カンザキ リュウ
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八月二十一日 基地正面ゲート前
空はどす暗く、待ち合わせをしている男に、重くのしかかっている。
空を見上げる男は、ブルージーンズのポケットに両手を突っ込んで、センタースタンドを降ろしたバイクに腰を掛けていた。
先程から警備兵が、聞きたくもない世間話をしてくるが彼は相手にせず、時折基地に出入りする人や車に注意を払っていた。
くそ、折角のデートもこんな天気じゃあな……
いつの時代も天気予報など当てにならないものだ。
彼は今にも降りだしそうな雨に対して無防備であった。
「おいおい、もう二時間だぜ」
腕時計を一目見ると彼は天を仰ぐ。
不意にバランスを崩し、バイクごと後ろに倒れそうになったが彼は天性の運動神経で難を逃れた。
「ああ、バカだよなぁ何やってんだか」
長い時間、待たされていた彼は急に嫌気が刺した。
彼女に対してでは無く相手の気持ち一つ掴めない自分に対してである。
何度か諦めて出掛けようとしたが、もしかしたらと思い、今まで待っていたのだった。
「時間を決めたのはそっちだぜ」
誰に言うわけでもなく独言を漏らすと彼はついに決心をしてバイクに跨った。途端に空が泣き出した。
大粒の雫が叩きつけるように彼に落ちて来る。
「ついてねぇな」そう言いながらキーを取り出し、差し込む。
不意に誰かが大声で叫んでいた。
声のするほうを見ると、さっきの警備兵が走り寄って来る。
「何だよ、何か用か?」
雨の中、警備兵は雨合羽を身にまとっている。
どぶネズミと化した彼は、そいつを恨めしそうに睨んだ。
「今さっき、あんたにって、これを預かったんだ」
警備兵は半透明のビニールケースを彼に差し出した。
彼は不思議そうな顔で受け取った。
「相手はどんな人だった?」
前髪から滴る雫を迷惑そうに右手で払う。
「男だよ、誰かに頼まれたらしい、基地正面ゲート前で待っている人に、ってよ、それじゃ渡したぞ」
警備兵はさっきとは別人のように無愛想に言い放つと彼に背を向けた。
雨が降り出したことが原因の一つだろう。
「ちょっと待てよ、何で俺なんだ」彼は言った。
「こんなとこで二時間も、訳もなく居るのは、あんたしか居ないんだ」そう言うと警備兵は水溜まりが出来ているアスファルトのうえを避けながら詰所まで走って戻った。
彼はビニールケースを一目見ると、開けようともしないで、バイクのバニアケースに突っ込んだ。
「彼女か、律儀な女だな」
彼には中身が何であるか予想がついていた。
あのとき、代わりに支払った金と、おそらくメッセージか何かだ。多分、手紙だろう。
手紙はどうせ謝罪文だろうから、今ここで雨に打たれながら読む必要も無い。
あの警備兵に勘ぐられるのも嫌だったし、恋愛悲劇の主人公を演じるようで気持ち悪かった。
バイクのエンジンをかけ、何度か空吹かしをし、白い煙をタイヤから上げながら勢い良く雨の中を走らせる。
一緒にメシを食って、話をするだけってのが、まずかったのか?……先週は楽しそうだったが、あれは俺の誤解か?
