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指名依頼

「そうでしたか……そんなことが」


 現在、椿は王城の一室でクラスメイトたちとエミリー、それに一緒に旅をした花恋とリーリエと一緒にいた。なぜここにいるのかと言うと、今までの椿の経緯を話すためだ。


 今は転移後の話し、九つの試練と宝玉、鬼人族と魔王軍幹部リボーンの討伐についてだ。


 翔や光といったクラスの代表格の人も静かに椿の話を聞いていた。


 光たちが現在目標としていたリボーン討伐は既に行われ、さらに違う幹部までも目の前で圧倒的な差を見せつけられながら倒された。


 誰もが顔を俯かせる中、エミリーは椿のことをしっかりと見ていた。


「椿さんは、これからどうするのですか?」


「俺か?俺は最初はエミリーに会ったら九つの試練のクリアに向けて旅に出るつもりだったんだけどな……」


 九つの試練は椿たちが元の世界に戻るための鍵となっている。

 椿は現在簡単な空間差くらいなら越えられるが、この世界から日本まではまだ転移できない。

 だから椿は九つの試練をクリアして日本に帰還するための手段を確実に手に入れようとしたのだが……


「こんなことがあったしなぁ」


 魔王軍幹部の襲撃。

 今度はどのタイミングでエミリーの命を狙いに来るのかわからない以上、椿が迂闊に動くことはできない。

 それに九つの試練の残りの場所は椿も把握していない。

 そのため無謀な旅に出るよりは、ここでひとまず情報収集に徹した方がいいのではないかと思っていた。


「では、ここに残ってくださるのですね」


「まあ、とりあえずな。花恋とリーリエもそれでいいか?」


 椿が後ろを向きながら問うと、花恋もリーリエも軽く頷いた。それを見ると椿は小さく「ありがとう」とだけ言って視線を戻した。

 エミリーはその様子が、心から通じあってる仲間のようにも見えて、少し胸がモヤモヤとした。


「上里、ひとついいか?」


 と、急に立ち上がったのは翔だ。


「……なんだ?」


「その九つの試練とやら、俺たちにも手伝わせてくれ」


「却下」


 翔の誠心誠意の言葉にも、椿は即答する。


「!?なぜなんだ上里くん!宇都宮くんも言っていたが、俺たちは君を手伝いたいんだ!君だけにそんな心労を負わせるわけにはいかない!」


「いや、足でまといだし。着いてくる方が心労増やすわ」


 あっさりと足でまといだと公言した椿に、クラスメイトたちは全員眉がピクリと動く。

 仮にも彼ら彼女らは異世界チート集団なのだ。それを足でまといと一蹴する椿に少しばかりイラついたのだろう。


「あのな、何にイラついてるか察するから一応言っておくが、単純な戦闘力だけで、精神を殆ど鍛えていないお前らに来られても単純に迷惑なんだよ」


 椿のみだてでは、一部は問題なさそうだが、それでも足でまといに変わりはない。


 椿は今発見している九つの試練の場所だけは教えるつもりだったが、それも面倒になりつつある。


 そもそも嫉妬の間の最後に出てきた八岐大蛇程のモンスターが出てくると、いくら光達でも突破は不可能だ。


 色欲の間のサキュバスたちは、戦闘力でいえば光達でも問題なく突破できるが、真の脅威は魅了による精神攻撃だ。精神のステータスも半端で、耐性も持っていない人では突破は不可能だろう。


 怠惰の間はまだクリア出来る可能性があるが、そのためにはステータスに頼らない強さが必要だ。椿はステータスを下げられても元が高かったので無事だったが。


 どれもこれも今の光たちが攻略するのは不可能な難易度で、しかも場所も遠い。


「お前らが付いてきたいなら最低でも精神のステータスを1000にしろ。そしたら自己強化ができる色欲の間くらいなら飛ばしてやる。そこさえクリア出来ればある程度はステータスで補えるからな」


