勇者御一行だってー そんなに偉大でもないのにね
「勇者御一行様。ご夕食の順次がととのいました」
椿たちがこれからの方針について話し合っていると、玉座の間の扉がノックされ、女の人の声が聞こえてきた。
どうやら夕食が出来たらしい。
「よし、急いで決めなくちゃいけないことはあらかた話し合ったし、続きはまた今度でいいだろう。せっかくだからみんなで異世界の食事を貰いに行こう」
光のその言葉で椿達は立ち上がり、扉の外に出た。
「お待ちしておりました。それではご案内いたします」
扉の外にいたメイドさんがそう言って椿達を先導してくれた。
最初地下から玉座の間まで移動する時は緊張していてあまり見ていなかったけど、改めて見ると絵画や高そうな壺などが色々と配置している。
これから王城に住むだろうから、絶対に触って割れたり、破れたりしないように注意しよう。と、椿は思った。
椿たちを先導していたメイドがそれなりに大きな扉の前で立ち止まった。
おそらく、ここの中で食事をするのだろう。
メイドさんは椿たちの方を見て、全員いることを確認すると扉をノックしながら中に向かって話しかけた。
「失礼します。勇者一行様をお連れ致しました」
メイドさんがそう言うと、中から「入れ」と言ったユスティーツの声が聞こえた。
「失礼します」
メイドさんが改めてそう言って扉を開けると、そこは煌びやかな装飾が施されたパーティー会場だった。
そのパーティー会場には豪華な服を着たいかにも貴族らしき人が何人かいて、奥にはユスティーツがいた。
ユスティーツの隣には14歳くらいの女の子もいた。おそらく王女だろう。
ユスティーツは椿たちが会場に入ったのを確認すると
「勇者一行よ。改めてエスポワール王国へようこそ。貴殿たちには少しでもこの国がよい国であったと思ってほしいと思っている。そのためと言ってはなんだが、簡易的にだがこれは諸君らの歓迎パーティーだ。ゆるりと楽しんで欲しい」
そう言ったユスティーツの言葉で、パーティーは開始された。
パーティーは立食パーティーだったが、椿たちは異世界の料理に興味津々で、数多ある料理に舌鼓をうっていた。
勇者一行の歓迎立食パーティーということもあって、事前にこの日に召喚されることが知らされていた幾人かと貴族は、この異世界ではまず見ることの無い特徴的な制服を着た人に積極的に話しかけていた。
貴族たちのメインはやはりリーダー的存在である光だったが、光以外にも平一や翔、椿にも声はかかった。
もっとも椿のところに来た貴族の人数は光たちに比べると圧倒的に少なかったが。
貴族たちは男には自分の名を売るために、女には立場上下手な貴族よりも位が上である勇者一行との政略結婚を狙うために話しかけていた。
そして王女様も光たちに挨拶していた。
椿は一通り食事を終えると、変な人物に話しかけられる前にパーティー会場からすぐに出られるテラスのような場所で一人で佇んでいた。
椿はテラスのような場所で飲み物の入ったグラスを片手に、眼下にそびえる王都を眺めていた。
「……綺麗だな」
「ふふ、ありがとうございます」
ポツリと呟いた言葉に誰が反応したので、声の方に視線を向けると、他の人達に挨拶回りをしていた王女様がいた。
「……ああ、王女様、ですか」
「王女様なんて他人行儀な」
「いえ、そもそも僕まだ名前も聞いてませんよ」
椿は名前を知らないと言ったが、椿も王女様に自己紹介をしていないので、王女の方も椿の名前を知らなかったりする。
「そうでしたね。全体の前では自己紹介をしませんでしたし」
王女様はそう言うと姿勢を正し、優雅にスカートの裾を摘んで完璧なカーテシーを見せながら、
「エミリー・S・エスポワールと申します。よければ、あなたの名前を教えていただけませんか?」
「上里 椿と申します。よろしくお願いしますエミリー様」
「ふふ、エミリーで結構ですよ。椿さん」
そう言って微笑んだエミリーの顔を見て、椿は思わず顔を赤くして、それがバレないように顔を逸らした。
普段は物静かな椿でも、思春期の男の子だ。エミリー見たいな可愛い女の子が真正面から微笑んでくれたら照れもする。