彼は、まるで風に話し掛けるように疑問を吐き出す。
もちろん風は、彼の疑問に答えるつもりも無く、彼に雨を叩き付けているだけだ。
来ると思ったんだけどなぁ
走り出して少し経つと視界に無数の赤いテールランプが入って来た。
かなり先にも続いている。
こんなところで渋滞かよと、彼は天を仰ぎ呻いた。
いつもは片側二車線の道路が、気が付けば三車線になっていて、反対車線が代わりに一車線削られていた。
彼は動かない車達を尻目に左から抜いていく。
どのドライバーも、この鬱陶しい雨と渋滞にうんざりと言った顔をしていた。
白いワゴン車が彼の目に止まった。
車中からこちらに気付いた子供たちが、手を振っている。
軽く左手を上げ、挨拶を返すと愛らしい笑顔を浮かべる。親とは対照的だった。
渋滞は四キロ程続いていた。不意に彼の視界に軍用車両の群れが入って来た。
赤い回転灯を点けているその車は、車全体が白一色で横に黒字で『U.N.SPACY』と書かれていた。
三車線一杯の車幅を誇る大型トレーラーがその先に見える。
真っ昼間からこんなもん走らせるなよ、口を尖らせ文句を垂れる彼は反対車線から一気に追い抜きをかけようとした。
だが、前を走る白い軍用車のドライバーが右手でそれを制した。
「おいっ、俺は急いでんだよ」
併走しながら近付き、皮ジャンの内ポケットからIDカードを左手で取り出しドライバーに見せた。
ドライバーは、ハッとして敬礼をする。
「失礼しました中尉殿、ちょっと待って下さい、先頭車に対向車を止めて貰いますから」
ドライバーは助手席に座る男に何やら声を発した。
「悪いな任務中、ところで随分とデカイ荷物だな、引っ越しか?」彼は聞いた。
こんな休日のこんな時間に運ぶ荷物が気になったし、恋人同士の、そして家族の楽しい休日を奪った責任がこの荷物にはあるはずだ。
しかし、デートの相手が来なかった責任はこいつには無いんだよな
自分の考えに笑いがこみ上げて来たが、必死に噛み殺した。
「すいません中尉殿、答えられないのです」
聞かないでくれと言わんばかりの表情を彼に見せる。俺も被害者だよと言っているようにも受け取れた。
「ああ、分かったよ」
彼は予想通りの答えを出した誠実なドライバーにウインクしてやった。もちろん誤解されない程度に。
「中尉殿は、珍しいバイクにお乗りなのですね、カワサキですか?」
ドライバーは彼のバイクに興味深々と言う目をちらりちらりと見せる。
「ガソリンモデルの最終型だ」脇見運転するドライバーに前を見ていろと指で促す。
「こんな天気に勿体ないですよ」
ドライバーは頷きながら言った。
「良いんだ」彼はそう言うと、このまま会話していたらデートをすっぽかされた哀れな男の話を、とくとくと言聞かせてしまいそうだな、と思って苦笑した。
助手席の男が何やらドライバーに話し掛けていた。
「中尉殿、進路クリアになりました、どうぞ行って下さい」
ドライバーは退屈な任務の暇つぶし相手がいなくなることに少し残念そうに言った。
「了解、邪魔して悪かったな」
彼は絶妙のタイミングで会話が終わることを神に感謝した。
休日だと言うのに任務に忠実なこのドライバーに軽く敬礼をすると、これ見よがしにギアを素早く落とし、右手のアクセルを捻った。
濡れた路面のうえをバイクは、踊るように後輪を左右に振りながら併走していた軍用車から離れていった。
「まるでサーカスだな」
助手席の男は呆れ顔でドライバーに話し掛けた。
「ああ、この雨の中、良くやるよ」ドライバーは笑いながら言った。
助手席の男はインカムに指を掛けた。
「年代物のバイクが行ったぞ、カワサキだそうだ、興味ある奴は良く見ておけ、もう実物は見られないかも知れないからな」
男の耳には前を走る車からの奇声が聞こえて来た。
「何て速度を出すんだ、気でも狂っているのか?」助手席の男は気違いが事故らないように祈らないではいられなかった。
レイナは先頭を走る戦闘指揮車両の中に居た。
周りが急に騒がしくなったので、輸送品目リストから、目を隣に座る輸送指揮官に向けた。
「この雨の中、物好きな奴がいるもんだ、奴か?」
「どうしたんですか?」
「いや、古いバイクが今、横を通るそうで若い隊員が興奮しているのですよ」
