お前が好きだ
「話って、今更何を話しに来たのですか?」
エミリーは無謀にも帝城に侵入してきた椿にそう問いかける。
視界内には招待された帝国貴族や今回の結婚相手であるヘクトール皇子。
皇子も皇帝も。誰もがエミリーと椿を静かに見ている。
エミリーは話しに応じる気はなかったものの、舞台は既に用意されていた。まるで、椿がそう誘導したかのように。
「悪かったな、エミリー」
椿が最初に発した言葉は謝罪だった。
エミリーはなぜ謝罪されたのかわけもわからず、だが椿が何かを伝えようとしていることはわかったので何も言わない。
「帰ってきてから、急いで乗り込んで来たんだけどさ、本当は今でも何を言ってやったらいいのか俺にはわからない。わからないから、気遣うことも上手く出来ないから、俺の正直な気持ちを伝えようと思うんだ」
椿の真摯な重い。だが、エミリーはそれを椿の口から出しては行けないと思った。
「もう、無理なんですよ。手遅れなんですよ。何もかも遅かったのですよ………」
「そんなことは無い。だってまだ………」
「そんなことあります!私は、ヘクトール皇子と結婚するのですから!」
エミリーの明らかな拒絶。ここで帰ればエミリーが椿の侵入を不問にするために動いてくれるだろう。だが、それを他の誰でもない。椿が許さなかった。
「その皇子と結婚する?」
「はい。ですので………」
「だったら、なんでそんなに悲しそうな顔しながら泣いてるんだよ………」
エミリーは最初はその言葉の意味がわからなかった。だが、目から涙が溢れている。椿にそう指摘され、目元に触れて、はじめて気がついた。
「ちが、これは………」
「お前がこの結婚を本心から望んでいるのであれば俺は止めたりなんてしなかった。だけど、お前は、お前だって本当は嫌なんだよな?好きでもない相手と結婚するだなんて、嫌なんだよな」
「そんなこと!」
「ないわけないだろ!他の何よりも、お前のその目が、そう訴えてるんだよ!」
椿はまた一歩エミリーに近づく。
「エミリー。俺は正直どうしたらいいのかわからなかった。わからないから、悩んだり、考えたりしたよ。でも、俺ってそんなに頭良くないからさ。だから愚直に、正直に、伝えることしかできない。聞いて、くれないか?」
椿は今度こそ真っ直ぐにエミリーを見つめる。エミリーは、その目から逃げることができなかった。
「エミリー、好きだ!他の誰よりも、何よりもお前のことが好きなんだ」
椿は顔を真っ赤にしながら、それでもエミリーだけを見つめる。
「エミリー、俺と一緒に来てくれ。俺と一緒に生きてほしい。お前がいないと悲しみに囚われてしまいそうな俺を助けてくれ」
それはなんとも情けない。縋るような告白。でも、エミリーは知っている。
椿は本当は弱いこと。あの夜からそれは確信していたのだから。
「エミリー。俺の手をとってくれ。そうすれば、あとのことは全部俺が何とかしてやる。だから!俺を、選んでくれ………」
また一歩エミリーに近づく。もはや、誰の姿も捉えてなかった。そこには確かに二人だけの空間が出来上がっていた。
「ダメ、ですよ………私は王女です。自由な結婚だなんて、ダメなんですよ。私は国の未来のために」
「国の未来なんかよりも、お前のことを考えろ!お前は王女である前に、一人の女の子だ。今まで我慢していた分、我儘言ってもいいんだよ!」
椿はエミリーの手の触れる距離まで近づいた。
「誰もお前の我儘を許さないなら、俺がそれを許す。お前がまだ、なにかに縛られているんだったら、俺が解放してやる。だから、一緒に来て欲しい。一緒に生きてほしい。これから先ずっと!」
だから、と手を差し伸べた。
「俺を選べ」
その短い言葉に椿の全てが込められていた。
エミリーはその手と椿の顔を交互に見るだけ。
もう、エミリーに逃げ場はない。この告白に対して真摯に向き合わなければいけない。
国を思うならばエミリーはこの手を払わなければいけない。それが正解だ。椿には花恋もリーリエもいる。真面目なエミリーは抜け駆けなんてできなかった。
だから、手を払わないといけない。払わないと………
「私、は………」
神父が、ヘクトールが、皇帝が、帝国貴族達が見ている。ここで断らなければヘクトールの顔に泥を塗るだけだ。だから、断らなければ。
「あっ………」
でも、エミリーの手は気がつけば椿の手の上に乗せていた。
「あっ………」
また、声が零れる。ダメなのに。わかっているのに。エミリーの心は、抗うことができなかった。
「本当に、私でいいのですか?花恋さんやリーリエさんは………」
「いいんだよ。俺は、エミリーが好きなんだから」
エミリーはその言葉を聞いた瞬間、我慢できずに椿に抱きつこうとして、椿の背後から膨大な殺意が襲いかかってきた。
「!?」
咄嗟に反応したエミリーはさすがと言えるだろう。だが、椿はそれよりも速く反応し、その原因に対して蹴りを放った。
手加減なしの容赦のない蹴りは、襲いかかって来た相手、ヘクトールの動体に綺麗に刺さり、その肉体を外まで吹き飛ばした。