椿は顔を逸らしたことで改めて城下町を見る。
夜なので静かだが、活気のあるいい街だと思った。
「……綺麗ですね。この街は」
「ありがとうございます。現在は魔王軍との戦争の途中ですので、まだまだ緊張を解けませんが、ここ最近大きな戦闘が行われていないので、国の皆さんも安心して生活出来ています」
エミリーは城下町を見ながらそう呟いた。
椿は戦争中でもこんなにも人は元気に暮らせるんだと思い、心が強いなと思った。
または油断してるだけか。
「ところで椿さんは先程からずっとお一人でしたが。食事が口にあいませんでしたか?」
「いえ。少し、あの雰囲気が自分に合わなくて。食事はどれも美味しかったですよ」
王女との会話に椿は内心すごく緊張していた。
椿は当たり前といえば当たり前だが、どこにでもいるただの一般市民だ。
それ故にこれほど明確に目上の人と話す機会なんて滅多に無い。
それにしても……と椿はエミリーを見る。おそらくこの国の第一王女。頭の上にちょこんと乗ったティアラに加え、純白のドレスを綺麗に着こなしているその姿は素直に凄いと思う。そして、とても可愛らしい。
「あの……私、お邪魔でしたか?」
「え?なぜ邪魔だと?」
「……先程椿さんはあの雰囲気が合わなかったと言っていましたし、勇者一行としてパーティー会場に入ってきた時も皆さんとは一歩引いた場所にいましたので、もしや一人が好きなのかと思ったのですが……」
「いえいえ!邪魔だなんてとんでもない!むしろありがたいくらいです」
「そうですか?では、少しお話しをしてもよろしいでしょうか?」
「それくらい全然大丈夫ですよ」
ということでエミリー王女との会話が始まった。
どうやら椿よりも先に9人の勇者一行とは話しを済ませたみたいだが、10人目が見当たらず、どこかしら?と探していたらしい。
椿は素直に申し訳ないなと思った。
「……それにしても不思議ですね」
「不思議、ですか?」
ポツリと呟いた椿の声にも律儀に反応するエミリー王女はすごく優しいと思った。
「はい。昨日、と言うよりも今日のお昼までは異世界に召喚されるだなんて夢にも思いませんでしたからね」
内心では心臓をバクバクさせながらも、椿はある程度平静さを装いながら、エミリー王女の質問に答えた。
すると
「……その件に関しては大変申し訳なく思っています。先程、他の勇者一行様たちからも少し聞いたのですが、皆様私と年齢はほとんど変わらないのだとか」
これは本心だとわかった。
実は椿の今の両親は里親で、名前は兎も角苗字は今の母親と父親の苗字を使用している。
今の両親の前に育った本当の両親に関する記憶は今は無い。
医者曰く、何か壮絶な経験をして、記憶をシャットアウトしているのだろうとのこと。
なので里親が変わった、小学5年生以前の記憶が無い。
その今は亡き記憶の中で、何があったかはわからないが、椿は人の感情などが人一倍読めるのだ。
椿が見たところ、エミリー王女は心の底から、召喚した椿たちに罪悪感を抱いている。椿はそんなエミリー王女を見て、真面目で心優しい人なんだな、っと思った。
「それは……エミリー王女が謝られることではございませんよ。エミリー王女が召喚したわけでも無いですし」
「いえ。これはこの国に住むものとして、そして異世界からの召喚に対して反対していたにも関わらず、賛成派の波に飲み込まれ、召喚してしまったことへの謝罪です」
「?賛成派?反対派?」
ここに来て新たな単語が出てきたことに首を傾げる椿。
椿のその様子を見たエミリー王女はしまった!といった表情をしている。
「すみませんエミリー王女。よければ賛成派と反対派について詳しく教えてください」
エミリー王女は椿の言葉を聞いて一瞬難しそうな顔をしたものの、すぐに意を決して顔を上げた。
「そう、ですね。そもそもこれは椿さんたちが召喚される原因となったことです。あなたたちには知る権利があると思います」
エミリー王女はそう言うと、ゆっくりと賛成派と反対派について、そして椿たちが召喚されることになった決定的な出来事について話し始めた。