「バイクですか?」彼女の脳裏にあのときの青年の顔が浮かんでいた。
「来ました、飛ばしてんなぁ」手の空いている若い隊員達は窓から外の様子を眺めていた。
「すげぇ、本物だ」
「俺、知っているぞアイツ」
車内には、バイクの排気音は入って来なかったが彼等若い隊員達が上げる声で、充分車内は騒々しい。
「任務中だ、静かにしろ」指揮官の声に車内は急に静けさを取り戻した。
「お恥ずかしい、ここの皆はああいったものに人一倍反応を示すのですよ」
「いえ、気になさらないで下さい、私達開発部の都合で休日返上で運んで下さる皆さんには本当に申し訳ないと思っています」
「上層部の決定ですから仕方の無いことですな、隊員の中にはデートの約束をしていたものも居ますが、そいつは全然落ち込んで無いですよ、むしろ喜んでいる、こんなにお綺麗なかたと御一緒出来るのですから」
「あ、ありがとう」
彼女は少し頬を紅く染め、照れ臭そうに視線を彼からそらし、手元の輸送品目リストが書かれている書類に向けた。
「バイクってガソリンタイプのですか?」彼女は彼との約束を結果的に破ったことが急に気になった。
「ああ、そうです、変な奴ですよ、あんなモノに乗っているのはこの辺りでは奴一人しか居ない」
「その人、ご存知なのですか?」
彼女は思わず身を乗り出し指揮官に問い詰めるようにしていた。
「ええ、私は良く知らないですけど、基地では結構有名ですよ、何でもMWの訓練生で三ヵ月前からここで高重力下の機動訓練をしているそうです」
「やはり、そうだったのですか」
彼女はあのとき、自分の推理が正しかったことを確信した。
「あのう、変な奴って言いましたよね、」
指揮官は苦笑いを浮かべていた。「興味お有りのようですね」
「ええ、内燃機関のバイクに乗っているのでしょう?」
彼女は彼の言葉に少し動揺した自分に気が付いた。
「とてもパイロットとは思えないのですよ、性格が、何て言うのですかね、血の気が多いって言うか、若い奴に言わせれば『熱い奴』らしいんですけど、冷静な判断力、感情に左右されない決断力、奴にはパイロットとしての適正が欠けているのですよ。そのくせに戦技レベルは特Aだそうです。ねえ、変でしょう?」
指揮官は彼女に同意を求めるような目で彼女を見た。
彼女は黙って彼の話を聞いていた。
「三日前には、MWの格闘戦の模擬訓練で教官機と自分を対象に賭けをやったらしくて、基地司令に呼び出されて搾られたらしいですよ、理由を尋ねられて奴は『女とデートするのに金が無かった』と言ったそうです」
「賭ですか?」
「ええ、給料出てまだ一週間ですよ、何に使ったのか」
彼女はバイクをフロントガラスの中に捜したが、すでに見えなくなっていた。
仕方なかった。実験機の輸送手続や何やらで、この一週間彼女は過密スケジュールを強いられていたし、連絡しようにも名前すら知らない。
当日はこの有様、開発の手の空いているものに頼むしかなかった。まあ、ここで彼の話を聞くまでそんな気分では無かったのだが。
「どうしました?気分でも悪いのですか」
「ああ、すいません、雨が随分激しいですね」
「基地の予報官も今頃青くなっていますよ」
「バイクの人は大丈夫かしら」彼女は心から彼を心配していた。
「奴なら平気ですよ、それよりオービタルリングまで昇るエレベーターがこの天候で遅れていないか心配ですよ、予定より十五分遅れていますし、軌道上の艦に少し待ってもらうようです」
「そうですね、仕方ありませんわ」
彼女は溜め息混じりにそう言うと再び書類に目を通し与えられた余白にサインをして輸送指揮官に手渡した。
「宇宙か……」そう言いながら灰色の雲に覆われた空をレイナは車中から見上げていた。
基地郊外にある住宅郡の中に彼の借家があった。
彼はバイクを庭に止めるとビニールケースを取り出し、家の中に走って入った。
八月とは言え、全身雨に打たれ冷え切っていた。ビニールケースをソファに放り投げるとシャワールームに向かった。
途中テレビフォンが鳴り出したが彼は無視を決め込み、そのまま濡れた衣服を洗濯機に放り投げシャワールームに入った。
「只今外出中です、用件のあるかたはメッセージを入れて下さい、気が向いたら連絡入れます」
