もう嫌だから
椿が見たところ、ヘクトールはまだ完全にはシュラーゲンと同化できていない。
故に今浄化を放つとシュラーゲンの魂だけを浄化することも可能だ。だが、それでもヘクトールの魂にも少なくないダメージがはいる。
そうすると、ヘクトールはこの先二度とまともに生きることが出来なくなるかもしれないのだ。
椿はチラリとエミリーを見る。エミリーはそれだけである程度察したのか、コクりと頷くと、立ち上がって傍までやってきた。
「どうしようか………」
「浄化では、ダメなのですか?」
「完全な同化じゃないとはいえ、魂はほとんどくっついてるからな。あいつが一生廃人になる」
「それは………困りますね」
実際エミリーに実害はないのだが、ここで帝国に恩を売っておけば、この後の同盟の話もスムーズに進むようになる。
まあ、椿が乗り込んできた時点でそれも怪しいが。
「放っておくという手は………」
「そうしたらいつかあいつが中にいる悪魔族に体を乗っ取られるな」
どうしようもない絶望的な状況。
「では、どうしたら………」
椿とエミリーの話しを聞いていた他の人々も、不安そうな表情を浮かべている。
もしかしたら自分の国の皇子が死ぬかもしれないのだ。そんな表情もするに決まってる。
「がァァァ!殺す!殺すぞ!」
そうこうしているうちに、ヘクトールが目覚めた。
「そもそも、なぜ幹部はヘクトール様と同化したのでしょうか………」
何故か。
「確かに、あいつに同化するメリットは………」
シュラーゲンがヘクトールと同化するメリット。そんなものはない気がするが………
「更なる高みへと昇るため、か?」
シュラーゲンは悪魔族だ。ならば、人間族の技能は使えない。だから、更なる力を得るために、技を増やそうと考えたのだろう。
「そこへ都合の良さそうなやつを、適当に選んだのか………?」
だったら、
「その目的を」
実行する意味を
「奪えばいいんだ」
椿は不敵な笑みを浮かべた。
「なにか、策が思いついたのですか?」
「もちろん。取っておきの作戦がな」
そうして椿はヘクトールの姿を捉える。
「私にできることはありますか?」
上目遣いで見てくるエミリーに、頼み事をしそうになったが、椿はエミリーの頭を撫でると、後ろへ下がらせた。
「大丈夫だって。エミリーを危険な目には合わせられない」
そうして進もうとする椿の身体をエミリーは引き止めた。
「どうした?」
「………なぜ、なのですか?」
「ん?」
なんのことかわからず、思わず聞き返すと、エミリーはしっかりと椿のことを捉えて叫んだ。
「なぜ自分だけ危険な場所に行こうとするのですか!そんなに私は信用できませんか!?もう、1人でなにも出来ずに見ているだけなんて、嫌なのです!」
それはかつての後悔から来る言葉だ。椿がいなくなったあの日、エミリーはなにもできなかった。なにかができる状況でもなかった。
だが、エミリーの中では、未だにあの後悔を引きづっているのであろう。
「そうか………」
椿もエミリーがなんのことを言っているのか理解し、先程の自分の発言を悔やむ。
こんなにも一緒に居たいという子がここにもいるのだから………
「エミリー………」
「………はい」
本当は嫌だ。連れて行きたくない。危険な場所に飛び込まないで欲しい。そう思いながらも椿はエミリーの意志を最大限尊重するために言葉を発する。
「無茶だけは、するなよ」
エミリーが椿の言葉が一瞬わからなかったが、すぐに理解し満面の笑みを浮かべると
「!はい!」
元気よく返事した。
2人は共通の敵を見る。
「殺す!殺すぞ!必ず!殺してやる!」
先程から殺す殺すと連呼するヘクトールを捉えて一言。
「勝つぞ」
「はい」
最後の戦いが始まる。




