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九つの試練 花恋の場合①

 花恋は椿のはぐれてから不安でいっぱいだった。

 里を出てからは椿とずっと一緒だった。

 なのに、始めての試練ですぐにはぐれてしまった。


 椿の隣で戦えられるように強くしてもらったのに、情けない。


 だが、どんなに不安でも、花恋は諦めなかった。

 現に、寂しさから椿の幻影や今は亡き父や母の幻影が現れたが、椿から試練の詳細を聞いていた花恋は動揺せずに対応できた。


 扉の先に、焼かれたはずの鬼人族の里も、花恋は最初こそ、騙されたものの、人が一人もいない事実に気が付き、冷静に焼き払おうとした。


 だが、そんな花恋を背後から不意打ちしてきた敵、虚像花恋。

 二人は示し合わせたかのように戦闘にいこうし、


「きゃ!」


『あれ?わたくしってこんなに弱かったでしょうか?正直言って、期待外れです』


 一方的にやられていた。

 花恋は弱くない。現在も鬼化と限界突破を用いて虚像に応戦している。だが、花恋は強化された己の肉体をまだ完全にはものにしていなかった。

 急激に上昇したステータスに、体が、心が追いついていなかったのだ。


 一方、虚像は花恋と同じ技能、ステータス、知識を所有していて、虚像がステータスに振り回されないように、最初から調整が行われている。そのため、肉体の使用は虚像が上回っていた。


『ほらほらー、はやくしないと殺られちゃうよ?"獄炎"』


「!"風天蓋"」


 業火を風の結界で防ぐも、その隙をついて偽花恋は攻撃を仕掛ける。


『疾っ!』


 偽花恋から放たれる抜刀術。花恋も同じく抜刀術で応戦する。技術は互角だ。だが、ステータスでそれは覆される。


「きゃっ!"極滅の業火"」


 魔法なら万全の状態で放つことができるとふんで魔法を放つが、偽花恋も"極滅の業火"で対応して、相殺された。


『真正面からの戦いで、本当にわたくしに勝てると思ってますか?わたくしは、あなたなんですよ?』


 己の全てを完全に把握している偽花恋の方が花恋よりも上だ。

 だから暗に伝える。本物では偽物には勝てないと。


「はぁはぁ……」


 だが、花恋はそれでも立ち上がる。自身の肉体を完全に把握できていなくとも、それでも一矢報いると。


 偽花恋はそんな花恋の姿を冷めた目で見る。諦めない心は美徳とも言えるが、無理なものになんの改善もなく立ち向かうことは、美徳でもなんでもない。憐れなだけ。その姿は滑稽とも言える。


「はぁはぁ……"疾風"」


 風魔法で速度を上昇させて偽花恋の視界から姿を消す。

 "疾風"を使っているとはいえ、まだまだ未熟な花恋の速度では、いずれ偽花恋にその姿を捉えられてしまう。だが、錯乱することが出来れば問題は無い。


「"影分身"」


 水属性中級魔法"影分身"で、更に偽花恋を撹乱する。この魔法は並の魔力感知では本物と区別できず、気配感知や熱源感知でも本体と区別することは難しい。万能感知や椿の魔眼のような魔力の核を見ることが出来る技能でなければ分別は不可能だ。


 そして花恋も偽花恋も万能感知は所持していない。ならば撹乱することで隙を作ることができるはず。


 しかし、その目論見も外れることになる。


『はぁ、無駄なことを……"終焉の永久凍土"』


 瞬間、周囲が凍てつき、花恋は分身含めて凍ってしまった。


『再三言ったでしょ?あなたではわたくしに勝利することは不可能ですと』


 偽花恋は氷を解く。すると分身は全て消え、本体の花恋は地面に倒れてしまった。

 そんな花恋に対し、偽花恋は歩を進める。


『どうですか?あなたもあなたの弱さを知ったのではないでしょうか?あなたでは椿さんの横に立つ資格などないのです』


 偽花恋は花恋の前に立つと、その場にしゃがみ、花恋の頭を掴んだ。

 偽花恋は今の花恋の表情を見たいのだ。どんな表情をしているのか。

 悔しそうな、苦しそうな、現実から目を背けたような表情を。


 そうして花恋の顔を掴んで見えるようにあげた。


「やっと、油断してくれましたね……」


 花恋の目は、まだ諦めていなかったのだ。


「……"魔断"」


 花恋が行使したのは単純な魔法妨害魔法。だが、魔力によって人格を形成し、ステータスを貼り付けた偽花恋にはそれが効いた。


『あ……』


 一瞬。その一瞬偽花恋の動きが止まったのなら、それで十分だった。


「"炎帝"」


 最上級火属性魔法"炎帝"。簡単に言えば"火球"の最上位互換だ。

 同じ火属性最上級魔法である"極滅の業火"との違いは"極滅の業火"が任意の方向に向かって火柱を放つ魔法に対し、"炎帝"は熱量が凝縮された火球を放つ魔法。もちろん大きさもそれなりの大きさがある。


 そして、花恋はそんな"炎帝"を偽花恋に向かって放った。


『……!?"天蓋"!』


 咄嗟に結界で防ごうとするも、間に合わず肉体の大部分を燃やされてしまった。


『くっ……ですが、あなたもそろそろ鬼化と限界突破の制限時間が……』


 瞬間、花恋は抜刀術を放った。

 そして偽花恋はその花恋の姿を見て驚愕する。


『!?なぜ、傷が癒えているのですか!』


 花恋は先程まで重傷だった。そして偽花恋は兎も角、今の花恋に全ての傷を一瞬で治癒するような回復魔法は行使できないはず。


 そして、思考を巡らし、一つの答えに辿り着いた。


『まさか、使ったのですか!?あの薬を!』


 偽花恋が言った薬。それは王都へ向かう途中に椿がくれたポーションのことだった。

 その時の椿は適当に購入したポーションをどうにか強化できないかと試行錯誤していた。

 なにしろ普通の店に売っているポーションだ。最高級のポーションでも椿は勿論、花恋やリーリエを回復するのには全く足りない。

 だから椿は色欲の力を使ってどうにか強化できないかと試行錯誤し、そうして完成したものを取り敢えず花恋に渡していたのだ。


 だが、持ち物も全て完全にコピーしている偽花恋。勿論偽花恋もそのポーションは持っているので、己も服用しようとポーチに手を当て、


『な!?』


 黒焦げになったポーチが地面に落ちた。


「やはり、気づいていませんでしたか」


 そう言いながら花恋は"闇玉"を偽花恋に当てた。

 "闇玉"は全てのステータスを少し下降させるだけの単純な魔法だが、その少しの下降が今の花恋には必要だった。


「わたくしはわかっていました。今のわたくしではあなたに勝つことはできないと。ですからわざと隙を作り、わざとやられました」


『で、ですが、そんな作戦上手くいくはずが……』


「上手く行きました。あなたが油断してくれたおかげで……」


 花恋はうっすらと笑った。花恋は一度も偽花恋を侮らなかった。

 殺される可能性すら考慮していた。

 だが、勝てる可能性を模索し、それを見つけ、実行に移した。


「この戦いはわたくしの勝ちです!」


 そう言いながら花恋は偽花恋を斬り捨てた。


『見事』


 偽花恋は斬られた瞬間にそれだけ呟くと、その魔力体は鬱散して消えてしまった。


「……なんとか、勝てました」


 そう呟くと、花恋はそのまま地面に座り込んでしまった。


「……ダメですね。もっと、強くなりませんと」


 震える体に叱咤しながら花恋は立ち上がり、奥へと進む。

 その道を拒むものは誰一人としていなかった。

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