ビールとメイド服〜奥さんがメイド服を着てくれるというけれど嬉しくないひたすら怖いです〜
「見て見て祐一~」
上機嫌極まりなく家に帰った凛ちゃんを見た瞬間、わる~い予感が走った。こういう悪い予感はしょっちゅうあります。そして外れたことはありません。
「今日さ~。会社のお疲れ様会だったんだけどさ~」
知ってます。凛ちゃんが先頭切って大成功させたプロジェクトですよね?
「ご褒美にこれもらっちゃった~~」
黄色いビニール袋から取り出した物を見た僕に目眩が襲った。
「旦那さんの前で着てあげてだって~~」
…………メイド服だったんだ。
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「早速着てあげる~」
「い……いいよっ」
「やっだ~。遠慮するなよぉ~」
全く遠慮してません。ほんとにいいです。想像するだに怖いです。
しかし無駄だった。僕の言うことは100パーセント無駄なのだ。新婚旅行先を決めたときから今まで僕の希望など通ったことはない。
自分の部屋に引っ込んでごそごそいわせたかと思うと間もなく凛ちゃんが現れた。
「じゃ~ん♪」
ひ~~~~~っ。着ちゃったよメイド服!
「ど~お?」
ど~おって……。いや、とても可愛らしいです。金のボタンも。薔薇の刺繍も。レースの縁取りもヒラヒラのスカートもみな素敵です。
………………でも……女王様にしか見えない。
@@@@@@
僕は拍手をした。ものすごい高速度回転で自分の手首を動かして盛大にパチパチした。
「似合うっ。似合いますっ。こんなに似合う28歳は日本中探しても凛ちゃんだけだよっ」
「28歳は余計じゃっっ」
頭をはたかれた。ううっ。誉めたのに。
しばらく鏡の前で腰を左右にひねってはポーズを決めていた凛ちゃんは飽きたらしい、ソファーにどかっと座った。
「ちょっと。ご主人様」
ご主人様って僕のこと?
「……ハイ」
「ビール持ってきて」
「メイドさんってビールを持ってきてくれる方なんじゃないの?」
「いいから持ってこいっ。気のきかねえご主人様だなっ」
「はいっ。ただいまっ」
ご紹介が遅れましたがこの人は僕の奥さんで神崎凛子といいます。酒癖の悪い28歳です。
僕は慌ててビールを冷蔵庫から持ってきた。もう散々飲んでるはずなのになあ……。
「ちょっとっ。ご主人様っ。あたしをどんだけ辛党だと思ってんのよ。ツマミもなくて酒が飲めるかっ。人を塩がありゃいい飲べえ扱いしないでちょうだい」
飲べえ扱いになどしておりませんがツマミが欲しいということはわかりました。
キッチンに行って缶箱からピーナッツとさきいかを持ってきた。皿に開ける。『これだけかよ』という顔をされたので冷凍庫を見ると冷凍枝豆があった。チンして差し出した。
凛ちゃんもといメイド様は鷹揚に頷いた。
「……大好きよ。ご主人様」
全く萌えない。
メイド様は缶ビールを開けて美味そうに飲み干した。
「飲み会の後のビールは利くねえっ。もう一本っ」
……持ってこいってことですよね。
凛ちゃんの体が心配で1本だけ持ってきたら、お前の分はどうしたんだと言われたのでもう1本追加した。
僕もこの宴会に参加ですか? 何の罰ゲームですか? ううっ。
ご丁寧に頭にレースのカチューシャまでさせたメイド様と僕は乾杯した。
メイド様は嬉しそうだ。
「それにしてもさあ~。今回のプロジェクトは苦労したわよぉ~」
……凛ちゃん大丈夫かな。そうやって年中苦労話をして嫌われる部長さんとかいるけどさ。
「ご主人様聞いてんのかっ」
聞いてます、聞いてます、正座をして拝聴しております。
「で、どーなんだお前んとこの業績は」
「業績もなにもボク総務部なんで……」
「ぐちゃぐちゃ言わずに結論だけいえっ」
「はっ。はいっ。大変宜しいのではないかと……」
「ならいい……」
ぐびーーーっと凛ちゃんはビールをあおった。
凛ちゃん。足は閉じましょうね。パンツが見えるから。ね。僕メイドさんのパンツ見ても特に嬉しいと思えないです。
で、散々メイド様のプロジェクト成功物語(愚痴8割)をお伺いしているとやがてソファーにもたれて寝息をたて始めた。
僕は凛ちゃんに毛布をかけた。
凛ちゃん。よかったね。
ここ毎日午前様だったもの。一度プロジェクトが潰れかけたことも知ってるよ。
メイド様は足が綺麗だ。
黒いタイツのメイド様の足をひとなでして僕はニッコリした。
電気消すからね。
おやすみなさい。
(終)
お読みいただきありがとうございました!
【次回作】は「花火」です。
神崎祐一は御手洗凜子という会社の先輩とお付き合いしていた。ところがこの彼女は超女王様。
いきなり旅行に誘われてしまいついていくことに。
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2006年6月19日初稿