移魔法を行使しようとしたが、
「無駄だよ」
それよりもはやく、リーリエは自分が出せる最速の"火球"を放った。
"火球"にしたのは、下級魔法ならばどれだけ速くしてもコントロールが簡単だからだ。
『くっ!"極滅の……』
「"乱魔"」
偽リーリエが使おうとした魔法の魔力を乱れさせ、爆発させる。
『かは』
最上級魔法の暴発をその身に受け、偽リーリエは地に落ちる。
「さて、随分苦労したね」
そう言いながら、なるべく苦しまないように一瞬で凍らせた。
「これで、試練は終了かな?椿と花恋にはちょっと厳しいところもあるかもだけど、それは信じていないとね」
そう言いながらリーリエは奥へと向かって歩いた。