彼は自分の入れた応答メッセージを、苦笑いを浮かべながら聞いていた。
「リュウ居るんでしょ、ちゃんと出なさいよ」
彼は熱いシャワーを浴びることを後回しにしてリビングにある受話器を取ることにした。
声の主は、『ブレンダ・ハスリン』彼の恋人のはずだった。
筈だったと言うのは、彼女は自分の居場所を彼に知らせないでいて、何ヵ月も声すら聞かせてくれず、声を忘れそうになったころ、ある日突然、掛けて来るからだ。
「勝手な女だ」
彼は吐き捨てるように呟くと受話器を取り上げた。
「何だよ、気まぐれ女じゃねぇかよ」彼はわざと不機嫌な声と顔をした。
「何、裸で威張っているのよ、大事なトコが風邪をひくわよ」
テレビモニターに映るブレンダは笑みを浮かべている。
彼はアタフタしながら股間をタオルで隠した。
「相変わらずね」
「う、うるさいんだよ」
少し上擦った声を上げた自分を責めながら、彼はつとめて冷静さを強調しようと取り繕った。
「で、今度はなんなんだよ」
「何よ、久しぶりに逢えたって言うのに随分素っ気ないのね、いいわ、じゃあね」
モニターの中のブレンダは不満気に受話器を降ろそうとしていた。
彼は大声でブレンダの行為を止めさせた。
「悪かったよ、あんまり倣りっぱなしにするもんだから、つい苛めたくなったんだよ、御免」
ブレンダは顔を伏せながら肩を震わせていた。
「どうした、謝っているだろ……泣いているのか?」
ブレンダは堪え切れず思いっ切り笑った。
「おいっ」
「ごめんなさい、だって可笑しくて」
「失礼な奴だ」
彼は息を切らしながら笑うブレンダに、紅潮した顔を向けていた。
「今、何処に住んるんだ?」
「内緒よ、割とリュウの近くかもね」
「地球か?」
「まぁね」
「まぁねって、教えてくれたって良さそうなもんじゃねぇかよ」
「ダメ」
「あのな、研究が忙しいのは分かるが、この三年間俺は、お前の実体に触ったことがねぇぞ」
「清い付き合いじゃない、いけない?」
彼は肩を落とし項垂れた。「お前は逢いたくねぇのかよ、こんなモニター越しの虚像で満足なのかよ」
「気持ちはわかるわよ、私だって逢いたいわ、でもね、今はダメ」
彼は俯いたまま、モニターに映るブレンダを見ないで、テレビフォンのキーボードを見詰めていた。
沈黙が続いた。
「ねぇ、聞いて、この戦争に人類が生き残ることが出来るか、どうかはこの研究に掛かっていると言っても過言ではないの、個人的な恋愛感情では敵を倒すことは出来ないわ」
「わかって、リュウ」
モニターに浮かぶブレンダの表情は、聞き訳の無い子供を優しく悟す母親のそれに良く似ていた。
彼はブレンダの言葉を十分に理解していたつもりだった。
そのうえで甘えてしまう自分が嫌だった。
『甘え』恋人に逢いたいと言う自然な心理が彼に取ってそれなのだ。
彼は苦笑いを浮かべ頷いて見せた。
「分かっているんだ、ごめん」
ブレンダは優しく笑みを浮かべて、さり気なく話題を替えた。「おめでとう、もう卒業でしょう訓練アカデミー」
「なぜ、どうして知っているんだ?」
「私はね、リュウのことなら何だって知っているわ」
「怖いな」言葉とは裏腹に彼は笑った。
ブレンダは、どういうわけか彼の出来事を知っていた。
何度も驚かされたが、今では当たり前のような気さえする。通常、機種転換訓練は六ヵ月程、行われるが彼はそれを三ヵ月で終了しようとしていた。
「明後日には宇宙へ上がれるんだ」彼は視線を壁に向けていた。
視線の先には、隊の仲間達と写したスナップ写真があった。
VF‐101隊で彼は宇宙戦闘機のパイロットをしていた。
仲間達との写真の隣には、かつての愛機の雄姿が写された写真がある。
「上手くやってるんでしょ」
「ああ、MWって最初どんなモノか良く知らなくて戸惑ったけど、何せこの俺様は天才パイロットだろ、一ヵ月もしないうちに連中を、いや教官達を戦技レベルで越してしまった」
彼は頭を照れ臭そうに掻いていた。
「まぁ、性格に難アリ、だけどね」
「どういうことだよ」
「でもまあ、リュウの操縦センスは確かに天才のそれだと思うわ、だからMWのパイロットに推薦されたのよ」
「でもよ、特別な連中には見えなかったぜ、ほかの奴等」
「リュウは、きっと選ばれるわ」
「何に?」
