誘拐されてしまった
次の日の午後、私は一人で庭に出た。ヴォルフくんは来ないしお兄様たちは勉強だ。でも遊ぶ相手がいないのは今日に限っては都合がいい。
私はついてきているメイドさんに背を向け、芝生をいじっているふりをしながら指先を魔力で覆ってみた。
バフッ!!
指の先にあった芝が千切れ飛んだ。こ、これは……!?
もう一度そおっと指を芝生に近づけてみる。
バッ!!
魔力に触れたとたん芝が千切れた。私の指は芝刈り機かっ!
こっそりメイドさんの方を窺うが、私がご令嬢から芝刈り機にジョブチェンジしたことに気付いた様子はない。今日のメイドさん、スージーはボリュームたっぷりの薄い水色の髪を三つ編みにした少したれ目のお姉さんだ。少しボーっとしている所があるから多少の事は大丈夫だろう。
しかし変調もしていないはずなのになぜこうなったんだろう。
よし、もう少し実験しよう。
一旦魔力を止め、指先に千切れた芝を巻いてそれごと魔力で覆ってみる。
ビッ!
一瞬で芝が細切れに! おおぅ、もしこれが服だったら……昨日全身で試さなくて本ッ当によかった……! えらいぞ私!
それから場所を変えつつ(芝生がはげると庭師さんたちが困るのだ)色々試してみた。
芝に魔力を通そうとしてみじん切りにしてしまったり魔力の流し方を変えてみて余計に細かく切ってしまったりと失敗ばかりで中々思うようにいかない。なぜそうなるのかも分からない。
気が付くと庭の大分奥の方まで来ていた。
芝生が終わった。この先はりウッドチップを敷き詰めた小径が奥まで続いている。両脇は大人の背丈より高いシダのような謎植物の林になっていて少し鬱蒼としている。
この辺りには手ごろな草がないな。雑草でも生えていれば使えるんだけど生えていない。謎植物の下は緑のコケの絨毯になっていて、歩いただけでダメにしちゃいそうだ。
道とコケとの境目にも何か植物が植えてあるけどちぎったりしたらダメそうだし。
手ごろな草を求めて奥へと進む。すぐに屋敷が見えなくなったけどメイドさんがついて来ているのでやっぱり大きな実験は出来ない。
ふと、不思議な紫色の魔力を感じた。
何故か気分がウキウキするような感じ。これってもしかして精霊や妖精に出会うパターン!?
魔力は奥の方から来ているようだ。そっちに行ってみよう!
「お嬢…さま…逃げて………」
振り返るとメイドさんが倒れるところだった。
助けに行こうとすると、急に世界が反転する。ひっくり返ってしまった、と気が付いたところで意識が闇に沈んだ。
気が付くとどこかに座らされていた。酷く揺れる……ってこれ馬車!
横を見ると見しらぬ髭面のおじさん。髪も服も髭もこげ茶でクマみたいだ。垢じみた服がかなり臭い。
「おはようございます。あなたはせいれいですか? それともようせいですか?」
一応聞いてみた。精霊や妖精がホームレスに化けているWEB小説も読んだ気がするからだ。しかし返ってきたのは嘲笑だった。
「ぶわっはっはっは!! 聞いたかトニー、この俺に向かって『妖精ですか』だとよ!」
「夢見がちなお嬢ちゃんだ! 可愛らしいじゃねーか!」
答えたのは御者台のおじさん。フードを被っていて顔も何も見えないが、声がおじさんだ。大声を出しているのだが、車輪の音と蹄の音が大きくて聞き取りづらい。
馬車はかなり速度を出しているようだ。揺れが酷い。体勢を変えようとして両手両足が手錠のようなもので拘束されているのに気付いた。
どう見ても誘拐だ。誘拐されてしまった。
とりあえず身体強化を発動させる。これで少々のことでは傷つけられないはず。気持ちに少しゆとりが出てきた。心なしか揺れの辛さも和らいだ。
とりあえず様子見だ。手錠その他を壊さないよう注意しつつ周りを観察しよう。
この馬車は二人乗りの座席に御者台がついた小さなもので、なのにそれを四頭もの馬が引いている。この世界の馬はサラブレッドに比べかなりガタイが良い。それが四頭も。よほど速度重視、走行距離重視なのだろう。
多分屋敷から急いで遠ざかっているところだ。つまり誘拐。もう日が暮れかかっているところを見ると大分遠くまで移動したはずだ。強力な光の魔導具で前を照らしている。きっと日が暮れても止まるつもりはないのだろう。
馬四頭揃えられる資金力があるのだから単なる二人組ではなく大きな組織が付いていそうだ。 一昨日の襲撃事件の直後だから、バックに居るのは悪徳大貴族(仮)かもしれない。
「実は俺たちは妖精だ。子供を寝床からさらっちまう悪ーい妖精だぜ。おっと逃げ出そうとしても無駄だ。魔法も使えねーぜ。手と足に『枷』を嵌めてるからな」
隣のおっさん(もうおっさんていいよね)が顔を近づけて笑う。息も臭い。歯を磨いてから来てほしい。それと身体強化はちゃんと発動しているんだけど。こっそり座席の端を千切ってみたけど、うん、やっぱり発動している。
「なーにワルぶってんだ! ガラにもねー!」
「なに言ってやがる! 悪事に手を染めちまった以上俺たちゃ立派なワルだろうが! ワルがワルらしくして何が悪りぃ!!」
どうやら初犯らしい。ゴロツキですらなかったようだ。つまりド素人だ。そしておっさんその1はどうやら形から入るタイプのようだ。
「スージーはどこですか?」
「あのメイドか? 用がねーから置いてきたぜ。馬車がもう少し大きければ連れて来てやっても良かったんだがな」
スージーはどうやら無事のようだ。
「バカゆーな! 連れてこれるわけがねー! 余計な荷物をしょい込んだら追いつかれるかも知れねーからな! そーなったら借金返済どころか縛り首だ! そもそも余計な事して旦那の機嫌損ねちまったらどうしてくれる!」
いいねいいね。情報がボロボロ出てくる。子供だと思って甘く見ているに違いない。ドンドン情報を引き出そう!
「なぜわたしをさらうのですか?」
「あの家の子供なら誰でも良かったんだ。嬢ちゃんも運が悪りーな」
「おい! いい加減口は閉じとけ! 舌噛むぞ!」
御者台に居るおっさんその2に叱られてしまった。情報収集はここまでか。