その感情は
ソルセルリーの手から生み出された"絶空弾"。
その脅威は少し離れていたエミリー達にも伝わった。
「あんな、もの……」
どうやったら。そう勝手に絶望している。だが、花恋とリーリエはなんの心配もしていなかった。むしろ
「椿さん……やりすぎないでくださいね」
椿に自重を求めていたのだから。
一方自身の残りのMPを使って最大奥義を創り出したソルセルリーは確実に椿を仕留めるために"絶空弾"を放った。
そうして飛ばされた"絶空弾"は次の瞬間にはボシュッという音が鳴って消えてしまった。
「は、はぁ?"絶空弾"は?俺の"絶空弾"は何処へ?」
「消し飛ばしたぞ」
ソルセルリーの視線の先には片手を向けた椿が浮遊していた。
「消し飛ばした、だと?人間如きが、俺の最大奥義を消し飛ばしたと言うのか!」
椿はソルセルリーの叫びに対して手のひらに球を創り出した。
「空間魔法"虚無砲"この世の全てを亜空間に放り込んで塵にする空間魔法の最上級魔法だ。見た感じ俺の方が魔法の格は上みたいだけどな」
「はぁ!?」
魔法の格が上。そう言われて納得はできないが、納得するしかないのだ。"虚無砲"に内包されたプレッシャーは"絶空弾"よりも上なのだから。
「威力を重視して派手さはない。だがその脅威は本物だ。少し前、誰にも気付かれずに内緒でこの魔法を試したことがあってな。どんな魔法なんだろうって思ったんだ」
椿にとって魔法とは楽しいものだ。確かに人の命を奪いうる可能性がある危険なものに違いがない。だが、その術式一つ一つに人の思いが込められている。
だが、"虚無砲"はその思いを踏みにじるような魔法だった。
ただただ相手を消し飛ばすだけの魔法。だから椿は"虚無砲"に素晴らしさを見いだせなかった。
「さて、お前はもう終わりだ」
「な、何を……」
「わかったと思うが、お前じゃもうどう足掻いても俺には勝てないぞ」
確かにソルセルリーは強い。物理でダメージを与えても魔法でダメージを与えても、その再生力で必ず生き残る。
たとえ肉体を滅ぼしても、本体となる肉体が中に残っている限りソルセルリーは死なない。だが、
「一つ、質問なんだがな」
椿はソルセルリーに虚無の瞳を向ける。その意味は、お前なんぞ眼中にないとのことで。
ソルセルリーは背筋が凍るような思いをしながら椿の言葉を待った。
「お前はこれくらったら死ぬのか?」
直後発生した"虚無砲"のオンパレード。
命の危機を察したソルセルリーは急いで"魔弾"を放出するも、"虚無砲"はその全てを無に帰す。
「ああああああああぁぁぁ!!」
"神速"もう使って全力で逃亡を開始する。だが"虚無砲"は転移してソルセルリーを追いかける。
「来るな来るな来るな来るな来るな来るなァァァァァ!」
そして"虚無砲"にばかり意識を割いていたソルセルリーの体を椿が転移して斬る。
「がはっ!」
もう無理だ。この体は捨てようと肉体からの逃亡を開始しようとするも
「逃がすわけないだろ?"縛魂"」
ソルセルリーの魂をトリストの肉体に外部から定着させる。
これでもうソルセルリーは逃げられない。
「嘘だ!俺が負けるはずがないんだ!俺は魔王軍幹部だぞ!魔法最強と言われた男だぞ!それを、それを!」
叫び散らすソルセルリーの顔面を蹴り飛ばす。
「お前のことなぞ知ったことない。興味もない。俺の興味は悪魔族は、怪人族は虚無に放り込んだら本当に死ぬのかそれだけだ。お前の価値など俺からしたら無いに等しい」
そう言って椿は空気を蹴ってソルセルリーに接近する。
斬られる、殺される。そう感じとったソルセルリーは逃亡を試みるも、周囲は既に"虚無砲"に囲まれていた。
そして椿の方を振り返ると、既に目の前に……
「ああああああああぁぁぁ!!」
「閻魔一刀流ーー龍閻抜剣」
居合切りの要領でソルセルリーを斬り飛ばし、そのまま落ちていったソルセルリーはついに"虚無砲"に飲み込まれた。
「嫌だ!離せぇぇぇ!」
だが、下半身を飲み込まれながらもソルセルリーは脱出を試みる。
「誰か、誰か助けろぉぉぉ!!誰でもいい!誰かこの餓鬼を殺……」
ソルセルリーの言葉は最後まで言われることなく、無数の"虚無砲"に飲み込まれ、消えてしまった。
□■
「終わった……のか?」
翔がそう呟きながらソルセルリーがいた場所を見る。
飛んでいるのは椿だけ。
誰もが呆然と椿を見ていると、背後から陽の光が来た。
「夜が、終わる」
誰もが太陽を見るが、エミリーだけは椿から目を離せなかった。
ぼーっと見ていると、ふと椿がこちらを見てきた気がした。そして目が合った気がしてエミリーは慌てて視線を外す。
(あれ?なんで今私……)
視線を外したのだろう。そう思いながらエミリーは花恋とリーリエを見る。
飛行用の魔法で飛び立ち、椿の元に向かっている。
すぐ近くにすぐに駆けつけられる、二人を見て胸がチクリと痛み出す。
何故だろうか。でも、エミリーはその感情がとても悪いものだとは思えなかった。
半壊している城にも目をやる。
完全に元に戻すにはそれなりの時間が必要になりそうだ。だが、それでも今だけはそれを気にしないようにする。
エミリーはもう一度椿を見る。
椿はエミリーの視線に気が付いたのか二人に断りを入れてからエミリーの元に転移した。
「エミリー……」
「椿さん」
二人の間に気まずそうな空気が流れる。
先程まで魔王軍幹部を圧倒していた男にはまるで見えないその姿にエミリーは思わず笑ってしまう。
「おいおい……笑うことないだろ?」
「すみません……ですが、先程まであんなに暴れていた人がここまで気まずそうにしてるのが、なんだが可笑しくて……」
椿は「それもそうか」と言いながら少し微笑む。
エミリーはあの日、椿に借りたペンダントを取り出しながら
「椿さん。少し遅かったですが、約束守ってくださりありがとうございます」
「いいよ。俺こそ帰ってくるのが遅くなっちゃったな」
そう言いながら椿はペンダントを手に取る。
そしてエミリーは椿に抱きついた。
「エ、エミリー?」
「それに、椿さん。生きてて、本当によかった……」
椿は静かに涙を流すエミリーをそっと抱き締めた。
(やっぱり、椿さんは優しい……)
たとえ強くなっても、変わってしまっても椿に変わりはなかった。
椿に抱きしめられると、エミリーの胸の奥がポカポカと温かい気持ちになる。胸の鼓動が収まらなくなる。
エミリーはその感情の名前をまだ知らない。