「明日にも多分辞令が降りると思うの」
「だから、何」
彼は身を乗り出しモニターに顔を近付けた。
「オフィシャルコード『YF/A‐23』プロダクションコード『スティンガー』って知っている?」
ブレンダは彼の瞳を見詰めている。
「いや、知らないよ、何だよそれ」
「リュウがその最新鋭MWのパイロットに選任される公算が高いって言うことよ」
「YF/A?それって戦闘攻撃機の試験機じゃないのかよ」
「そうね、でも実戦に投入するらしいの」
「おいおい、何でそんなこと知ってるんだよ、軍の機密事項ではないのか?」
彼は不安になった。
彼女は国連で勤めているはずだ、どこの機関かは分からないが、それだけは知っている。
そのブレンダが今、言った話は最高機密とまでは行かないにしても軍事機密には変わり無いはずだ。
「知りたい?」
ブレンダの言葉に彼は首を縦に振っていた。
「今の私の研究と少し関係が有るのよ、それに言ったでしょ、リュウに関わることなら何だって知っているって」
「冗談だろ」
彼はさすがに疑いの目でブレンダを見た。
「何なら、言いましょうか?」
「何?」
「リュウは、今日ある女性と待ち合わせしていましたね」
彼はハッとして先程、放り投げたビニールケースに目を向けた。
「待ち合わせの相手は来ませんでした」
ブレンダは、どこかぼんやりと見詰めながら呟いた。だが、口調はしっかりとしていた。
「分かったよ、もう言うな、どうやって知ったんだよ」
本当に不思議だ。とても自分が監視されているとも思えないし、また怪しげな奴も見たことも無い。
彼は首を傾げることしか出来なかった。
彼女は少し表情を曇らせていた。
何かを尋ねることを堪えているかのようだ。
「だから、リュウと私は心で繋がっているのよ」
「嘘だろ、だって俺はお前のこと、何考えているか全然分からないよ」
「それは、リュウが知りたいと心から思ってないからよ」
冗談話をするようにブレンダは笑顔で話していたが、先程から付きまとう陰りは消えていなかった。
「聞きたいことが有るんじゃないのか?」
「べつに、何も無いわ」
「もしかして、彼女にジェラシー何て事」
「無いわよ、それ」
ブレンダはキッパリと言った。少し落胆の色が彼の顔に表れた。
「強がるだけの女はかわいくないぜ」
「大きなお世話よ、まぁがんばる事ね、もう時間だから切るわ、さよなら」
ブレンダは一方的に話終えると回線を切った。
「おい」
彼はとっくに切れた会話の締め括りには、余りに間抜けな言葉を発した。
同時にブレンダを少なからず怒らせたことに後悔している自分に気が付いた。
「またこれか、だから嫌なんだ」
そう言うと裸のままでいた自分に笑いながらシャワールームに向かおうとし、立ち上がった。
ビニールケースが彼の視界に入っていた。「ついでか……」
そう言うと彼はビニールケースに手を伸ばし中身を取り出した。
中にはプラスチックのカードと手紙が入っていた。
彼はプラスチックのカードを手に取り眺めるとあっさりテーブルに放り投げた。
手紙に目をやると注意深気に読み上げていた。
先日は大変お世話になりました。
とても楽しい休日を過ごせました、ありがとう。
そして、約束を守れなくてごめんなさい。どうしても仕事を抜け出すことが出来ないもので、楽しみにしていたのですが残念です。
急に宇宙行きが決まってしまい、今も事務処理の合間にこの手紙を書いている次第です。
出来ることならこの戦争が終わった後に出逢いたかったと思っています。
もっとゆっくりお話が出来たでしょうに、またいつか逢えるといいですね。
約束を守れなかったお詫びに無条件で私の名前をお教えしましょう。
私はレイナ・カミングスです今度逢えましたらレイナと呼んで下さい。
借りていたお金はカードに入っています。
手紙で失礼致しました。
貴方の幸運を祈っています
彼は手紙を読み終えると雨が降るそとの景色を眺めた。
「乗り換えてしまおうかな」
自分の口から出た自然な言葉に少し驚きもしたが、それも当然かと納得していた。
手紙の最後の行に目をやり読み返していた。
「貴方の幸運を祈っていますか、」
「いい子だな」
彼は手紙を丁寧にビニールケースに戻すとシャワールームに消えた。