女戦士族の契約
天使族。それは天界に住まうとされている神の直属の眷族とも言われている種族である。
高い身体能力と魔法適性。その能力は人間族、鬼人族、妖精族、女戦士族、獣人族のありとあらゆる能力を凌ぐとすら言われている。
世界が始まった時から神と共に魔王率いる悪魔族と争っている種族である。
最強種とも言われている天使族。それが今、椿たちの頭上に佇んでいる。
「あっ………」
イズモが声を漏らす。圧倒的存在感を前に恐れているのか、イズモの視線は天使族の女から離れなかった。
(珍しい………)
イズモは椿を前にしても恐怖なんて微塵も感じさせなかった。そんな彼女が、天使族を前にして明らかに怯えている。
だが、怯えていないのはこの場には椿しかいなかった。リーリエもサンも他のアマゾネスも全員が天使族の姿を見て恐れている。
つまり、それほどなのだ。それほど天使族は畏怖すべき対象なのだ。
「こんにちは下々の皆々様。私はブジャルド様直属の三大天使が一人。ミカエルと申します」
そう言って優雅な礼をしながら静かに降りてきた。
ミカエルは周りを一通り見ると、その視線をイズモに固定した。
「………イズモ」
「………なんじゃ?それでも後処理とかで忙しいんじゃが………」
イズモは汗を流しながら必死に言い訳を募る。わかっているのだ。この天使族からは逃げられない、と。
「私の要件は、ご存知ですよね?」
三大天使と言われるほど強力なミカエルの訪問の理由。椿は勿論、サンにもわからなかった。
だが、イズモだけはわかっていた。
「………わかっておる。我らの先祖が結んだとかいう頭のおかしい契約」
「そうです。あなた方は天使族と悪魔族の戦争に積極性はありませんでしたね。ですが、それ故に我々天使族が説得しに来たりしましたね。その契約の内容が………」
「契約を結んだ瞬間から、悪魔族との戦争参加は最低限にする代わりに、他種族の誰かに負けた瞬間から我ら天使族の奴隷となり、粉骨砕身の精神で働く。そういう契約を………」
イズモだけが知っていた契約。その内容に思わず誰もが驚愕する。
だが、そんな中ミカエルはイズモに手を差し伸べる。
「さぁ、我々と一緒に来てくれませんか?天界へご案内しますよ………」
そう言って差し出されたミカエルの手をイズモが握ろうとして………
「"大火球"」
椿のたった一発の魔法をミカエルに向かって放った。
「な………何を………?」
イズモは状況が理解できていないようだ。
「おい、イズモ」
吹き飛ばされたミカエルを目の端においやり、椿が静かにイズモの姿を見る。
「あいつの手を握ったら、お前を含めた女戦士族の全員があいつの労働力になるんだぞ?女王ならば、それくらい考えろ」
もっともな正論だが、イズモは首を横に振る。
「ダメなんじゃよ。既に契約は結ばれてしまった。我らは先祖が結んだ契約の後始末を整えるために大人しく奴らの言うことを聞く以外、なにも………」
初めて見る弱々しい姿をイズモを一切気にせずに椿はその姿を見やる。
「あるぞ?ここから全員が助かる方法」
それはたった一つの解決策。
「あいつを、倒すんだ」
必然的に辿り着く結末であった。
「じゃ、じゃが。あれと今戦えるものは………」
この国にはいない。そう言おうと思ったが、椿は静かにリーリエに視線を向ける。
「なあ、リーリエ………」
「な、何?ちなみに無理難題は押し付けないでね」
若干恐れながらリーリエは返事をしたが、椿はそんなこと気にせずに歩み寄る。
「なあ、リーリエ。お前があいつを倒すんだ」
そして椿はミカエルの方に指を向けた。
「え!?無理、無理だって!私なんかよりももっと適任が………」
「確かに、俺や花恋ならばなんとかできただろうな」
そこでリーリエは一瞬顔を俯かせるが、「だが」という監督の言葉に引き止められた。
「俺は、お前ならできるって、そう信じてるから」
真っ直ぐに向けられた目に、リーリエは耐えられなくなり………
「無理、じゃよ………あのお方は何百年と前から生きている、正真正銘の」
化け物。そう言いたかったが、途中で言葉が詰まる。
だが、椿は少し緊張しているリーリエの頭を撫でながら言葉を紡ぐ。
「大丈夫だって。失敗したら俺がフォローするしさ。それに」
椿は最後にリーリエとしっかりと目を合わせながら言った。
「たとえあいつがどれだけ強くても、手を抜いた俺より強いことはないからな」
だから、ぶつかってこい、と。椿はリーリエに託した。
「まぁ、やれるだけやってみるよ」
リーリエはミカエルの前に立って構える。
「おいで?天使族さん。私は、絶対に負けないから!」




