墓の前で
その後、事後処理が行われることになった。
トリスト王子の死体以外は椿がエミリーたちを転移させるときに一緒に転移させていたので全て無事だ。ウルの体は殆どが焦げていたが。
ちなみに城はすぐに元に戻った。
椿が戦闘跡地を見て、さすがに不味いと思ったのか城だけでもと再生させたのだ。
光を含めた何人かは死んだ人を生き返らせることは不可能なのかと聞いたが、
「不可能ではない。だが、今のあいつらを無理に蘇生させても生物の根源となる魂魄が消えている今生き返らせても植物状態になるだけだ」
と、椿に一蹴された。
結局久しぶりに会ったクラスメイト達との会話とも言えない何かはそれで一旦終了した。
ちなみにこの騒動はさすがに王都の住民にも広まった。
あれだけ派手に暴れればさすがにばれるとのことだ。
エミリーはこのことをどうしようかと考えたが、その事については椿が代案を出してきた。
椿はこの騒動を魔王軍に全て押し付けようと考えたのだ。
騒動を起こしたのは魔王軍幹部のソルセルリーだったので、何も問題は無いと判断した。
ちなみに内容は、トリスト王子がエスポワール王国への期間中に魔王軍幹部に襲撃され、命を散らし、肉体を奪われた。
民衆を騙し内部に侵入してエミリー王女の殺害を目論んだが、それは二ヶ月前に失踪させられたが、力を蓄え強くなった上里 椿が駆けつけ守った。
戦闘は熾烈さを増したが、ソルセルリーに奪われた肉体の中に隠れ潜んでいたトリスト王子の魂が椿がソルセルリーにトドメを刺す隙を与え勝利したと。
椿の勝利にぶっちゃけトリスト王子の魂は関係ないし、なんなら残ってもなかったが、そっちの方が都合がいいだろとそのまま椿がギルドに報告した。
そのことはエミリーも一緒に報告したことにより、事実として受け入れられ国中に広がった。
上里 椿とエスポワール王国第1王子トリストは、救国の英雄であると。
□■
現在椿は一人で城の共同墓地から離れたところに墓を建てている。
トリストの墓だ。
「椿さん、本当にこんなところでいいんですか?」
「そうだよ。せめて王族の墓地にでも……」
「いいんだよ。花恋、リーリエ。"虚無砲"は全てを飲み込む。形だけだ、こんなものは……」
王族の共同墓地は昔から王族の遺体が丁寧に埋められていると言われている。
そんなところに体もない人物の墓を建てるかも疑問だったのだ。
だから椿は攻めてもの思いでここに建てた。
「椿さん……」
花恋とリーリエ以外の気配を感じとって椿は後ろを向く。そこにはエミリーが来ていた。
「エミリーか……」
「はい。それは、お兄様のお墓ですか?」
「ああ。形だけだがな……」
花恋とリーリエは二人して一歩後ろに下がった。
椿は薄らと笑みを浮かべながらエミリーを見る。
エミリーはそんな椿を見て隣まで歩いてきた。
「……ありがとうございます」
「何がだ?」
「トリストお兄様のことです。本当はもう魂がなかったとしても、きっと苦しかった筈ですから……」
ソルセルリーはトリストの肉体で好き勝手していた。
天国なるものがあるかは知らないが、あったとして、そこから見てるとしたら、きっと苦しんでいただろう。
そう思って礼を言ったのだ。
「それにしても、凄いですね椿さんは!あの魔法においては全ての生物の上を行くと言われている魔弾のソルセルリーのオリジナル魔法を奪うだなんて!」
「そうだな……術式は解析できたからな」
ソルセルリーの努力は伺え、精密な作りだったとは思う。だが、ソルセルリーがもっと魔法に対して真摯に向き合っていればあれだけの優勢にはならなかったと思えるほどには。
「それに、そんな魔王軍幹部に対して片手間にそのような作業を行うなんて!」
「んなわけあるか」
なんとか褒めようとしていたエミリーの言葉を正面から否定する。
そして椿は空を見ながら呟いた。
「あいつは強かったよ。マジで」
油断は許されない戦いだった。一瞬でも気が抜ければおそらく椿が負けていただろう。それほどの戦いだったのだ。
だが、勝った。勝者は椿なのだ。
「でも"魔弾"を解明しなきゃあいつには勝てなかったからな」
椿から見ても"魔弾"は強力な魔法だった。単純ながらもよく考え込まれた術式。込めるMPに応じて数と速度、威力を増す魔法なんてそうそうないから。
