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前を向いて

 コツコツコツと廊下を歩く音がする。

 エスポワール王国の第一王女エミリーだ。


 エミリーは下を向いたまま、何かを後悔するような表情で歩いている。


「エミリー様」


 と、不意に後ろから誰かが声をかけてきたので振り向くと、そこには翔が立っていた。


「宇都宮さん……」


 エミリーは暗い雰囲気で翔の名を呼ぶ。

 翔も何かを察したのだろう。エミリーの横まで歩いてきた。


 翔はなにかあったのかは聞かない。無理に聞いても意味が無い気がしたからだ。


「……私、ダメですよね」


 と、突然エミリーが言葉を零した。


「……エミリー様はダメではありませんよ。俺たちにとてもよくしてくれています」


「ですが、結局頼ってしまいました……」


 エミリーも強くなろうと努力はした。椿が居なくなったと聞いた日から雑務の合間に技術やステータスを磨いた。だが、そんなもの関係ないとばかりに周りは理不尽にも蹂躙した。

 だが、それは翔も同じ気持ちだった。


 誰もが強くなろうとした。だが、本当の理不尽には適わなかった。


「私、椿さんが帰ってきたら沢山話したいことがあったのです」


 またあの日のようにたわいもない話しをしたかった。


「実は椿さんが帰ってきたらしばらくは戦わなくてもいいって言いたかったんです」


 翔はエミリーが内心でそのようなことを考えていたことに驚愕した。

 なぜならそれはあまりにも個人を贔屓したことだから。


 だが、翔もエミリーと同じ立場なら同じことをしただろうと思った。

 椿はこの世界の住人ではなく、右も左も分からない状態でどこともわからない場所でサバイバルしたのだ。寧ろそれは当然の処置とも言える。


 だが、翔はそこまで考えて疑問が浮かび上がってくる。ならばなぜ、椿にルリジオンまでの護衛を依頼したのだろうと。


 エミリーは翔の疑問を理解したのかまた表情を暗くしながら静かに答える。


「私はもう、椿さんには危険な事をしてほしくないと思ってました……」


 だが、椿はエミリーのピンチに駆けつけた。

 本当はエミリーは椿にはソルセルリーとも戦ってほしくないと思っていた。

 だが椿はエミリーのピンチに駆けつけ、助けてくれた。


「だから、私は椿さんを頼ってしまったのです」


 戦わせたくないと考えていた相手は既に遥か高みに至っていて、しかも発展途上だと言う。

 そしてエミリー達を戦場から逃がした転移魔法。それを個人の力で扱う椿。


 もう安全に生活してほしいと願った相手にエミリーは頼ってしまったのだ。その力をあてにしてしまったのだ。


 その事に翔は何も言えない。だが、翔には少なくとも椿はエミリーには好印象を抱いているのではないかと考えていた。


 興味もない相手と話したいとは思わないだろうし、なんとも思っていない人のために魔王軍幹部に喧嘩を売らないだろう。


 それにソルセルリーを倒した後のエミリーと椿を翔は見ていたが、あんなに優しそうな表情をしている椿を翔は見たことがなかった。


 だが、それをエミリーに言っても、本人は気がつかないだろう。だから……


「確かに、そうかもしれませんね。俺たちもエミリー様もあいつに頼りすぎてる気がします」


 だから翔はエミリーの言葉をあえて肯定する。


「だけど、上里はきっとエミリー様に頼られて嬉しかったと思いますよ?」


「……え?」


「だって、そうでしょう?あいつがあなたに泣きながら抱きつかれた時なんてすごい優しそうな表情をしてましたよ」


「!??み、見てたのですか!?」


 自分の黒歴史とも言える光景を他人に見られていたことに驚愕しているエミリーだが、翔はそれを無視する。


「エミリー様から指名依頼を貰った時なんて、顔には出しませんでしたが、部屋を出る寸前、あいつ、すごい嬉しそうでしたよ」


 きっと椿はもうエミリーに頼られることはないと思っていた。

 自分の力足らずで椿は消えたのだ。きっと優しい言葉をかけられて、もう戦わなくてもいいって言われると思ったのだろう。

 だから嬉しかった。まだ、頼ってくれることが。


「あいつの気持ちはあいつにしかわかりません。本当のところはどう思ってるのかも。だから俺は憶測で言います。上里は、きっと……」


 エミリーに頼られたことに歓喜している。

 エミリーは翔の憶測でも、それが真実なら嬉しいなと思った。


 ふと、墓の前で椿が言っていた言葉を思い出す。


「宇都宮さん……」


「……はい」


「私……強くなりたいです」


 翔はそのエミリーの確固たる意志をきいた。

 召喚者の誰にもない誰よりも強い意志を。


 エミリーはふふ、と笑うと再び前を向いて歩き出した。


「さて、それではルリジオンに赴く準備を整えなければいけませんね。幸い二週間も時間はあります。椿さんも準備しているみたいですし」


 エミリーは再度下を向く。だが、それは落ち込んでいるのではない。

 この城の地下空間で、何かをしている椿に向けて。



 □■



「ここが、九つの試練?」


 椿の転移魔法で入口前まで転移した椿の花恋とリーリエの3人。

 リーリエは転移が終了してすぐに周囲を確認したが、どうにも、試練には見えなかったからだ。


「いや、ここはまだ入口前だ。試練内部への転移は阻害されるからな。ここから試練内部に突入する」


 そう言いながら椿は周囲を見て、思う。懐かしいな、と。

 何を隠そう、椿は異世界召喚されて最初に出た場所に転移したのだ。


 そう、この召喚の間の下に試練がある。


 まさか再びこの場所に訪れようとは、あの日は予想していなかっただろう。


 異世界から人間を召喚するような、空間系最上級魔法級の魔法を用いて、試練への扉が開かれなかったということは、条件が何かあるのだろう。


「花恋、リーリエ。何か探してくれ。入口がどこかにあるはずだ。それか、なにかのヒントが」


「わかりました」「了解!」


 三人係で入口を探し出す。

 万能感知を用いても、魔法による察知も使えないということは、魔法や技能による探知も阻害しているのだろう。

 徹底しているなと思いながら慎重に探す。


「椿さん!」


 ふと、花恋が扉の真正面の壁に手を当てながら椿の名を呼んだ。


「見つけたか?花恋」


 椿のリーリエは花恋に近づき、壁に触れる。


「……中に何かあるな」


 その壁の向こうは空洞だった。

 触れた感覚なので正確にはわからないが、椿の花恋はそれを確信していた。


「リーリエ」


「わかった。"獄炎"」


 瞬間、リーリエの最上級魔法が壁を粉砕する。すると崩れた壁の向こうに空洞があった。


「椿さん、もしかして……」


「ああ。試練だ」


 空洞が現れた瞬間に出てきた異様な雰囲気。花恋とリーリエも体感でわかった。九つの試練だと。


「準備はいいか?」


 椿は振り返って確認をする。


「愚問です!」


「あたりまえじゃん」


 二人とも自信満々に答える。

 ここからは本当に死地だ。だが、三人なら大丈夫だというたしかな予感があった。


「さあ、いくか」


 三人は九つの試練に足を踏み入れた。

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