最強
椿によって蹴り飛ばされたヘクトールの身体は、壁を貫通し、外にまで飛んでいってしまった。
その光景にエミリーは冷や汗をかいているが、チラリと椿を見ても気にしていなさそうな顔をしている。エミリーはそんな椿の顔に少しイラッときたので足を踏んでおいた。
「?」
痛覚は感じなかった椿だったが、急に踏まれたらびっくりするのか、横目でエミリーを見ていた。
だが、そんな微妙な雰囲気を壊すのが皇帝だ。
「貴様、自分がなにをしているのかわかっているのか?」
ずっと近くで見ているだけだったダクデュール皇帝がついに話しかけてきた。
「なにって、簡単だ。結婚しそうになっていた好きな子を奪いに来た。それだけだ」
傲岸不遜に、椿はそう言いきった。
「これがあくまでも帝国と王国との繋がりを強固なものにするための結婚だとしてもか?」
「ああ、そうだ。俺にとってはそんなもの知ったことではない。関係もないし、興味もない」
そう言い切る椿をエミリーは止めようとしたが、皇帝は止まらない。
「いいのか?貴様は聞いていたところ王国の人間だろ?このまま我国が王国に戦争を仕掛けてもいいと言うのか?」
それは最上級の脅しだ。ダクデュール皇帝は今エスポワール王国に帝国に対抗するための戦力はないと考えている。
だから、ダクデュールはここでエミリーを返すならば戦争はしないでやると、そう言っているのだ。だが、
「好きにしろよ。それでお前の気分が晴れるならな」
椿は戦争を容認した。
「椿さん。それは………」
「大丈夫だって。さすがに俺が全部処理するからさ」
その言葉に、ダクデュールは青筋を浮かべずにはいられなかった。
「随分と、傲慢だな。本気で勝てると思ってるのか?」
「思ってるよ?だって、お前ら。弱いもん」
瞬間、ダクデュールの本気の殺意に会場にいる人物の殆どが気絶、又は震えが止まらなくなった。
だが、例外もいる。エミリーと椿だ。エミリーにとっては、椿と一緒にいるのでダクデュールの殺気なんてそよ風くらいにしか感じていない。
そして椿はダクデュールの殺気なんてそもそもなんにも感じていないのだ。
「その傲慢な態度が、どこまで続くか、見ものだな………」
ダクデュールはそう言うと、万が一のために備え付けていた剣を取り、椿に向かって斬りかかった。
「おっそ」
だが、椿はその剣を側面から叩きおる。
「なっ………」
あまりにも予想外な出来事に、ダクデュールは絶句し、そのすきに椿は手のひらをダクデュールに向けて、衝撃波を放つ。
「がはっ………」
あまりにも呆気なく吹き飛んだダクデュールは、そのまま気絶してしまった。
「あれ?一撃?」
あまりにも呆気ない勝負に、椿は困惑してしまう。
「取り敢えず、起こすか」
「そうですね。でないと話し合いも出来ないので」
椿とエミリーはダクデュールを起こそうと考え、近づこうとするが、殺気を感じ取った椿は咄嗟にエミリーを守った。
「ちっ!」
エミリーを腕に庇いながらその殺気の正体に対して蹴りを放つ。
その殺気の正体は先程椿が蹴り飛ばしたヘクトール皇子だった。
「ヘクトール様!」
エミリーがヘクトールの名を叫び、椿はヘクトールを見る。
よく見ると、先程とは打って変わって禍々しい魔力を纏っている。そして、椿に与えられたはずの傷も軽く見たところ見えなかった。
「お前、なにした?」
明らかな変化。それに椿は警戒心を解こうとは思わなかった。
その様子の椿にヘクトールは意気揚々と話す。
「俺はこの国一の力を手に入れたのさ。見せてやるよ、侵入者!俺に勝てるやつなんているはずがないんだよ!」
ヘクトールから迸る破壊の奔流。
「椿さん………」
不安そうな顔をするエミリーの頭を椿はしっかりと撫でる。
「大丈夫だって。俺を信じろ」
それだけ言うと、椿はヘクトールに視線を向けた。
「だって、俺。最強だからな」
その傲慢な言葉に、エミリーは不快になることはなく、むしろ安心感を覚えた。
「じゃ、待ってろ」
椿はそれだけ言うと、ヘクトールに向かって歩き出した。