「でも、できたから勝てたのでは……」
「いや、俺は殆ど解読していない」
エミリーと後ろで聞いていた花恋はその意味がわからなかったが、リーリエはわかった。わかってしまった。
「椿、それって……」
「ああ」
椿が解読するまでに他の誰かが途中まで読み取っていた。そしてソルセルリーにそれほどまでに接近して"魔弾"を解読できた人物など一人しかいない。
「トリスト王子が途中まで解読してくれてたんだ」
エミリーはその言葉をきいて息を呑んだ。
椿は魂など残っていないと言っていたが、トリストは確かに椿の勝利に貢献していた。
「この戦いは俺が勝ったんじゃない。トリスト王子が勝ったんだ」
誰から見ても強力な"魔弾"。その術式を解明して、そして託した。いずれ戦うであろう誰かに。必ず難所になるであろう"魔弾"の攻略法を。
エミリーは空を見上げる椿のその瞳を見て、何かを理解した。
きっとリボーンによって転移させられた先で色々なことがあったのだろう。
言葉遣いが変わり、雰囲気が変化し、背丈も少し変わるくらいには。
だが、その中に以前の優しさが残ってると理解した。
「エミリー、悲観することは無いぞ」
「……はい」
「あいつは役目を果たしたんだ。俺はお前に死んでまで戦いに貢献しろだなんて死んでも言わないが、エミリーにはエミリーに出来ることがあるはずだ」
椿は静かにエミリーを見る。
「……わかりません。お兄様にも完全には出来なかったことを私にできるでしょうか……」
エミリーは俯きながら少しづつ話し始める。
「そもそも、お兄様が神聖国に行ったから襲われたのでは……」
「ソルセルリーは魔王の命令でここまで来たんだろ?この国を落とすつもりで。ならどこかのタイミングで必ず襲われていたさ」
「なら、お兄様が帰国するという話をした時に迎えを出せばよかったのです。召喚者の皆さんには申し訳ございませんが皆さんに……」
「あー無理無理。あいつらが行ったところで何も変わらなかったよ」
あいつは化け物だったと笑いながら言う椿にエミリーはなんともいえない表情をする。
「そもそも、それをしたらあいつは高円寺たちの肉体も奪ってただろうからな。より簡単にこの国を攻めることが出来ただろうな」
なら、どうすれば正解だったのか、そんな考えばかりが頭の中を駆け巡る。
「エミリー、さっきも言っただろ?悲観するなって」
椿はしっかりとエミリーの目を見て言う。
「何も出来なかった己の無力を忘れるな。悔しいなら強くなれ!常に発展しろ。そして繋げ、トリストの意志を」
椿がそう言うと、エミリーは自分の手のひらを見つめてしまった。
そうして
「椿さん……ありがとうございます」
「おう」
「私、決めました!」
そう言って顔を上げたエミリーの顔には確かな決意があった。
「椿さん。話してくださりありがとうございます」
「いいよ、別に」
「ところで、椿さんはしばらくは王都に滞在しますか?」
「その予定だよ」
「でしたら、王宮を開けておきますので来てくださいね」
エミリーはこれから何かをするのか、そう言うとお辞儀をして帰って行った。
「……優しいですね椿さん」
と、ずっと後ろで静かに待機していた花恋が話しかけてきた。
「なんのことだ?」
「だって、椿ったらあの子が躓いて倒れないようにしてあげてたじゃん」
「……知らないな」
椿はただ、自分の考えを言っただけだ。それに
「これ以上、誰かの可能性を潰してはるものかって思っただけだよ」
椿は墓を見ながらそう言うと振り返って
「じゃあ、帰るか」
花恋とリーリエはその後ろについて行った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
これにて第一章は終わりです。
第一章は基本的に主人公上里 椿くんを中心とした物語でしたので、他のキャラはどうしても影が薄くなってしまいました。
椿のことを好きになって付いてきた花恋やリーリエも第二章では活躍する予定です。
作者の中でメインヒロイン認定しているエミリーの活躍も二章に詰まってます。
まだまだ続くと思いますが、これからもこの作品をよろしくお願いします