 実際はそんなに簡単ではないが、まあ彼らならなんとかするだろうと思って言っておいた。


 ちなみに次の試練では花恋とリーリエは連れていくつもりだ。


 話は終わりだと椿は席を立とうとしたが、


「椿さん、最後にひとつ、よろしいですか?」


「……どうした?エミリー」


 エミリーはまだ何かあるようだ。

 エミリーまで試練に連れて行けとかは言わないだろうと判断して耳を傾ける。


「椿さんは今は冒険者として活動している。そうですよね?」


「あぁ。だが、それがどうしたんだ?」


「では、私からの指名依頼を受けてくれませんか?もちろんギルド経由の正式な依頼を」


 冒険者の指名依頼。

 それは依頼人が名のある冒険者を指名してお願いする依頼。

 もちろん特定の人物に依頼するわけだから普通の依頼に比べても報酬も良くなっている。


「……で、内容は?」


「……神聖国ルリジオンまでの護衛をお願いします」


「ルリジオン?」


 神聖国ルリジオンといえば、トリストが留学していた国だ。

 あの国には国王がおらず、教皇と十大神官によって国が動いてるはずだ。


「何しに行くんだ?」


 椿の疑問にしばらく俯いた後


「お兄様があの国で何を学び、どう思ったのかを確かめに行きたいのです。お兄様の物はソルセルリーによって失われたり、椿さんとの戦闘で消滅したものが多いですから」


 椿もさすがに完全に消滅したものまでは再生できないので、これには苦しい表情をした。


「どうか、お願いできないでしょうか?」


 真摯に懇願してくるエミリーに椿ははぁとため息を吐くと、


「出発はいつだ?」


 依頼を受けることにした。

 エミリーはパァーっと表情を明るくすると、


「準備もありますので出発は二週間後を予定します!」


「……了解」


 椿はそう言うと、部屋から出ていった。


「よかったのですか?」


「何がだ?」


「依頼を受けて……」


 花恋は正直いくらエミリーの願いでも椿は依頼を受けないと思ってた。

 椿の目的は九つの試練をクリアして日本に帰ること。

 だからその時間は邪魔になるのではと思ったのだが、


「九つの試練は世界中に散らばってるからな。ルリジオンを調べて見てもいいかもしれない。それに……」


「それに?」


 聞き返してきたリーリエに笑みを浮かべると


「この城の地下に違和感を感じるな。おそらく九つの試練があるんだろう」


 つまり椿はこの二週間の間に九つの試練を一つクリアしてしまおうと言うことだ。


「どうだ?ついてくるか?」


 花恋とリーリエはお互いに顔をあわせると、椿の方を見て力強く頷いた。


「もちろんです。椿さんの肩をあわせていたいですから」


「そのために、私も花恋も試練を受けるよ」



 □■



 椿が出ていき、エミリーも出ていった後の部屋では重い空気が充満していた。

 原因は椿だ。


「足でまといっか」


 翔は小さく呟いた。

 たしかに自分たちはソルセルリーとの戦いでは何もできなかった。だが、その言い方は無いだろうとも思っていたが、


「かけるん……」


 翔は隣で不安そうな表情をする優花の頭を撫でる。

 わかっているのだ。二人の戦いを見た瞬間から、自分は弱いということを。


 実は翔はこっそりと戦力感知を使用していた。そしてわかったのだ。


 椿との絶対的な差というものを。

 椿と一緒に旅をしていたという花恋とリーリエにも足元にも及ばないことを。


 だけど、


「負ける訳にはいかないな……」


 翔は不意に席を立った。


「高円寺!」


 急に名前を呼ばれた光はビクッとする。


「俺は強くなる。誰にも負けないように!」


 そう言った翔の目にはたしかに決意があった。

 そして問ていた。お前はどうだ?と。


「燻ってるならそこにいろ!俺はもっと強くなるからな」


 いつもは冷静な翔がそう言って部屋を出た。優花も「待ってー」と後に続く。


 光はこの世界に来た時は、強くなろうとしていた。

 椿が消えたあともそうだ。だが、今はどうだ。

 魔王軍幹部の一人にいいように倒された光。

 その自信は、既に崩れ去っていた。

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